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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十六章 未曽有の危機
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第768話 挿話本題~ミエの答え~

「…そう、ですね」


なんて聡明で賢い人なのだろう。

ミエは感心と感嘆に身を震わせ、そのノーム族の娘を見つめた。


扉の前に立ちはだかるその姿はとても小さい。

背丈などは1m足らず。

見た目もまるで少女のそれだ。


だのにその思考と思想はまるで賢者のようで、この世界からすれば突拍子もないミエのアイデアをこれまで幾度もまるで魔法のように実現させてくれた。


そう、魔法だ。


この世界には魔術がある。

詠唱と共に信じられないような効果を発揮する様々な呪文がある。

神様に話を聞くことだってできてしまう。


けれどミエがクラスクに連れられオークの集落に住み着いてからしばらく、原始的な生活を独りで何とかしようとして、けれど力が足りずにろくなことができなくって。

そんな折に出会った彼女は……まるで魔法のような存在だった。

ミエにとってこの世界で初めて目にした、まさに魔法そのものだったのである。


この世界について何もわからず右往左往していたあの村で、最初に知己となったのが彼女で良かった。

ミエは心の底から感謝した。


「確かに私はこの世界の住人ではありません。別の世界で命を失い、この世界へとやってきました」

「転生、というやつか」

「はい」


初めて、告げる。

己の正体を。


ずっとずっと黙っていて、秘密にしてきて、どこかで心苦しいと思っていたその気持ちを、ミエはやっと吐露することができた。

告げることでこの世界から退去させられてしまうやもしれぬとどこか怖れていたそれを……けれどミエは、どこか晴れやかな気持ちで語っていた。


「私……どうなりますか?」


静かな、心で。

全てを飲み込んだ諦観で、ミエはそれを問うた。


「どうにもならんよ。誰にも言わん」

「ふえ?!」


そして、なんともみっともない声を上げる。


「え? なんで……?」

「わしは単に興味があるだけじゃ。なぜお主がこんなことをしておるのかというな」

「こんなこと…?」

「何故オーク族の元へとやってきた。なぜ連中を助けた。そればかりかかように大きな街まで造り上げて、お主は何が目的じゃ」

「ええっと……目的って言うとオーク族に男子しか生まれないっていう種族的問題を略奪とかによらず解決したいっていう……」

「そうではない。それはこの世界に来てからオーク族の現状を見て決めたことじゃろ。そうではなくこの世界に来た目的じゃ」

「ええっと……?」


そこまで言われてミエは眉をひそめて考え込んだ。

彼女は今日までの日々を生きるのに精いっぱいで、そんな大それたことを考えたこともなかったからだ。


実のところこの世界に送られる際に謎の人物…神の端末などと嘯いていた存在…から大意は伝えられているのだけれど、彼女はそんなことすっかり忘れ果てていたのである。


「ええっと……なんでしょうね?」

「なに……?」


腕組みをして、言葉を選びながら、ミエは素直な気持ちを語り始める。


「私……向こうの世界ではすごく病弱だったんです。ずっとベッドで寝てばかりで、車椅子……って言ってもわかりませんね。椅子の下に車輪がついてて、体が弱い人でも自由に移動できる乗り物なんですけど…」

「なんじゃそれ面白そうじゃな!」


ミエの身の上話を聞こうというのにすぐに好奇心をそそられてしまうシャミル。


「それで……大人になるまで生きられないって言われて、トラック……ええっとシャミルさんが作った蒸気自動車のもっとずっと大きなやつでしょうか……にはねられそうになった子供をかばって、そのまま命を落としました。どうせ長く生きられない私より、これからがあるその子の方が、きっと生きる価値があるはずだって」

「……………ほう」

「そうしたら死後の世界? なんでしょうか? そこでなんか私に資格があるとかなんとか言われて、それでこちらの世界に送られてきたんです」

「資格とはなんじゃ」

「よくわかりません。なにか世界を変える力がどうのとか言われましたけど私そんなもの何も持っていないですし……ただこう『好きに生きていいよ』的な事を言われた気がします」

「……なるほどの」


シャミルは少し考え込んだ後、少し目を細め、ミエにずっと聞きたかった事を尋ねる。


「それで、この世界を改変するためにオーク族の集落へ来たというわけか。オークを用いてこの地方を変えるために」

「ふえ? いいえ全然。私は旦那様に求められたから来ただけで」

「違うんかい!」


ぱちくり、と目をしばたたかせてからのミエの返答に、シャミルが思わずツッコミを入れた。


「つまりオーク族と出会ったのは単なる偶然で、太守殿のところに来たのも異世界出身ゆえの無知のためか」

「そうなりますね。当時の私は旦那様の台詞がプロポーズの言葉だと()()()()()ましたし」


ミエの言葉に……シャミルはぎょっと目を剥いた。


「お主……それを……!」


そしてシャミルの声に、ミエは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「ええ、まあ。家でイエタさんがなんかすごくすごーく気を使って私たちの出会いの件を誤魔化そうとなさるので、それでなんとなく……」

