第812話 配置換え
連れてきたオーク兵どもと共に西城壁にて防衛戦を挑むワッフ。
だが他の三方とこの西壁が大きく違うところがあった。
他はエモニモやラオクィク、そしてティルゥが素早く前線を引き守りを固め魔族どもの侵入を防いでいたが、この西門だけはリーパグがすぐにとんずらしたせいで魔族どもに半ば蹂躙されており、ここから街へ降り立った魔族どもも少なくない。
その状態に後から割って入ったところで、立て直すのは容易ではないのである。
「連投槍器再装填急グダ! 装填次第撃ッテヨシ!」
「はいっ!」
「オ前ラハ本気デ殴ルダ! 手柄取リ放題ダベ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
背後の兵士達に新兵器の装填をさせつつ、前線にオーク兵どもを展開させ前線を死守する。
だが最初からこうだったわけではなかった。
この西壁城壁上の歩廊にて繰り広げられていた戦いは元々人間族の衛兵達だけで行われていて、魔族どもへの有効な対処法を持たぬ彼らがみるみるり潰されていたはずだ。
だがそこにやってきたワッフはオーク兵達と共に無謀な突撃を敢行し衛兵達を強引に救出。
怪我人は下へと搬送させつつまだ無事な者を後衛に回し新兵装の装填手及び射手として援護に回らせて、かわりに前線をオーク兵に放ったのだ。
魔族どもの物理障壁は一定量のダメージを軽減する。
ゲーム的に言えば『魔法の(或いは特殊な素材の)武器でない限りダメージを常に一定量軽減(軽減量は魔族の種族による)』、のようなものだ。
例えば小鬼が常時5点のダメージを軽減できたとして、また常時2点ずつダメージを高速で治癒してゆくとする。
人間の兵士が一度に与えるダメージが3~7点程度だったと仮定すると、ダメージは一切通らないか通ったそばから治療されてしまい、運がよくない限りダメージがろくに蓄積できないことになる。
だがオークの方が与えられるダメージはもっと高い。
これは彼我の純粋な筋力量もあるけれど、衛兵たちが基本防御重視で片手剣+盾で戦うのに対しオーク兵達は両手斧や両手剣などとにかくダメージ重視の武器を選択するからというのもある。
防御を捨ててその分攻撃に全振りしているわけだ。
彼らが与えられるダメージを仮に5点から15点程度のとすると、小鬼の物理障壁で防がれた上でなお相手に十分なダメージが通り、そして治癒能力では防ぎきれぬ量のダメージを蓄積させることができる事になるわけだ。
これはどちらの戦い方の方が優れているという話ではない。
オーク達の戦い方は守りを半ば投げ捨てているもので、当然被害も大きい。
彼らオーク族が人間族に比べ高い耐久性を有しており、多少の傷などで攻撃の手が鈍らない狂戦士のような素養を有していると言うのもある。
ただいずれにせよ現状の戦場に於いてはオーク族の方が魔族に有効なダメージを与えやすい、ということだ。
無論魔族どもも黙ってそれを見ていたわけではない。
わざわざ相手に有利な戦況にしてやる義理などないからだ。
だが…ここでワッフの手にした武器が大きな威力を発揮した。
彼の斧の持つ曰く『延伸』は武器のリーチを伸ばす。
この長さは限界こそあるもののある程度使い手の自由になり、より遠くの相手を攻撃することができるようになる。
そこにワッフの怪力が加われば、斧刃の軌道上全ての相手が命の危機にさらされるか、或いは命を落とすことになるだろう。
魔族が命を粗末にしたがらない性質があることについては前にも述べた。
瘴気地でない場所での戦闘行動に於いて、彼らは相手の戦力を慎重に見極める。
そして敵対勢力の攻撃力がこちらをまず倒し切れないとわかれば一気に攻勢に出るけれど、少しでも自分達を殺し得る戦力を有する相手には自分達からは滅多に近寄らない。
誰だって死にたくないからだ。
ワッフの大斧はその射程が読めず、迂闊に近づけば一気に伸びて彼らの胴を容赦なく薙ぎ払ってくる。
それを過剰に警戒し、魔族どもはワッフに蝙蝠獅子をけしかけるのみで自らは近寄ろうとしなかった。
