第823話 冒険者たちの戦い
「物理障壁物理障壁! なにはともあれ連中の物理障壁だ! 全部わかるか!」
戦士レックゴールが剣を構えながら背後の魔導師に叫ぶ。
「あのねばねばしたスライムみたいなのが粘魔族、あれは銀の武器か善の武器かなー。あの顔のでかいのが槍魔族でー、あれも確か一緒ー。鎧魔族だけはちょっと格上で善の武器じゃないとダメさー」
「全部魔法の武器ダメじゃん!」
魔導師……アウリネルの言葉に戦士レックゴールは情けない声を上げた。
「まーまー。逆に言えば善の武器なら全員にダメージが通るわけだし。〈属性剣〉かけておくからさー」
「おお、言われてみれば! そりゃ助かる!」
冒険者たちは騎士団とは発想が真逆である。
物理障壁を越える圧倒的なダメージを与えてあわよくば一撃死を狙う騎士団に対し、彼ら冒険者魔まず徹底的に対象のメタを張ろうとする。
物理障壁なんてものがあるならまずそれを無効にしてから攻撃しよう、というわけだ。
これはどちらの戦術が優れているかというより、互いの規模と構成員の違いの問題である。
冒険者は異なる職業でパーティを組む。
ゆえに毒や病気であれば聖職者が、相手の物理障壁の無効化であれば魔導師が、罠があれば盗族が、その場その場の対策をそれぞれの職業が分担して突破しやすい。
また純粋な白兵戦要員が少なく、結果として補助魔術などを付与する対象も少ないため、魔導師などはより短い手数で準備を整えることができる。
だが騎士団の場合はそうはいかない。
そもそも冒険者に比べ人数が多く、補助呪文などを唱えようにも対象が多すぎる。
例えば先刻ノーム族の女魔導師アウリネルが言っていた〈属性剣〉…街の中で食人鬼村長ユーアレニルが己の拳に乗せて放っていたものだが…の目標は『武器ひとつ』である。
冒険者パーティの構成は戦士、盗賊、聖職者、それに魔導師の四職が基本だ。
迷宮に潜らず、森やなどの野生環境メインで冒険するならば盗賊を野伏に、魔導師を精霊使いや森人に置換することができるかもしれないが、もし迷宮をするならこの両者はほぼ代替が効かない。
野伏や精霊使いなどは人工物の多い屋内が苦手だからである。
もちろん中には戦士四人だとか、戦士三人聖職者一人などと言った脳筋パーティーもあるにはあるけれど、これは戦闘メインの依頼しか受けない連中で探索任務などには不向きだ。
またそうしたパーティーは依頼を選り好みせざるを得ず、酒場に張られた依頼が少ない時などに適切な仕事がなく苦労する羽目になる。
戦闘から諜報、迷宮探索まで手広く受けようと言うのならパーティーメンバーにはバランスが必要なのだ。
…話を戻そう。
つまり四人パーティーに於いて純粋な前衛職は戦士一人だけだ。
これが五人や六人のパーティーになると戦士職二人なども多くなるけれど、いずれにせよ二人から三人程度である。
これならば『武器ひとつ』が目標の呪文でも一回、あるいは数回唱えれば戦闘準備が整えられる。
騎士団のように大量の目標がある場合、別の呪文か或いは一度に複数の武器に付与できる高位の呪文を探してこなければならず、効率が悪いのである。
「ほいほい呪文付与したよー。んじゃ前衛はよろしくねー。ああの顔の大きい奴の槍には当たらないでねー。ヴィエラの回復呪文でも傷が治らなくなって出血多量で死ぬからさー」
「そういうことらしいですから怪我には気を付けてください」
「無茶言うなし!!」
アウリネルとこのパーティーの聖職者、ヴィエラの台詞にレックゴールが思わずツッコミを入れる。
もっともその隣で肩をぐるぐる回しているもう一人の戦士の方はまるで話を聞いていなかったが。
「コレデ俺ノ斧デモアイツラニ弾カレナイ?」
「そだよー」
「全部攻撃通ル!?」
「そだねー」
「ジャア俺チョット行ッテ殴ッテクル!!」
「ロントお前俺の話聞いてた!?」
ロントと呼ばれたオークが肩と斧をぶるんぶるん振り回しながらそのまま突撃しそうになるのをレックゴールが慌てて止めた。
ロントはオークである。
クラスク市とその支配地域以外の場所でオーク族が他種族と交渉を持つことはない。
