第844話 物騒な聖剣
冒険者達が各所で戦っている。
この地方でも有数の腕自慢どもばかりだ。
これほど大きな冒険者の集団を擁しているのはこのドルムを置いて他にあるまい。
とはいえ冒険者は集団行動には向かぬ。
より正確に言えばパーティー単位での行動は得意だが、それ以上の集団行動にはてんで向いていない。
野良で迷宮に挑もうがドルムで雇われようがそこは基本変わらないのだ。
ゆえに彼らは集団統制されて運用されていない。
かわりに目標と達成報酬が与えられる。
今回で言えば『(特定地点の)魔族の指揮官クラスを討つ』というのがそれだ。
個々の冒険者は、ドルムの正規軍から与えられた敵包囲網の情報から彼らが所属するパーティー単位で計画を立て、倒すべき相手の目星をつけ、白銀騎士団が城門から打って出て歩兵隊が出撃するのに合わせて左右に展開した。
正面を正規軍が、その左右を冒険者たちが受け持つ段取りだったからだ。
とはいっても敵はこちらを包囲している。
受け持つ、といってもそれはあくまでドルム包囲網のうち南側の敵に対してだけで、それ以外の包囲軍に対しては軍を各個に差し向けている余裕はない。
とりあえず敵の一角を崩す。
それによりこの包囲網の強さを測る。
そして同時に魔族どもの放つ瘴気を一か所でも食い止める。
すべてはそれからだ。
「うおっ! すまん抜かれた!」
「ぐわっ! 呪文が!」
前衛を張っていた戦士が魔族の猛攻を防ぎきれず、槍魔族を後衛に通してしまう。
そしてその槍の一突きを受け激痛のあまり魔導師が呪文消散してしまった。
「うわ! 血が止まらない!」
「追撃はさせねえ!」
「〈中傷癒〉! ……駄目だ失敗した!」
槍魔族の槍の一撃を受けてしまった者は出血が止まらなくなる。
正しい手順で治療するためにはまず魔術による治癒でなく薬草などを用いた≪手当≫によって傷をしっかり塞ぎ、その後治癒呪文を唱える必要があるのだが、当然戦闘中にそんな余裕があろうはずがない、
もう一つの方法として位階の高い治癒呪文を使用することで回復と同時に呪いの傷を塞ぐ、というものがある。
だがこれにはリスクが伴う。
術者の魔力が十分足りていなかった場合呪いの解除ができず、そうすると治癒呪文の効果自体がキャンセルされ回復自体が失敗してしまうのだ。
傷も塞がらず、回復も出来ず、ただ魔力と時間だけ無駄に損耗してしまう。
今回起きたのはまさにそれだった。
魔族との戦闘はこのように一度対処をしくじるとみるみる泥沼にはまってしまう危険を常にはらんでいる。
「ちょっトドケ」
と、そこに猛然と駆けてきた巨躯のオークが魔族どもを掻き分けながら踊り込んでくる。
それを止めんと別の槍魔族が二体並びそのオークを正面から突き殺さんとするも、一体は彼の潜り込むようなタックルをまともに喰らい斜め上空へと跳ね飛ばされ、もう一体は咄嗟に放った槍をタックル直後の低い姿勢のまま肩で受けられ槍の軌道をずらされて、すわ危険と身を翻さんとしたと瞬間胴を薙ぎ払われていた。
めき、めきめき、めこっ。
槍魔族の胴体に斧がめり込んでゆく。
彼はその斧が物理障壁を貫いていないことに驚いた。
ドルムの正規兵も、雇われた大量の冒険者どもも、皆例外なく魔族の物理障壁の除外条件を満たしてから攻撃してくる。
まあだからこそ〈解呪〉などでその計算を崩された時の彼らの狼狽ぶりが見ものなのだが。
だのにこのドルムにいるというのに、このオークの得物はなんら障壁対策を施していないというのか。
そのオーク……オーク?
