第807話 城壁際の攻防
「連投槍器! 放てェー!」
「ハイッ! いくぞレオナル!」
「おうよライネス!」
バシュン!
という音と共に宙空に投槍が放たれる。
それも一度に八本同時に。
それは今にも城壁を飛び越え街に突入せんとした魔族どもの群れに中へと吸い込まれ、三体の羽魔族と一体の蝙蝠獅子を貫いた。
そしてさらに数体の小鬼の身体の一部を掠り、その幾体かが悲鳴を上げる
絶叫を響かせながら城壁の上、或いは城壁の外に落ちてゆく魔族ども。
周囲の魔族たちは警戒の色を見せ素早く散開した。
「おお……効いてる!?」
「マジか! ノーム達すげえな!? 隊長! 行けますぜこれ!」
「対魔族の為に引っ張り出してきたものが魔族に効くのは当たり前です! 再装填いそーげぇー!」
「ハ! 再装填急ぎます!」
「やってやらあ!」
エモニモの鋭い指示が飛び、兵士…元翡翠騎士団第七騎士隊の騎士達が急ぎ再装填の準備にかかった。
羽魔族だけでなく蝙蝠獅子もまた物理障壁を備えている。
なんだったら小鬼すら備えている。
物理障壁を突破する条件を満たしていないにもかかわらず彼らの身体に槍の穂先が届くと言う事は相当強い勢いで射出されたという証拠だろう。
兵士達が構えているのは縦2.5フース(約75cm)、横6フース(約180cm)、そして高さ3フース(約90cm)ほどの下に車輪の付いた金属製の箱である。
そしてその箱の横っ腹がちょうつがい式の扉のように開き、上部へ解放されていた。
どうやら先ほどの投槍はここから射出されたようである。
レオナルが箱の横に付いているボルトのようなものをねじって引き抜き、素早く別のものを差し込んだ。
取り付け式の蓄熱池である。
そして先ほどの槍を放った扉を閉め、蓄熱池をダイヤルでも回すように回転させると、中でジュッ!ガコン!と音がした。
そして再び扉を開くと……既に投げ槍が八本装填されていた。
内部で自動装填されたのだ。
これには魔族どももぎょっとしたようだ。
「連投槍器! 続けて放ーてェー!」
「っしゃあ!」
「発射しまーす!」
エモニモの指示の下、再び投げ槍が八本空を飛び、また幾体かの魔族を貫き地へと落とす。
蓄熱池を動力とし、内部に格納された投槍24本を3回に分けて弩弓のように高速装填、さらに射出の前に内部に仕込んだ液体を穂先に噴霧し状況に応じた特性を付与することもできる。
普段であれば錬金術的な熱や酸、毒などを付与するのだが今回は魔族相手である。
噴霧されたのは内部に充填された聖水だった。
蓄熱池動力の機械装填により強い発条の力で射出された投槍は、魔族の物理障壁を無効にすることこそできないがその高い貫通力で物理障壁越しにダメージを与える。
そして先端に塗られた聖水によってその傷を治療させぬようにし、有効なダメージソースとすることができるのだ。
これがシャミルが図面を引いてノームとドワーフが共同で作成した『連投槍器』である。
かつてミエが提案した使用済み蓄熱池の回収…いわば熱の備蓄を最大限に活用した兵器と言えるだろう。
ちなみに槍はクラスク市御用達の小鍛冶・緋鉄団の特製だ。
「しっかしこいつらなんも喋んねえな!」
「隊長! 不気味です!」
「精神感応で意思疎通していますからね。言葉を放つ意味はまずないはずです。それより来ますよ!」
「「ですよねー!!」」
魔族どものクラスク市攻城戦に於ける初手の主戦力は飛行能力を持つ三種の魔族、すなわち小鬼、羽魔族、蝙蝠獅子の三部隊のようだ。
数は小鬼が最も多く、蝙蝠獅子が最も少ない。
城の上の兵士達の主兵装と備え付けの装備では複数人で小鬼の相手ができるかどうか。
羽魔族と蝙蝠獅子にはほぼ攻撃が通らぬし、通っても魔族の特性により瞬く間に自然治癒されてしまう。
だがエモニモが持ち出した連投槍器は、そんな彼らにも十分なダメージが与えられるし、なによりその高速治癒を阻害できる。
いわばクラスク市側の切り札だ。
