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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十八章 クラスク市の危機
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第803話 本性露見

「こりゃあ……なんだ」


ざわり、とざわめく群衆たち。

そこにはこの街の住人も旅人も観光客も入り混じっていた。


「もしかしてこれが……魔族って奴か?」

「放送で言ってたもんな…」

「死んでるのかしら……」


コルキが踏み潰した女性。

そしてコルキの事を糾弾し周囲を扇動しようとしていた男。

今やそのどちらもが姿を変じ、不気味な化物へと成り果てていた。


「「てことはつまり……」」


彼らは互いに顔を見合わせ、そして再びその視線を巨大な狼へと向ける。


「「コルキ様は俺達を守ってくれていた……?」」


コルキに怯え距離を取ろうとした少女を抱き留めようとした女性。

コルキはそれを踏み潰した。


正体が明るみに出てしまえばそれは自ら魔族の懐に飛び込まんとしていた少女を助けたということに他ならぬ。

さらにコルキは周囲の反応がどんどん険悪になっていっても直接己の悪口を喚いていた男しか相手にしなかった。

これまた常に魔族にだけ牙を剥いていた……と考えるなら納得できる。


「おお……俺達は魔族にたぶらかされてコルキ様に石を投げようとしていたのか……!」


彼らは己の行動に慄然とした。

自分達を護ろうとしてくれていたコルキを、彼らは魔族の言葉に乗せられて攻撃し、あまつさえ排斥しようとしていたのだ。


何故か魔族どもの正体が突然露わになってくれたお陰で大きな過ちを犯さずに済んだけれど、もしあれがなかったなら本当に危ないところだった。


当たり前のように相手を騙し、信頼できる相手に疑念を抱かせ、人心を弄ぶ。

彼らは魔族の危険さを骨身にしみて学び、その身を震わせた。


「申し訳ありませんコルキ様。俺達……」

「ばうっ!」

「うわっ!?」


消沈している男をコルキの巨大な舌が舐め上げる。

まるで彼を慰めているかのようだ。

いや、もしかしたらこんなところで落ち込んでいる暇などないと叱咤しているのだろうか。


「お、おう、わかったよ。俺らもしっかりしないとな!」

「あ、ああ……まだ他にもあんな奴がいるかもしれないってことだろ? 気を付ける!」

「ばうっ!」


コルキは一声吼えると、そのまま街の中央部に足を向ける。


「きゃん!」

「きゃんきゃん!」


その背後から街の者達にじゃれついて存分に可愛がられていた仔犬……もとい仔狼どもが次々にコルキに駆け寄って、そのまま背中の毛皮の内へと潜り込んだ。



そう……戦端は、まだ開かれたばかりなのだから。



×        ×        ×




街のあちこちで混乱が起こっていた。

クラスク市の各地で騒動が巻き起こっていた。


だってそれはそうだろう。

宿に泊まっていたご婦人が、街を歩いていた観光客が、突然見たこともない醜怪な化物に変じてしまったのだ。


そんなものを目の当たりにして動転しないわけがない。

騒ぎにならないはずがないのである。


彼らは魔族。

この街に潜んでいた魔族ども。


今日の計画の為に、巧みな防御術を用いてクラスク市のセキュリティを突破し、街中に潜み決起の時を待っていた魔族どもであった。


「チッ! ドウイウ事ダ!!」


準備万端整えて、人型生物フェインミューブの姿に身をやつし流言飛語を撒き散らしては混乱を起こし、最終的には人心を操り同士討ちを誘いつつ、その際に彼らの心の内に芽吹いた疑念や憎悪、そして絶望といった負の感情を啜らんと手ぐすね引いて待ち構えていたというのに、それがのっけから崩された格好だ。


彼らがクラスク市に潜入するために用いたのは強力な『変化』系統の高位呪文であり、おいそれと見破れるものではないはずだ。


そもそもそんな呪文がなくとも彼ら魔族には『人皮』という邪悪な装具…というか呪具がある。

これは字の如く人型生物フェインミューブの皮を剥いで造られたものであり、魔族が引き被ることで人型生物フェインミューブと全く見分けがつかなくなって多くの占術の探査も掻い潜れるという優れものである。

人型生物フェインミューブにとってはたまったものではないだろうが。


だが作成に手間と時間がかかる人皮はとても貴重なもので、保有しているのは一部の上級魔族だけだ。

クラスク市に潜伏していた魔族の尖兵どもまで回すには到底その数が足りず、結果こうして魔術によってその姿を変えて潜入していた、というわけである。


とはいえ彼らが用いている隠蔽用の呪文は非常に強力なものだ。


通り一遍の占術探査には引っかからないし、通常の〈解呪ソヒュー・キブコフ〉などでも解除できない。

占術さえ欺くような呪文である。

そこらの人間にそうそう見抜けるはずもない。


だが……そんな彼らの万全の呪文が先刻jの放送からたった数分ののちに見事に打ち消されてしまった。

とんでもない対応の速さである。


しかし解せない。

この効果範囲、まるで町全体を覆う結界そのものではないか。

魔導術の結界魔術にこんな効果はなかったはずだ。


新たに開発した?