「そうじゃったのか。ならばわざわざ隠しておかんでもよかったかの」

「いえいえ。昔に聞いてたらきっとショックだったと思いますよ。なにせこちらに来てからしばらくは私にとってこの世界の価値ってほぼ旦那様そのものでしたから。それがただの勘違いだったなんて知っちゃったらきっと色々壊れちゃってたと思います」

「今は平気なのか」


シャミルの問いに……ミエは静かに微笑み、頷いた。


「はい。たとえあの出会いが互いの錯誤によるものだったとしても、今の私達が互いに愛し合っている事に嘘はないと思いますから」

「そうか……」


シャミルは少し感じ入ったようにそう呟いて、むっつりと黙り込み……やがて、小さな声で尋ねた。


「では、おぬしは、これからも…」

「はい。この世界で、この街で、旦那様と、他の妹嫁と、そして皆さんと……共に生きてゆきます。生きてゆきたいと、心の底から……そう、思っています」

「…………………………」


大きく嘆息したシャミルは、そのまま背後の扉に手をかけた。


「あいわかった。邪魔したの」

「ふえ? それで終わりですか?」

「最初に言ったじゃろ。単に興味があるだけじゃとな。別に糾弾する気も他の連中に告げる気もないわい」


そして……扉を開きながら、背後に振り返って、最後のこう付け加えた。


「お主がこの地を放棄せず、ここに留まり生きてゆくと言うのであれば、何も言わん」


ゆっくりと扉の向こうへと消えるシャミル。

無言でその扉の方に深く深く頭を下げるミエ。



そうして……扉の前、居館の廊下にて、シャミルは深くため息を吐いた。



(ようやく懸案事項のひとつが片付いたわい。まったく、我ながら底意地が悪いの)


クラスク市の発展と維持には様々なものが必要だ。

けれど現時点で最重要なものは何か、と問われたならシャミルは即座にこう断言するだろう。



()()()()()()()()()()、と。



クラスクではない。

クラスクではないのだ。


クラスクは確かに傑物で、武力も知恵も兼ね備えたこの街の偉大な太守である。

だがミエがいなくなればクラスクが平静を保てなくなるだろう。

この街で奇跡的に成立している異種族同士のまとまりも瓦解するに違いない。

ミエの存在が各種族の溝をを埋める大きなかすがいとなっているのだ。

それほどにミエの存在は大きい。


だが問題は……彼女自身が己の価値の重さに全く気付いていないことだ。


もし彼女が異世界からの来訪者で、この地に、或いはこの世界に長く逗留するつもりがないのなら、街の運営がある程度安定した頃……おそらく長くて数年後から、()()()()()()()()、彼女はこの地から去ってしまうだろう。


無論はたから見ても彼女は亭主であるクラスクにぞっこんに見えるし、子供もいる。

けれど子供ごと連れてどこかへ消えてしまう可能性は完全に否定できぬ。

シャミルはそれを危惧してミエにカマをかけたわけだ。


結果は完全なシロ。

己の心配が完全に杞憂である事に安堵しながら、シャミルはほっと息を吐いた。


(じゃが……それにしても、いささか気になることがあるの)


シャミルが気になったのは先ほど話していた異種族同士の婚姻に際した神々の『取り決め』たる部分だ。


オークと他の種族が子を為した時、そのほとんどがオークの男児となる。

ほとんどがオークとなる…いわゆる『種族間の綱引き』に関しては、オークの神フクィーフグと他の神々との間に不平等な契約が交わされたとされている。


シャミルが様々な文献や各神性の聖書などから読み解いた限り、オークの神フクィーフグは『呪詛』『戦い』『不和』『殺戮』そして『破壊』……これらの一部あるいは全ての権能を有していると推測された。

その呪詛の権能を用い、他の神々にお前達の似姿である人型生物フェインミューブを呪い殺してやろうなどと脅しをかけ、一方的に有利な条件を飲ませたとシャミルは見ている。

他の神々にとっては屈辱的な条件であり、ゆえに占術などで神に尋ねても言い淀み答えてくれぬのだろう。



異種婚に於いてオークばかりが生まれる理由はそれで説明がつく。

だが……男児ばかり生まれるのはそれでは説明がつかぬ。



男児だけでなく女児も生まれてくれぬと、同族同士で子孫が作れなくなってしまう。

それでは最悪種族自体が断絶しかねない。


オークばかり生まれることは彼の生み出したオーク族に益のある事象だが、男児しか生まれぬことは害にしかならぬのだ。

つまり己の種族に対しフクィーフグがそんなことをするメリットが何もない。


けれど神の似姿として生み出された人型生物フェインミューブの一種族丸ごとを呪おうと言うのなら、それはなんらかの神性の仕業には違いない。

だがシャミルにはそれを画策した犯人が皆目見当がつかなかった。






(一体……一体誰がフクィーフグの種族を呪ったというのじゃ……?)






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