第808話 攻防加速
城壁北部……もっとも数多く魔族どもの襲来を受けているエモニモ達の戦線からぐるりと回って東門城壁上部。
そこでもまた城内に侵入せんとする魔族どもと兵士達が決死の攻防尾繰り広げていた。
ど、ど、どどどどど…
城壁の上を地響きを響かせながら駆け抜けて、一匹のオークが羽魔族の一体とがっきと刃を交える。
だが力が拮抗したのはほんの一瞬で、そのオーク…ラオクィクの斧が羽魔族の肩に当たると、彼の圧倒的膂力によってめりめりとその斧刃がめり込んでいった。
物理障壁が効いていない。
小鬼の物理障壁は『銀の武器や魔法の武器』、羽魔族の物理障壁は『魔法の武器』により無効化され、物理障壁を貫通されてしまう。
ラオクィクの斧は魔法の斧であり、彼らの障壁は役に立たぬ。
それも一息に切り裂いたのではない。
刃を押し当て、力任せに押し切ったのだ。
とんでもない怪力である。
「トドメ!」
「ハイ!」
人間族の兵士達がラオクィクの指示の下倒れた魔族どもに次々にとどめを入れてゆく。
魔族達は確かに強力な物理障壁を備え、多くの人型生物の攻撃を無効化する。
さらに僅かに通ったダメージはその高速の自然治癒によって瞬く間に傷口を塞いでしまう。
普通に考えれば人間族の兵士など下級の小鬼以外には攻め手として役に立ちはしない。
……はずなのだが、ラオクィクはそうは考えなかった。
空を飛び臨戦態勢にある魔族ども相手に攻撃を当てる事は難しく、またその状態では当たってもろくに傷つけられぬ。
それでは確かに兵士達は戦力として役に立たない。
けれど地面に転がり呻いている魔族にとどめを入れるのであれば、十分なダメージを与える事ができる算段だ。
魔族とはいえ人型をしている羽魔族などは急所も似通っており、落ち着いてそれらを狙えば物理障壁越しであっても十分なダメージを通すことができるだろう。
そしてその一撃で殺し切るのなら、魔族どもの厄介な治癒能力も発揮されないはずだ。
実のところラオクィク自体もその戦法に助けられていた。
力任せかつ強引に相手を打ち倒す事はできるが、放っておけば勝手に治癒されて再び立ち上がられてしまう。
だが敵の数が多く、倒れた相手にいちいちとどめを入れている余裕がない。
ゆえに兵士達に後始末を任せ、自らは前線に飛び込んで次の得物を狙おう、というわけだ。
当然魔族どもとしてはそんなオークの前に立ちたくない。
現状彼らと互角以上に渡り合えるのがラオクィクだけである以上、誰かが彼の前に立ち盾になっている間に空中から周囲に群がってめった刺しにすればかなり有効な戦術になり得るのだが、誰も盾役になりたがらないのである。
普通に考えれば喩え少数の犠牲を強いてでもそれで戦いに勝てるならそうすべきだ。
それが戦争というものである。
だが再三述べた通り魔族どもはそれをしない。
やりたがらない。
魔導術すら修める者がいる魔族どもは知的であるがゆえに打算的でもある。
このあたりの強力な特性を有していながら圧倒的性能差程に有利に立ち回れない振舞いは魔導師のそれと似ている。
一方でラオクィクは、そして彼の配下のオークどもは生粋の戦闘狂でる。
不利であろうがなんだろうがとにかく敵を倒し、殺し、奪う事に専心する事ができる。
魔族達の特性……それを『自分の身可愛さ故の戦場に於ける判断の甘さ』と見切ったラオクィクは、それゆえ攻めの一手で主導権を握らんとする。
「ン……コイツラハ死ンデイイ仲間ナノカ?」
ラオクィクのところに羽の生えた獅子が群がってきた。
蝙蝠獅子どもである。
戦術的に考えるなら複数の種族でそれぞれの長所を生かしつつ包囲かつ波状攻撃をすればいいはずなのだが、羽の生えたチビ(小鬼のこと)と羽の生えたデカ(羽魔族のこと)はラオクィクとの戦いに参加せず、後衛の兵士どもに向かい群がってゆく。
現状彼らを打ち倒せる能力を有しているのがラオクィクだけと判断した上でこの行動を取ると言う事は、羽の生えたケモノ(蝙蝠獅子のこと)だけが死んでも構わない使い捨ての存在であり、他の連中は無闇に死にたくない、ということだ。
魔族どもの階級制や蝙蝠獅子の立場などは知識としてわからなくとも、戦場に、そして戦闘に生きるオーク族たるラオクィクにはその程度はすぐに判断できた。
パチ、パチと脳裏で何かが弾ける。
羽魔族どもがラオクィクに指を向けていた。
おそらく何らかの妖術を放ったのだろう。
だが…
「オークダカラッテ舐メルナヨ」
ラオクィクは右手の斧で蝙蝠獅子の一撃を受け止めながら左手で投槍を手早く投擲し、空中で距離を取りながら己を指さしていた羽魔族の肩を貫いた。
