第83話 スキル≪威伏≫
互いに斧を構え、ウッケ・ハヴシとクラスクは5mほど離れて対峙する。
一言に斧と言っても互いのそれは若干違う。
クラスクの斧は片刃の戦斧、一方ウッケ・ハヴシの持つそれは両刃大斧と呼ばれる類のものだ。
ハヴシの持つ大斧の方がリーチも長く威力も高い。ただしその重量から扱う難度も相応に跳ね上がる。
だが彼のその巨躯と隆々とした筋肉の塊のような腕は、その重さをまるで苦にはしていないようだ。
族長と違いクラスクは予備として手斧を腰に差してはいるが、こちらは本気で最後の手段と言っていいだろう。
(さあてと…!)
クラスクはハヴシの大雑把なようでいて無駄のない構えに目を細め、寸毫の隙を探る。
流石に長きにわたって部族を率いていただけあって、族長の身から滲み出るような歴戦の凄みを感じるが、もはやクラスクはそれに臆するような心境ではない。
身体が軽い。
羽が生えたように軽い。
クラスクは軽く上下にその身を揺すりリズムに乗せる。
それにわかる。
目の前の相手の構えから、その後に来るであろう斧の動きがわかる気がする。
これなら…これなら初撃を叩きこむ程度の事はできるんじゃないか…?
どん、と大きく地面を蹴って、クラスクが一息に間合いを詰めた。
腕の長さも武器のリーチも相手が上だ。
だからまず相手の一撃を避けて懐に入り込まなければ…!
端倪すべからざる速度の突進がウッケ・ハヴシに迫る。
だがその時、ハヴシが犬歯を剥き出しにして傲岸に笑うと同時に大きく目を見開いて…
「ッ!?」
そして、クラスクの足が突然止まった。
動かない。
動かない。
足がまるで鉛のように重くなって動かない。
殺気に飲まれた?
今更そんなことあり得ない。
調子が悪い?
いや絶対にそんなことはない。
今だって見えている。
自分に迫るハヴシの大斧の軌跡がはっきりと見えている。
見えているのだ。
ゆっくり、ゆっくりと自分に迫ってくる大斧を、けれどクラスクはまるで蛇に睨まれた蛙の如く身動きもできずただ眺めていることしかできない。
このままでは…
このままでは、死……!
「だんなさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 避けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
絹を裂くようなミエの叫び。
その瞬間クラスクの足が突然動き出す。
いや正確には少し違う。
足が再び自分の命令を聞くようになった…奇妙だがそのような感覚がクラスクの脳裏に走った。
まさに間一髪。
ウッケ・ハヴシの斧刃をギリギリでかわし、逃げ遅れ彼の横に舞った後ろ髪が一部犠牲となって宙に散った。
大きく後ろに跳び退り間合いを開け、荒く息づくクラスク。
どっと湧く観衆。
「ホオウ…俺ノ初撃ヲキチントカワシタ奴ァ久々ニ見タゼ。コイツハ少シダケ楽シメソウダナ」
「テめエ…ナニカシやガッタナ…!」
「ソレヲ聞キテエノハ…俺ノ方ダ!」
再び大きく目を見開くウッケ・ハヴシ。
同時に再び足が鉄球に鎖で繋がれたように重くなるクラスク。
だが動く。
さっきと違って足自体はちゃんと動く。
ぶうん、と振られた大斧の一撃を、この足ではかわし切れぬと斧で受け、流し、肩を僅かに掠るのみで切り抜け再び間合いを取る。
この有様を見て…各部族の族長らも目を瞠り認識を改めたようだ。
「スギクリィ殿。オーク同士ノ決闘デウッケ・ハヴシ殿ガ三撃以上カケルノヲ見タコトハアルカ?」
「イヤヌヴォリ殿。少ナクトモ俺ハ知ランシ見タコトモナイ」
「アノ若者…アノ年デ相当ナ手練レダゾ…!」
(ダから言っタデしょうニ…)
彼らの言葉を耳にしながら何を今更…と内心思いつつ、ゲヴィクルは二人の戦いを見守る。
今のところウッケ・ハヴシが一枚も二枚も上手だ。
だがこのクラスクという若者(まあ年齢的にはゲヴィクルも大差ないのだけれど)は、驚くべきことにどうにかこうにかそれと渡り合えている。
ウッケ・ハヴシと言えばほとんどの相手との戦いを一撃、もしくは二撃で決めるので有名だったはずなのけれど。
族長ウッケ・ハヴシが用いているのはスキル。
≪威伏≫という強力なスキルである。
≪威圧≫とそこから派生する≪威迫≫というスキルを高レベルまで育て上げた者だけに解放される上位のスキルツリーである。