「ア! 貴様、オゴホッ!」
普段精神感応でしか会話していない魔族が、つい声に出して叫んでしまった。
オーク族。
この戦場にいて、しかもドルム側についているオーク族など他にいようはずもない。
その名はクラスク。
クラスク市太守クラスク。
自分達が呼び寄せた、この計画の主賓ではないか。
だが彼はそれを他の魔族に伝える事はできなかった。
クラスクのぶち当てた斧は、確かに槍魔族の物理障壁によって阻まれている。
間違いなく障壁は機能している。
にもかかわらずその斧は全く止まることなく、そのまま槍魔族の胴体を横から両断してのけたのだ。
一撃、絶命。
あまりに高いダメージが与えられると、ダメージが致死に達しているかどうかに関わらず対象を即死に至らしめる事がある。
いわゆるショック死だ。
その槍魔族の死にざまはまさにそれだった。
己の前を塞ぐ邪魔者にほぼ足を止めることなく、クラスクはそのまま先ほどの冒険者たちの元へと突進する。
だがこの乱戦である。
敵の増援は次々と襲い来る。
右斜め後方から帯魔族が帯を伸ばし、クラスクの斧を持つ右腕に巻き付けた。
それと同時に左斜め後方から槍魔族が跳躍し宙空の死角から躍りかかる。
利き手の武器を封じつつ相手の突進を止め、同時に連携した別の魔族が死角を突く。
功績の分け前でもあらかじめ相談していたのだろうか。
なかなかのコンビネーションである。
問題は……クラスクが全く止まらなかったことだ。
「ナ、チョ、待……ッ」
ずるずるっ、ずでん! ごん! がん! ずずずごがん!…っという音と共に帯魔族がすさまじい勢いで引き倒され、そのままずるずると引きずられてゆく。
クラスクの速度がまったく落ちず、そして布がなまじ丈夫であるがゆえ、帯魔族はそれに抗し得なかった。
帯魔族による足止めの目論見が外れたがゆえ、槍魔族の一撃はクラスクのやや後方の空間を穿ち空を切る。
だがまだだ。
着地と同時に軸足を回転、肩を突き出してクラスクの背後からその腰骨目掛けて呪われた槍を一閃。
一撃でも、かすり傷でも与えればそれだけでほぼ勝てる。
どんなに頑強だろうと止まらぬ出血に抗う術はないはずだ。
だがキィン……という音と共に槍魔族は己の策が不首尾に終わったことを知った。
クラスクの腰に差してある剣が鞘走っている。
その鞘から抜きかかった刃が槍魔族の刺突を受け、被弾を阻止したのだ。
ただ…その防ぎ方に槍魔族は目を瞠った。
なぜなら当のクラスクはその剣を抜いていない。
それどころか柄に触れてもおらず、攻撃された方向に振り向いてすらいない。
つまり剣が勝手に鞘から出てきて、勝手に槍を受けたのだ。
次の瞬間、何かが煌いたかと思うと槍魔族は激痛に呻き視界を失った。
なんだ。
なにが起こった。
痛い。
痛い。
傷が治らない。
槍魔族自身には理解できなかったろう。
その白銀に輝く剣は自らの刀身をにゅっと横にずらし、陽光を反射させ槍魔族の目を焼いた。
そしてそのまま自ら鞘走り勝手に抜け落ちると、槍魔族の視界真正面から最短距離で眼球目掛けて宙空を突進してきたのである。
眩しさに片目を閉じた槍魔族はもう一つの目でしかそれを視認できなかった。
そして真直に己の目に向かってくるその剣が『何か四角いもの』としか認識できなかったのだ。
長方形に見えたのはその剣の鞘。
だが彼が認識できなかっただけでその鞘の先には当然剣が伸びている。
次の瞬間、その剣が槍魔族の眼球を貫き、頭蓋を貫き、後頭部からその白刃を飛び出させた。
それはクラスクが所持する伝説の剣、『魔竜殺し』。
彼を主と認めた、竜種特攻の聖剣である。
だがこの聖剣、白銀に輝く事からお分かりの通りそもそもが銀製だ。
そして竜を討伐するために善なる属性を持ち、また祝福を受け聖別もされている。
ということはこの武器はまず『銀製』であり、『善属性』を帯びており、そして『魔法の武器』でもある。
つまり呪文などで無理矢理除外条件を満たす必要すらなく、そもそも最初から魔族の物理障壁にぶっ刺さる性質なのだ。
さらにこの『魔竜殺し』は永続的な祝福と聖別まで受けているため、この剣で傷つけられた魔族は高速の自然治癒が行えず、再生能力持ちの魔族もその再生能力を発揮させる事ができぬ。
竜種特攻を持ちながら魔族にも過剰に有効なあたり、まさに聖剣と呼ぶに相応しい武器なのだ。
ずぶり、と鈍い音を立てながら槍魔族の顔面から刀身を抜けてゆく。
派手に血渋く槍魔族の前で、あまりに聖剣と呼ぶに相応しからぬ血みどろの姿を披露したその剣は、まるでふんす!と得意げに鼻を鳴らしたかのような間を置いたあと、己を放置してさらに向こうへと突進するクラスクを、まるでご主人様に置いてゆかれた飼い犬のように慌てて追いかけていった。
待ってくださいまし! 待ってくださいまし!