第718話 最初の取材相手
「ということで私達三人で! 初めての取材になります!」
「おー!」
「がんばる!!」
「「「おー!」」」
エィレ、シャル、ヴィラの三人で声を合わせ右腕を突き上げる。
外交官たちを記者に仕立て、ミエに紹介した数日後の話だ。
「でエィレ、何の取材すんの?」
「街はいれる! 街はいれる!」
「あーごめんねヴィラ。今日は街に入るかどうかわからないの」
「ええええええええええええええええ」
取材する=街に入ると完全に思い込んでいたのだろう。
ヴィラがあまりに情けない叫び声を上げた。
「…ねえそれなんかおかしくない? 『街に入らない』って言うならわからないでもないけど。だってそれって要は取材対象が街の外にあるって事でしょ? でも『街に入るかどうかわからない』なのよね。それってどういうこと?」
「…ほんとだ。へん」
シャルがエィレの発言の違和感に言及し、一人嘆いていたヴィラも我に返ってその顔をぐりんとエィレの方に向けた。
「えーっとね、前に説明したと思うけど、ミエさんが発行しようとしてる新聞っていうのは情報誌なの」
「聞いた聞いた。要は本よりもっとぺらっぺらで紙質も落としてそのかわりすっごく安くしてたくさんの人に手に取ってもらおうって事でしょ? たくさんの人が手に取ればそれだけ多くの人に伝えたいことが伝えられる。そーゆーことよね?」
「そうそう」
立て板に水を流すようなシャルの説明にエィレは素直に感心した。
ちょくちょくヴィラと一緒にわからない側の立場に立つこともあるシャルではあるが、それは彼女の種族性から人間族、あるいは地上そのものに対する知識や経験のなさから来るものであって、彼女自身の地頭は相当に高いように思えた。
まあそうでなくば地下水道の点検や部分的とはいえ浄水施設の管理など任されないだろうが。
「伝える相手はいろいろ。もちろんこの街の人たちにも伝えたい。でも本題はあくまでアルザス王国。そこにクラスク市がどんないいところか、オークの街って言ってもオーク達以外にもいっぱい住んでるよ、とかそのオークだって全然怖くないよ、とかそういうのを伝えたいわけ」
「要は情報で殴るってわけね」
「う~ん、まあ、そう。そうかな…」
シャルの言葉にエィレが少し首を捻ったが、大意としては間違っていない気がする。
普通の武器で殴り合ってもクラスク市は負けてしまう。
仮に練度で勝っていたとしても軍の規模が違い過ぎるからだ。
だから王国と渡り合うには殴って血を流す武器では駄目だ。
血を流さない方法でアルザス王国との対立を治めなければならない。
この街が魔印を用いて近隣諸国との関係を親密にしアルザス王国に無言の圧力をかけていることなどその最たるものと言える。
そう言う意味では確かに自分達が今からやろうとしていること……新聞の創刊も武器と言えるだろう。
シャルの言う通り情報という名の武器なのだ。
「ということで、この街のことをアピールする必要があります」
「それはわかる」
「わかる!」
「ならどういうアピールから始めたらいいと思う?」
「「うん……?」」
お題目は立派である。
だが実際どうしたらいいか、と言われるとなかなか具体案が出てこない。
魅力に乏しいからではない。
逆である。
紹介したいこの街の特色が多すぎるのだ。
「えーっと、これだけ進んだ賃金労働制は結構珍しいと思う」
「おしゃれいっぱい!」
「水道とかの施設もしっかりしてるし…」
「ごはんおいしい!」
「義務教育とか教育面もしっかりしてるわよね」
「はたけひろい!」
「あとは…夜景がキレイ?」
シャルがひとつひとつこの街の特徴…魅力をあげてゆき、ヴィラも負けじと思いつくままに叫ぶ。
「うん、全部当たってると思う。いずれは全部記事にしたいね。でもこの街ならではって言うのは、まだちょっと足りない気がするの」
「この街……」
「ならでは?」
シャルとヴィラが互いに顔を見合わせ首を捻る。
農業で賃金労働を導入しているのは非常に珍しいけれど、街中の日雇いの単純労働などでは普通に導入されている。
衣服や宝飾などで今女性的な感性を前面に出し、この街のデザイナーの作品が今流行の兆しを見せているけれど、それらは方向性が違うだけで他の街にも普通にある。
そう考えてゆくと必ずしも先ほど挙げられた特色はこの街ならではとまでは言えないのだ。
もちろん他の街に比べたら遥かに進んでいるのは間違いないのだけれど。
「せっかくだしこの街にしかないってものをグッとアピールしたいじゃない」
「この街にしかないねえ」
シャルが腕を組んで考え込む。
その隣でヴィラも真似をして腕組みをして首をぐぐいと横に傾けた。
「他の街に一切ないもの、って言うと案外少ないわね。オーク族とか?」
「まあ確かに他の国にはオークの住んでる街なんてないけど、それは私達の仕事じゃないかな……」
オーク族が他種族と融和できるか…
それが実現可能な事はこの街では既に立証されているけれど、それを他国、特に対立しているアルザス王国側にも納得させることができるか。
それは新聞の本題である。
本題を解決するための記事はおそらく自分達に求められていない。
エィレはそう認識していた。
「そういうのはたぶんシャミル様とかクラスク様あたりが寄稿すると思うの。私たちに求められているのはあくまで補助的な、読み物として面白可笑しくて、それでいてこの街の魅力を伝えられるものだと思う」
「なるほど? それでこの街にしかないもので、この街の魅力をアピールしたい、と」
「そうそう」
「で、具体的になんなのよそれ」
「そうだー」
ここまで考えてもぴんとこなシャルがそう尋ね、ヴィラが片腕を突き上げて同意した。
「えーっとね、他の街ではというか、そもそも人型生物が住んでるとこならまず間違いなく見かけないものが、この街にはあるの」
「人型生物が……?」
なんとも大袈裟な話である。
シャルはけげんそうに眉をひそめた。
「ほら、クラスク様のペットの……」
「あー!」
そこまで言われてようやくシャルにもミエの言わんとすることが理解できた。
この街にしか存在しない。
人型生物が排斥するため人型生物の街や国にはいるはずもない。
そんなこの街ならではが……確かにクラスク市にはいた。
巨大化したその体躯。
獰猛なはずのその性質は、けれどこの街の彼には見受けられぬ。
人を襲わず。
外敵には容赦なく。
そして……この街の太守夫人の命令に忠実で決して逆らわぬ。
人類の敵たる魔族どもが振りまいた瘴気を浴びて魔物となった巨大な獣。
そんな出自でありながら、街の者達に好かれ慕われ崇拝すらされている狼…魔狼。
クラスク市の守護聖獣・コルキである。