それ以外の地のオークにとって他の人型種族は等しく略奪と収奪の対象に過ぎないのだから。
つまりこのロントと呼ばれたオークはクラスク市の出身であって、この街で彼らのパーティーに加わった冒険者、ということになる。
なにせオーク族は並の人型種族よりずっと怪力だし、多少の攻撃を喰らっても平気で反撃できるガッツがあるし、毒や病気を持つ怪物に襲われてもピンピンしているほどに頑強だ。
魔力などの補助なく高い継戦能力を有する、という意味ではとても冒険者向きなのだ。
…まああまり考えなしに突撃してしまう事を除けばだが。
「聞イテタ! 俺達ノ武器アイツラ通ジナイ! デモ『まじない』デ通ジルヨウニナッタ!」
「おお、そうだ! よくわかってるじゃねーか」
「ダカラ殴ッテクル!」
「都合のいいとこだけ聞いてんじゃねーよ!?」
そのまま駆け出そうとするロント。
肩を掴んで向き直らせるレックゴール。
ロントはその場で駆けだすポーズを取ったまま固まった。
「俺達の役目はあくまで術師の護衛!」
「術師……ヴィエラ!アウリネル!」
「そう! で攻撃はコイツがすんの!」
「コイツ」
「そ、このゴーレム!」
レックゴールが指さし、ロントが見上げた先には巨大な人型……より正確にはずんぐりむっくりしたドワーフ型だが……の巨大な石の人造兵がいた。
普段はクラスク市の城壁の一部となって足場として利用されていて、いざという時の戦力になるように封印されているものだ。
そして今がいざという時でなければいつがそうだというのだろう。
この人造兵は古代期の発掘品であり、真の所有者は現在魔導学院学院長ネッカである。
だがネッカは今防衛都市ドルムへと発ってしまい、その権利は一時的に副学院長ネザグエンに貸与されていた。
そして副学院長ネザグエンは各所の冒険者…この学院所属の魔導師達を仲間として擁する者達…に依頼を出し、己が仮に有している人造兵の操作権をそれら魔導師達に二次貸与、こうして人造兵を操らせ防衛戦力として活用せんとしているわけだ。
人造兵はこと地上戦に限定するなら魔族達との相性がすこぶるいい。
疲れ知らずだし、槍魔族の槍や病気も効かないし、精神を持たぬため魔族得意の魅了や恐怖などの妖術も通用しない。
というかそもそも人造兵はほとんどの魔術妖術を受け付けない構造であり、搦め手は効かず正面から殴るしかない。
だが人造兵には魔族……正確に言えば今回地上部隊として派遣されている魔族どもより強力な物理障壁を有しており、そしてそれは魔族どもが手にした武器では貫通できぬ。
一方で人造兵側は魔族どもの障壁を貫通が可能だ。
アウリネルが〈属性剣〉のような対象の物理障壁を貫通できるような呪文を、人造兵の拳を武器と見立ててかけてやればいいのだから。
ただし問題がないではない。
人造兵は主人の命令しか聞かない。
主人が操作権を別の者に貸与すいれば一時的にその者が指揮を出せるが、その人物が死亡、あるいは命令不能な状態となってしまった場合最後に与えられた命令をひたすら遂行し続ける事となる。
魔族は知的生命体であり、精神感応により情報伝達も早い。
操作権を持つ者が適切に指示を与え続けなくなった場合、わざわざ人造兵と戦う愚などを侵さず少数で距離を取って誘導し延々と戦いを避け続けるだろう。
そうならぬようこの場にいる人造兵を最大限に活用しようとするなら、現在の操作権保有者であるアウリネルを決して失ってはならない。
鎧魔族どものせいで前に出れば魔術行使が阻害される恐れがあり、人造兵の後方でこれを盾や足場としながら立ち回り、接敵してきた魔族どもを蹴散らし続ける必要があるのだ。
だが無論魔族どもも知性があり、理性がある。
人造兵を操っている者が誰かわかればそちらに集中攻撃をして落とそうとするだろう。
地響きを響かせながら人造兵が前に進み、粘魔族をぷちぷちと踏み潰しながら槍魔族の先遣隊に殴り掛かる。
悲鳴を上げながら叩き潰される槍魔族。
上がる味方の歓声。
だが予断は許さない。
ここからだ。
ここから人造兵を操るアウリネルを死守する本当の戦いが始まるのである。