第745話 からくりを暴け
「妨害によらない……ってどういうことです?」
ミエの質問に、キャスがすぐに背を向け板書を始める。
「報告通りならドルムが包囲されて半月あまり…本来であれば既に王都ギャラグフから各国に激が飛ばされ王国の各騎士団が王都を出立、ドルム近くまでたどり着いているはずだ。また魔族どもが北方回廊に出張って騎士団を待ち構え、交戦状態となっていたのなら、その旨がとっくにドルムに魔術通信で伝わっていなければおかしい。無論これはドルムへの魔族の攻勢直後、あるいは直前に既に王都へとその情勢が伝わっている前提の話だがな」
なおも黒板に書き込みながらキャスが説明を続ける。
「だが実際にはそうはなっていない。王都は未だドルムへの襲撃に気づいていないし、ドルムは速やかに包囲されている…と思われる。ならばそのために必要な条件を考えてみよう」
「そのための、条件……」
「そうだ、ミエ。まず第一にドルム近辺にある衛星村の見張り塔から魔族襲来の報せがドルムに届いていないこと。これがあれば村人の避難より先に出撃があったはずで、そうすれば今のような事態になっていないはずだ」
「あ……」
キャスに言われてミエは口元に手を当てた。
言われてみれば妙だ。
巡回などに力を注いでいるなら当然魔族の潜む森の監視なども日夜怠っていないはずだし、襲撃があれば即座に連絡と兵の派遣があるはずである。
そうでなくばいくら防塁が築かれているとはいえ魔族の潜む森の近くで数十年も村が保つはずがない。
「第二にドルムからの占術による援軍要請が王都に届いていないこと。届いていれば王都はもっと騒然としているだろうし、だとしたらそれが向こうの記者からそれが新聞記事として届いていないのは不自然だ。先刻も言った通り人型生物にとって魔族の襲来を他国に秘する意味など全くないのだから」
「確かに」
「第三に王都が行っている定期連絡において異常が検知されていないこと。定期連絡を行っている以上ドルムのからの返答が滞れば即座に緊急会議が招集されるはずだ」
「…………………」
キャスの説明を聞きながら、ミエが真剣な面持ちで押し黙る。
彼女にもようやくその違和感の正体がわかってきたからだ。
その隣でエィレもまた顔面蒼白となっていた。
「第四にドルムから転移系の呪文で緊急事態を報せに向かった魔導師が王都に辿り着いていないこと。これもこの新聞の紙面から明白だな。そして最後に……ドルムから発ったであろう早馬或いはそれに類する物理的な連絡手段もまた王都に辿り着いていないこと。ただこれに関しては…」
ぽん、と円卓の上に置かれた手紙を軽く叩きながら、キャスが話を締める。
「こちらには届いた」
幾つも幾つも、万全を期して、魔術まで用いてセキュリティを整えていたのに、王都に半月も異常が伝わっていないのは明らかに異常事態である。
ミエは事の深刻さに身震いした。
「一体どうしたら……」
「ドうすれバイイカハ悩むトコジャナイ。俺達からアルザス王国にこの状況伝えル。同時に向こうの新聞社通シテ記事ニシテ街ノ連中ニ報せル。昨日発行シタカラ本当ナラ明後日ニ出ス予定ダガ、繰り上ゲデ出サセル」
「「「あ…………!」」」
クラスクの言葉に一同がハッとした。
そう、真っ先にすべきは情報伝達である。
ドルムから王都ギャラグフへ、或いはその逆への情報伝達はなんらかの手段で邪魔されているけれど、別にその両者だけが連絡手段ではないのだ。
例えばこの街から王都へと連絡すればいいのである。
というか、現状ドルムの外で彼らの窮状を把握できているのはこの街のみであり、クラスク市からしかアルザス王国へこの危難を知らせる事はできないはずなのだ。
「そ、それじゃあすぐにでも……」
「タダシ」
「ふぇっ!?」