結果としてワッフはまんまと重傷を負った衛兵たちの救出に成功したわけである。
ただしこれは決して有利な戦場ではない。
先刻までの一方的な蹂躙に比べれば幾分かマシ、といった程度のものだ。
オーク達は確かに魔族どもに有効な打撃を与える事に成功しているけれど、それでもダメージの多くはカットされてしまっている。
相手の治癒能力と、さらには傷を負えばすぐに空に舞い上がって治療し終わるまで降りてこないという戦術のせいで、魔族どもの数は一向に減ってくれないのだ。
まあその慎重な戦い方のせいで防御を半ば捨てているオーク達が存外生き残れているわけだけども。
ただ……そんな戦場を一変させるものが現れた。
「オッスワッフ。オ届ケモノダゼ」
「リーパグ! 思ッタヨリ早カッタダナ」
城壁の下から続く螺旋階段を駆け上り扉を蹴り開けてリーパグガ戦場へと飛び込んでくる。
逃げたとばかり思っていた衛兵たちがぎょっと目を見開いた。
だが一方のワッフはさも当たり前のように彼を迎え入れる。
多少遅れるだけで彼が来ることなぞハナから当たり前だと思っていたからだ。
「デ、ナンカ思イツイタンダベカ?」
「オモイツイタッツーカ……物理障壁? ツーノハ要ハ条件ヲ満タセバ無視デキルンダロ?」
がらん、と地面に武器を放る。
剣、斧、槍……そして弓。
すべて金属ではない。
なにかの骨のようなものを加工して武器(弓の場合は鏃)にしているものだ。
「コレハ……!」
「アノ大蜥蜴ノ武器ダ。コレナラ連中ヲ普通ニブン殴レルッテ寸法サ」
「「「おお!」」」
リーパグの言葉に後衛で休んでいた衛兵たちが歓喜の声を上げた。
魔族どもに通じる武器さえあれば戦える。
彼らは手に手に武器を取り疲れた体に全力で気合を入れた。
「助かりますリーパグさん!」
「助かります!」
「マ、役ニ立チャア持チ上ゲラレルワナ」
口々に叫ぶ称賛の声をリーパグは軽く受け流す。
彼が階段を駆け上るまで、きっと衛兵たちは彼に対する愚痴をこぼしていたに違いないと知っているからだ。
捨て置けぬ。
自分達を倒せる武器などすぐに放り捨てねば。
魔族どもが目の色を変え後衛の衛兵たちに蝙蝠獅子をけしかけようとするがそれはワッフが全力で防ぎ、各々が新たな武器を構えた、といったところでたちまち彼らの周囲は戦場のただ中となってしまった。
「ワッフ。別動隊ヲラオトエモニモントコニモ向カワセタ。ティルゥントコニハイェーヴフヲヤッタ。チョットコ言伝テガアッタカラナ」
「イェーヴフ来テタダベカ」
そんな中……ワッフとリーパグの二人は背中合わせになりながら魔族どもと渡り合う。
驚くべきことにリーパグ自らが短剣を片手に魔族どもと相対していたのだ。
「アア。デ、ダ。俺モ手下連レテココニ来タカラ……オ前ハ下ニ行ケ」
「…………………?」
その場にいた一同が皆不思議そうな顔でリーパグを見つめた、
ワッフさえそうだった。
リーパグの性格からすれば武器だけ届けて下にまた降りてゆくか、或いは戦うとしても強いワッフを残して共同戦線を張ると思っていたからだ。
「ドウイウ事ダベ」
「下ガヤベエ。街中ニ潜ンデタ魔族ドモガミンナ同ジ方向ニ向カッテタ」
「同ジ方向…ドコダベカ?」
「多分ダガ…『教会』ダ」
「教会ダベカ?」
「ソーダ。聖ワティヌス教会……イエタノ姉御ガイルトコダナ」
「アア、アスコダベカ」
「ソウダヨ。コイツラガ目ニ見エルママ戦ッテルノハ多分イエタノ姉御ガナンカシテッカラダ。ソウジャナキャコイツラノ半分ハ目ニ見エネエハズダカラナ。魔導学院ノ本ニ載ッテタ。ダカラ姉御ノ術ヲ奴ラニ潰サレタラ俺ラニ勝チ目ハネエ。ダカラオ前ガ行ケ。今ノコノ街ノ『兵隊長ノ戦場』ッテノハタブンソコダロ」
「ワカッタダ!」
ワッフは部下たちに指示を下すと一歩前に出てオークどもが撤退する助けとなる。
そしてリーパグと互いに頷いて、そのまま階段を駆け下りていった。
リーパグは大きく息を吐いて……
短剣を構え、腰を落とし、部下ともども全力で気合を入れ直した。
「ヤレヤレ……マッタク、俺ニャコーユーノリ似合ワネーッテ言ッテンダケドナ!」