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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十八章 クラスク市の危機
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第818話 ユーアレニルの謎

「……はっ!」


突然顔を上げたヴィラはきょろきょろと左右を見渡す。


「なになに? なにがどうなったの?」

「おお、正気に戻ったようだな」

「そんちょう! どうしてここに? いつから? …いたい!」


ううん? と首をひねりながら上体をぐいんと傾けたヴィラは、そのままアパートの壁に頭部をぶつけてぐおおおお…とその場にうずくまる。


「あんたはもー……ホントに大変だったんだからねー」

「たいへん! なにがたいへん?!」

「もーいいわよ。それにしてもユーはすごい力ね‥…さっすが巨人族」


肩をすくめたシャルが感心したように呟き、ユーアレニルを見上げる。

その瞳には少し情動的なものが混じっていたが、エィレはそれに気づかない。


「単なる怪力ではないぞ。こやつは善属性の攻撃に弱いゆえな。自らの拳を魔術にて善の拳に変じたのだ」


ユーアレニルが腕をまくりながらぐるりと回す。


「以前のような失敗はもうせんでな。対象が己の拳なら魔術結界も効果はあるまい」

「「おおー」」


ユーアレニルの言葉に三人娘が嘆声を上げる。


以前謎の中年男……彼らは知らされていないが魔導学院副院長ネザグエンの手によってそれが高度な偽装を施された魔族である事は既に判明している……と戦った澱、ユーアレニルは己の手を光らせ、彼を殴らんとした、

だがその光は相手に届く前に掻き消え、結局純粋な彼自身の拳によるダメージしか与えられなかったはずだ。


あれはユーアレニルが己の拳に〈魔術の矢(イコッカウ・ソヒュー)〉という攻撃魔術を付与していたからである。

攻撃魔術である以上いかにユーアレニルの手に宿っていようがその目標は『相手』であり、ユーアレニルの拳はその呪文を相手に接触させるための道具に過ぎない。


己を術の対象にされた時、それを無効にせんと働くのが魔術結界だ。

つまりあの時ユーアレニルが用いた攻撃魔術は相手の魔術結界によって阻まれていたわけである。


無論魔術結界とてあらゆる魔術を完全に遮断できるわけではない。

張り巡らされた結界よりさらに高い魔力であれば強引に貫通することができる。

要は魔力次第というわけだ。


ただ……ユーアレニルはこれが大の苦手である。

なにせ彼は魔力がとても低いのだ。


いや一応彼の名誉のために述べておくと食人鬼オーガとして考えるなら彼の魔力は非常に高い。


実は食人鬼オーガの中にも術を用いる連中がいるにはいる。

人型生物フェインミューブはそういう個体を食人鬼オーガ導師と呼び怯え、怖れる。

彼ら食人鬼オーガ導師は知的かつ狡猾であり、食人鬼オーガどもをその魔術で屈服させまとめ上げて人型生物フェインミューブの里を組織だって襲うとても危険な連中だ。


だが彼ら食人鬼オーガ導師は導師を名乗っているが魔術を学んでいるわけではない。

いかにも魔術を行使しているかのように振舞っているだけで、彼らが体得しているのは妖術なのだ。


またこの食人鬼オーガ導師はあくまで食人鬼オーガの中から発生するいわゆる支配種であって、言ってみれば別種である。

そうした選ばれた個体でもないユーアレニルが魔導術を学び身に着けているというだけでも実はすごいことなのだ。


まず知力。

次に読解力。

冷静な判断力。

そして何よりも魔力。


およそ『食人鬼オーガの』と頭に着けたら諧謔か嘲笑の対象としかならぬそれらのもの全てを兼ね備えていなければ魔導師にはなれぬ。


とびきり頭がよくなければ魔術式を構築するための魔導語がまず読解できないし、自前で式を組むことなど夢のまた夢だ。

そしてどうにか式を読め或いは組めるようになっても、当人の魔力が足りなければその式を効果のある、いわゆる『活性化した魔術式』に仕上げることができない。


そんな中ユーアレニルはまず魔導語どうにかこうにか読みこなし、未だ自身で魔術式を構築するまでには至らぬものの既存の魔術式を読み解き修得し扱う事ができ、さらには低位のものであれば始動に足る魔力まで備えている。