その効果は対象の敏捷と回避力へのスキルレベルに応じた大デバフ。
敏捷自体が回避力への補正にもなるため、結果的に回避力に対し二重デバフとなるせいで対象の回避力は激減。
さらに敏捷が低下することにより対象の移動力まで下がってしまう。
鍛え上げられた≪威伏≫をまともに喰らうと移動力が最悪0にまで低下する。
移動力が0になるということはつまり一切移動ができないということ。
その場に釘付けとなって身動きが取れなくなってしまうということだ。
結果相手は逃げられず避けられず、為すすべなく致命の一撃を受けることとなる。
対象の足を止め、回避力を下げるというそのスキル効果は、有り余る筋力で鈍重な斧を振るい、絶大なダメージを誇りながら命中率にやや難のあるオーク族の戦い方に実に合致した戦術と言えるだろう。
またこのスキルは対象を『分割』して複数対象にかけることもできる。
分割して用いれば個々への効果はその分下がってしまうが、ウッケ・ハヴシはこれを利用し戦場で周囲の動きを低下させ無双したり、一対一の対決で相手の動きを完全に封じて嬲り殺したり…といった戦い方を得意としてきた。
が、その彼の得意戦術を邪魔してのけた者がいる。
……ミエである。
ミエの≪応援(個人)≫は現在対象のステータスや判定の1つまたは2つにボーナスを与える。
無論その補正値は上級スキルである≪威伏≫よりも低い。
だがいつも誰かを≪応援≫し続けている彼女は既にそのスキルレベルを上げており、その≪応援≫効果を強化させ、その持続時間も伸ばせるようになっていた。
…が、それだけではまだウッケ・ハヴシの年期と熟練に抗するにはまだ足りない。
しかしミエがいま応援している相手は夫のクラスクである。
≪応援(旦那様/クラスク)≫の対象その人だ。
これによりさらに応援効果が増大し、その全ての補正がクラスクの敏捷度を高めた。
敏捷度への大ペナルティーと大ボーナスが同時に適用され、結果クラスクの敏捷度が残った。
0を上回ったのである。
それでもまだクラスクの足は重い。
族長から受けているペナルティーの方が強いからだ。
だが敏捷が0か1以上かでは天と地ほどの差がある。
前者はそもそも移動が一切できない。
回避もまったくできない。
相手が全力を込めた大振りの一撃を狙ってもそれを止める事も避ける事もできずただ斧が振り下ろされるのを見ているしかないのだから。
敏捷度が残っていればとりあえず足は動く。
回避力への大デバフはまだ生きてはいるため避け切る事こそできないが、少なくとも斧で受けて被害を減らす事はできる。
それがクラスクが現在族長ウッケ・ハヴシとなんとか渡り合えている理由だった。
だが実力差のある相手に、回避力に大きなペナルティーを負ったままでは当然ながら無傷ではいられない。
攻撃を防ぎきれず、肩から、腕から血を噴き出して、たちまちクラスクは血だるまとなってゆく。
オークの観衆どもが血に興奮して酔ったような叫びを上げる。
そして少数の女性の見学者達からは悲鳴が漏れた。
だがその有様を見て…むしろウッケ・ハヴシは感心して目を細めた。
「俺ノ攻撃ヲコンダケ受ケテソノ程度デ済ンデルナンザ大シタモンダ。ソノ若サデ一体ドンナ修羅場クグッテ来タンダオマエ」
「ハァ、ハァ…テメェニ言ウ義理ハネエヨ」
「ハハ! ソリャアソウダ!」
ウッケ・ハヴシですら瞠目する圧倒的タフネス。
だがそれは単に戦場で磨かれたものではない。
クラスクのその年に似合わぬステータスの高さはミエの≪応援≫の賜物である。
≪応援(旦那様/クラスク)≫の効果で、彼は妻の≪応援≫により一時的に上昇したステータスの一部を恒久的に還元させることができるのだ。
そう、ミエを抱くときに様々なテクニックを駆使すれば器用度が上がり、そのため回数が嵩めば耐久度が上がる。
ミエと燃え上がるような激しいプレイをすれば敏捷度が上がり、そのため回数が嵩めば耐久度が上がる。
ミエとバリエーション豊かなプレイを心がければその分知力が上がり、そのため回数が嵩めば耐久度が上がる。
ミエをどこまで攻めればより悦ばせることができるのか…それを見極めるために判断力が上がり、そのため回数が嵩めば耐久度が上がる。
そしてミエと甘いピロートークで盛り上がれば魅力も上がり、結果的にお互い昂って回数が嵩めば耐久度が上がる。
…そう、とにかくなんやかやでやたら耐久度が上がるのである!