逆に言えばこの新兵器さえなんとかしてしまえば防衛側に魔族に対抗できる兵装は殆どない。
そう判断すれば後は迅速に対処するのみ。
魔族ども…というか羽魔族どもはすぐに互いに意思疎通して方針を決定した。
「ヴェオクラップ…あの羽の生えた獅子が来ます! 全員攻撃備えー!」
「なんでわかるんすか!」
「ってホントにキター!?」
城壁の上を四足で走りながら獅子どもが猛然とその射出器に突撃してくる。
羽魔族どもは投槍器以外の兵士達の掃討を開始したようだ。
この用兵は魔族的にはとても利に適っている。
威力が高く射程もある程度あるその連投槍器を無視して城内に突入しようとすれば背後から狙い撃ちされる恐れがあるからだ。
かつてイエタが発見し浄化した瘴気溜まりを覚えているだろうか。
彼女が懸念した通りこの街にはさらに幾つかの場所に設置されていた。
もしそれらの準備が万端であれば魔族襲来の日にクラスク市は疑似瘴気地に堕ち、ほぼ不死身と化した魔族どもによって一方的に蹂躙されていたはずなのだけれど、イエタが異常に気付きその後彼女とサフィナによって瘴気溜まりが幾つも潰され、結果魔族どもはそこまでの瘴気を得ることができなくなっていた。
残存している瘴気溜まりだけでも彼らは瘴気の外でありながらある程度魔族本来の力を発揮できるようになっていたけれど、それでも瘴気の中で得られる不死身性とは比べるべくもない。
つまり傷つけば治療や治癒が必要になるし、死ねば復活できないのである。
となれば魔族どもとて命が惜しい。
普段死なない戦い…もとい一方的な蹂躙に慣れているがゆえに。彼らは死を前提にした命の削り合いを嫌うのだ。
とすると背後から狙い撃ちされるリスクを抱えた状兄に城内に突入したくはない…より正確に言えば誰か他の魔族が(愚か…もとい勇敢にも!)突入して背後から撃たれ、その隙に自分だけが突入し功績を上げたい…のだけれど、全員同じことを考えているため結局誰も進んでその先陣を切りたがらぬ。
となるとその新兵器をどうにかして対処するしかない。
だが自らそれに近づけば死傷する恐れがある。
それは嫌だ。
この状況を打開したい。
だが自分達が死ぬリスクを犯したくない。
それなら蝙蝠獅子にやらせよう。
彼らは当然こう考える。
そう、人型生物からすればどいつもこいつも魔族には違いないのだけれど、魔族どもからすれば小鬼と羽魔族だけが『住人』であり、蝙蝠獅子は飼っているペットに過ぎないのだ。
もし魔族に人権などという概念があるのだとしたら、蝙蝠獅子にはその人権がないのである。
ならば蝙蝠獅子に攻撃の矢面に立ってもらい新兵器を除去。
それが済むまでは自分達を殺傷する能力を持たぬ雑兵どもの相手をしておくか。
計算高いがゆえに、魔族どもはそう考える。
この戦術だと厳密にはほぼ無傷なのは羽魔族だけで、一般兵士にも傷つけられ死傷し得る小鬼どもにとってはあまりいい策ではないのだけれど、魔族どもは階級差が絶対であるため小鬼達にはその横暴に逆らう術がない。
いつか出世してお前らを顎でこき使ってやると心の内で毒づくのがせいぜいである。
そう、ゆえに結果としてエモニモの予測通り、蝙蝠獅子どもが大挙して新兵器除去のために襲い掛かって来ることになるわけだ。
彼らは魔族のペットであり人権はないのかもしれないけれど、戦闘力は相当に高い。
空を飛行可能な大型四足獣で鋭い爪と牙を持っており。こと地上の相手であれば羽魔族どもより手強いやもしれぬ。
「どどどどうしましょうたたたた隊長!」
「落ち着きなさい! 姿が見えているだけでもまだマシです! ゲオルグ! ワイアント! 前ェー!」
「「ハッ!」」
元翡翠騎士団第七騎士隊隊員たるゲオルグとワイアントが配下の兵士達を引き連れ前に出る。
魔族どもをここで足止めし城内にこれ以上入れないためにはこの新兵器を最大限活用するしかない。
ゆえに……彼らはこの場を断固として死守しなければならないのである。