いや結界魔術は大規模魔術であって、仮に開発しようと計画を立て予算を計上したとて式を証明し記述を終えるまで短くて数年、長ければ数十年単位でかかるだろう。

とてもではないがこの若き町でそんな大規模魔術が研究から完成まで持っていけるとは思えない。


「マサカ……『聖跡呪文テグロゥ・トゥヴォール』カ!?」


魔族の一体がそれに気づく。

人型生物フェインミューブに似た手が人型の魔族で、その体中にまるでミイラのように包帯が如き帯を巻き付けている。

街に潜んでいた帯魔族ヴェリートである。


「馬鹿ナ! ()()()()()()()()()()()()()()!? 神ドモノ介入カ!? イツカラダ!!」


己を見て驚き増援を呼ばんとした兵士相手に素早く包帯が如き帯を伸ばし、その顔面に巻き付けて呼吸と声を封じつつ、帯を引き己の方へと引き寄せて鉤爪でその心臓を刺し貫く。

血飛沫を上げどうと倒れる兵士の返り血を浴びながら、その魔族は街の内部に潜入している他の魔族どもに精神感応で呼びかけた。


「『教会』ダ! 大キ目ノ教会ヲ潰セ! コノ結界ハ魔導師ジャナイ。神ノ使途ドモノ仕業ダ! 上街西側ニアル聖ワティヌス教会ガ怪シイゾ!」


……と。




×        ×        ×



「ハァ、ハァ……」

「イエタ様!」

「大丈夫ですか!?」


修道女見習い達が慌てて駆け寄り、この街最高位の司教を慌てて支える。

司教……イエタは、祭壇の前で膝を折り崩れ落ちていた。


「申し訳ありません……私達がお力になれればよかったのですが……」


己を支えんとする修道女見習いの手を震える指で取るイエタ。


「ハァ……気にしないで。ください。それ、より……急いで避難を……魔族たちが遠からずここを襲いに来るはずです」

「イエタ様はどうなさるのですか?!」

「どうもうこうも……ありません……」


聖戦オーウェターグ〉の秘跡を唱え終えた彼女は街の各所から立ち上る不穏な空気と女神からの警句を受けすぐに事情を察し、そのまますぐに教会で次の奇跡の準備にとりかかって、つい先ほどその詠唱を終えた。

街中で魔族どもが一斉に正体を顕したあの不可思議な力は、イエタが唱えた大魔術だったのだ。


『露見』と呼ばれる系譜の奇跡がある。

特定の隠蔽されている何かを神の威光により明らかにする呪文群である。


冒険者などが好んで用いる〈不可(オズラヴ・)視露見(サラヂュタプマ)〉などがその典型であり、これは唱えた聖職者を中心に半球状の空間が広がって、半径が最低でも30フース(約9m)以内の全ての姿を消している対象がその姿を無理矢理現す、という強力な呪文である。


イエタが執り行ったのはこの『露見』の中でもとりわけ強力な秘跡のひとつ…〈本性(オズラヴ・オチ)露見(ュアッツァウ)〉である。


これは相手が姿を消していようが魔術で表面上の見た目を変えていようが姿そのものを変じていようが、ありとあらゆる偽装を暴き範囲内の相手を『本来の姿』に戻す、という非常に強力な効果である。

これは認識に関わる魔術であって、相手に直接作用しているわけではないため対象の魔術結界によって防ぐ事はできない。

魔族の正体を暴くのにこれほど適した呪文はないと言えるだろう。


単に戦闘力が高いだけでなく、人に化け交渉と嘘と謀略を以て人心を惑わす魔族どもは非常に厄介な存在であり、そうした魔族の搦め手を封殺できるこの魔術は対魔族戦に於いてとても有効に働く。


だが…そんなものがあるならなぜ人類はこれまでこの奇跡に浴してこなかったのだろう。

街中でこれを使えば市井に潜んでいる魔族など簡単に炙り出せるではないか。


けれど……そんな単純にいかぬ理由が、この呪文にはある。

この強力な呪文を唱えるためには、面倒な条件を幾つも満たさなければならないのだ。






その一つが……『聖杯』。

魔術の焦具として『聖杯』が必要なのである。






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