自前で式が組めていない時点で魔導師としては学院卒業がまだおぼつかぬレベではあるが、食人鬼オーガとしては天才と言っていいレベルだろう。


なにせ普通の食人鬼オーガの知力であれば魔導語以前にまず共通語ギンニムが理解できなかろう。

そこを突破し魔導学院の授業を履修できているだけでも奇跡的と言っていい。


だがいかに食人鬼オーガとして天才的ではあっても、ユーアレニルは平均的な魔導師としてはまだだいぶ足りていない。

特に魔力の低さはかなり致命的で、おそらくどんなに修行してもある程度以上の高位魔術は使えぬだろうと講師陣に駄目押しされているほどだ。


その傾向が前回の戦いで如実に現れた。

彼が拳に宿した〈魔術の矢(イコッカウ・ソヒュー)〉は魔族の魔術結界によって完全に弾かれた。

ユーアレニルの低い魔力では魔族の魔術結界を突破できないのである。


だが今回用いたものは違う。

今回彼が使用したのは〈属性剣ヴェビウム・ヴォーク〉と呼ばれる付与魔術だ。


これは『目標:武器ひとつ』の呪文であり、対象の武器に術者が指定した『善』や『悪』と言った精神的属性を付与する事ができる。

例えば邪悪な存在は善なる武器、祝福された武器などでないと有効なダメージが与えられないことが多い。

そうした属性を後付けで武器に付与できるわけだ。


ただ残念ながら付与できるのはあくまで精神的な属性だけで、炎や電撃などを纏わせる事はできない。

そうした効果はまた別の呪文を唱える必要がある。


これらの効果の対象はあくまで『武器』である。

武器に付与された時点で既に呪文の効果発動は終わっているわけだ。

ゆえに己を対象にされるか己が対象範囲に含まれる呪文を弾く魔術結界ではこの呪文を防ぐことができない。

魔術結界保有者を目標としていないからだ。


ちなみに本来この呪文の対象はあくまで『武器ひとつ』であって、素手などに付与することはできない。

人間の手は武器とはみなされないためだ。


だが手や足が武器状の怪物や、或いは己の身体を鍛えた武術家などであれば、呪文がその身体を武器と判定することもあり、どうやらユーアレニルの拳も武器として判断されたようだ。

まあ隣に拳ひとつで魔族をひしゃげさせた同族がいるのだからそう認定されてもなんらおかしくはないのかもしれないが。


さてこの呪文、魔族など特殊な除外条件の物理障壁を有する相手だと非常に有用な呪文ではあるのだが、個人で運用するにはやや問題がある。

なぜなら呪文である以上は詠唱時間があり、戦闘要員が敵の目の前でのんびりと呪文を唱え己の武器を強化している余裕などあまりないからだ。


これがパーティーなどであれば問題はない。

なぜなら魔導師がこの呪文を唱えて戦士の武器を強化し、そのまま戦士が己の武器で斬りかかればいいだけなのだから。


だがそれを全て個人でやろうとすると話が変わる。

自身の武器に呪文を付与すると言う事はその者は前衛職であり、魔術を使う者が敵の矢面に立たなければならぬということは被弾のリスクが激増すると言う事で、詠唱中に受けた攻撃で痛みや恐怖などを受け精神集中が乱れてしまえば呪文消散ワトナットの危険が増す。


そして戦士としてもわざわざ相手の目の前で呪文を唱え隙を晒し攻撃のチャンスを1回ふいにすることとなる。

この手のサポート呪文は仲間と協調して行うからこそ強いのであって、単体でやろうとするのは些か効率が悪いのだ。


……が、ユーアレニルの攻撃にはそうした隙がない。


前回の人間族に扮した魔族と戦った時も、今回の帯魔族ヴェリートとの戦闘に於いても、使用した呪文の選択ミスはあったにせよいずれも戦闘の邪魔になるような隙もタイムラグも見受けられなかった。

一体これはどういうことなのだろう。



これは魔導術を学びながら彼が自らたどり着いた、魔導師としては凡そあり得ない結論に起因したものだ。


つまり彼は呪文詠唱を()()()()()

詠唱を捨てる事で高速に呪文を発動させ、攻撃の手数を減らさぬまま補助魔法を使っているのだ。






これを『詠唱破棄』と言う。






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