悲鳴を上げながら地表に落下してゆく羽魔族。
肩を貫いた槍はずぶりとそこから抜けると空中を回転しながらラオクィクの元に戻る。
彼愛用の『帰還の槍』である。
ラオクィクの肉体に直接の損傷がなかったところを見ると魔族どもが放ったのはおそらく心術だろう。
オーク族が精神攻撃に弱いと言うのは周知の事実だ。
だがそれを理解しているがゆえにラオクィク側も当然対策を取っている。
普段の彼と違い、今の彼は頭部に頭飾りを身に着けていた。
おそらくこれが先程の妖術を防いだのだろう。
「ヨシ、頃合イダナ……オ前ラデテコイ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「「「!?」」」
己に妖術を向けたがゆえにできた一瞬の隙を好機とラオクィクが合図し、それと同時に城壁脇の扉が開きオークどもが飛び出して来た。
城壁を哨戒していた人間族の兵士とは別の、ラオクィク直属のオーク兵どもだ。
そこは連絡通路……螺旋階段で階下と繋がっている扉である。
そして現れた彼らは……大きな箱を担いでいた。
「!!」
「!!!」
「! コイツラ知ッテルナ?!」
オークどもが運んできた物は一見するとただ箱である。
この場にいる魔族どもにとっては初見のはずだ。
にもかかわらず羽を広げた周囲の魔族どもはそれに強い警戒を示していた。
それが何か既に知らされているのだ。
「エモニモガ使ッタカ!」
魔族の特性についてはラオクィクも知らされている。
口にすることなく互いに意思を通じ合わせるという戦場に於いて非常に有効な能力を持っていると。
エモニモが使用した連投槍器はあれ一つだけではなく、倉庫の中に幾つも用意されている。
各門の倉庫に収納されているそれは、だから各城壁にて使用することができるのだ。
それを扉の手前で待機させつつタイミングよく使用することで最初の一射を無防備の連中に浴びせるといういわゆる『初見殺し』。
けれどそれは魔族どもの交信能力によって阻止されてしまった。
だが……
「構ワン。スグニ第一射!!」
「オオオオオオオオオ!!
オークどもが吼え、連投槍器から八本の槍が放たれる。
警戒していた魔族どもは素早く散開せんとするが、それでも避け切れず小鬼が二体ほど犠牲になった。
彼らはその体格上空中で素早く動けぬからだ。
「オット……オ前ラノ相手ハ俺ダロ?」
ばっと顔を上げ、連投槍器の元へと向かわんとする蝙蝠獅子ども。
攻城戦に参加している魔族どもには全て羽が生えているが、現状大型かつ四足で地上を走れるのは蝙蝠獅子のみだ。
無駄に傷つかずその新兵器を対処するためには地上戦に強い蝙蝠獅子をぶつけるしかない。
けれど彼らは事前に面倒な相手と判断されたラオクィクへと差し向けられてしまっていた。
城壁の上、歩廊は決して広くはない。
大型の魔獣である蝙蝠獅子は、ラオクィクの横をすり抜けてその向こうへ行く事はできないのだ。
それならば羽が生えているのだから空を飛べばいい。
確かに道理である。
「俺ノ前デ勝手ニ飛ブナ」
だが羽を広げ空に舞わんと身を鎮めたその一瞬こそ……ラオクィクにとっては格好の隙となる。
魔法の斧で羽を斬り胴を裂き、今まさに空に舞わんとした蝙蝠獅子が断末魔の叫びを上げる。
その背後からラオクィクを切り裂かんとした鉤爪の一撃を歩廊すれすれの低さで避けたラオクィクは……己が切り裂いたその獅子の腹下に潜り込み、そのままぐんと身を上げて獅子の巨体を斜めに押し上げた。
ぐるん。
と歩廊脇の鋸壁の上に転がった蝙蝠獅子は、そのまま自重でバランスを崩し地上へと落下してゆく。
はるか下からぐちゃりという音と共に絶叫が響いた。
蝙蝠獅子の動きが封じられている以上新兵器である連投槍器の対処をするためには死にたくない魔族どもが攻撃の矢面に立たざるを得ない。
そうなれば当然彼らの攻撃の手は鈍くなる。
相手が人間族の兵士なら魔族どもはそのまま襲い掛かったかもしれない。
人間族の力では彼らの物理障壁を突破することは難しいからだ。
だがその兵器を持っているのはオーク族である。
彼らの怪力なら物理障壁越しにすらダメージが通りかねない。
無論受けるダメージは大幅に軽減されるし、さらには高速の治癒能力まである。
普通に戦えば多少の被害を出しつつも十分勝ち切れる相手のはずだ。
誰かが犠牲になれば解決する問題なのに、誰も死にたがらない。
それが瘴気の外の魔族どもの大きな隙である。
自らを標的とすることでその戦況を生み出したラオクィクは、未だ圧倒的に不利な状況のままでありながら傲然と笑った。