慌てて新聞社に話を持っていこうとしたミエを制するように、クラスクの言葉が飛んだ。
「連中の通信妨。トヤラノからくりがわからんト、俺達もそれに引っかかる危険あル。魔族連中が頭イイナラ俺達から王国へ連絡を取られル危険は考慮シテル前提デ考えルベキダ」
「あ……言われてみれば」
「忘れルナ。ソノ手紙受け取っタ以上、俺達ハ今戦争の当事者ダ」
「「「……………………!」」」
会議の出席者一同が息を飲み、全員に緊張が走る。
「そっか…そうですよね。それが魔術的なものであるなら私たちの通信手段が標的にされてる可能性もありますもんね!」
すぐにでもアルザス王国の王都にドルムの現状を伝えたい。
だが無対策で送信すればドルムの二の舞になりかねない。
早急にその妨害手段の特定、或いはなんらかの目処をつける必要があるのだ。
「ええとじゃあすっごく基本的なことなんですけど……そもそも水晶球とかを使った魔術的な通信って傍受できるものなんです?」
「可能か不可能かなら、可能と思われまふ」
ミエの問いにネッカが少しだけ考えた上で、だがきっぱりと答える。
ネッカの言葉を聞いたミエの脳裏には、アタッシュケース型の通信機を前にヘッドホンをつけた魔族が通信を傍受しながら声色を変えて嘘の通信をしている様が浮かんだが、口には出さなかった。
まあ言ったところで理解もされまいが。
「やっぱりできるんですか? じゃあそういう呪文も?」
「いえ。魔導学院の収蔵呪文にはそういう呪文はないはずでふ」
「ないんですか?」
ミエからすると少し意外である。
通信傍受など情報戦における基本のような気すらするのだけれど、そうした呪文が開発されていないと言うのは意外である。
「じゃあなんで可能ってわかるんですか? 可能なら作れるはずですよね?」
「理屈の上からではそうなんでふが…そうでふね」
ネッカはキャスに少し避けてもらって板書をはじめ、相変わらずの巧みな図解で説明する。
「ミエ様には以前説明したでふが、この世界には微量な魔力が充満してまふ。魔導術も精霊魔術も神聖魔術も、精度や手法に差こそあれ、これらの魔力の流れを利用したり収束させたりすることで魔術の効果を発現させているわけでふね」
「ああ。以前聞きましたよね。確か自然に魔法の武器が生まれれる過程とかでもその微量な魔力が剣に集まってるんだとかなんとか」
「はいでふ」
人々の想いが結実し、それが伝説に謳われた武器に込められることで、その武器は伝承に沿った能力を手に入れる。
この世界の魔法の武器が天然で誕生する時のプロセスである。
「で…これまた説明した気がするでふが、大気中にそうした魔力が一切存在しない『無魔空間』と呼ばれる場所がありまふ」
「あー…えっと、一切呪文が効果を発揮しない場所、でしたっけ?」
「そうでふ。で、以前実験されたんでふが、この『無魔空間』を介して、互いにその逆側の端と端に立って水晶球で交信を試みたことがあったんでふ」」
「へえ! それでどうなったんですか?」
「通信できなかったそうでふ。このことから通信魔術は大気中の魔力を介し、通信対象に対しおそらくほぼ直進することによって伝達されることが確かめられたわけでふ」
「へー。へー、へー!」
「なので理屈の上では通信を傍受することは可能でふ。方向が分かっていて、その途中で待ち構えていればその魔力の流れを掴めばいいわけでふから」
「おおー」
歓声を上げるミエの前で、けれどネッカはあることを指摘する。
「…ただし、魔術による通信を傍受するためには魔術が必要でふ」
「それは…そうですね」
「魔術には魔力が必要で、また持続時間が存在しまふ」
「それもそうで……あっ」
そこまで言われて、ミエはようやく先ほどネッカの言っていた言葉の意味が理解できた。
そう、そんな呪文があるはずがないのである。




