第716話 勧誘
「なんと……」
「新聞……そのようなものが……」
「ほー、へー! この街はホント面白いこと考えるねー」
エィレがざっと新聞と雑誌の仕組みについて説明すると、三人が大いに興味を示した。
まあまだこの世界に存在していない、ほぼ非魔法のみで構成された情報発信媒体である。
外交官として興味を惹かれるのは当然と言えるかもしれない。
「…フム。アウリネル殿」
「さっきまでと随分態度が違うじゃんかさーダフマネックー」
「先刻は困り者のノームとして扱ったゆえな。今は専門家として問うておる」
「わかってるってー、で何ー?」
ひらひらと手を振るアウリネルにダフマネックが頷く。
「今の話、技術的に可能だと思うか」
「そうだねー。アウリネルさんはそもそも魔導師で錬金術はたしなみ程度だけどそれでもいーい?」
ダフマネックが無言で頷く。
「…アウリネルさん魔導術だけじゃなくて錬金術も使えるんですか」
「どっちも研究と実践が必要な学問って意味では似たようなものだからねー。魔導師の中には錬金術やる人は結構いるのさっ」
「へえ…」
逆に言えば錬金術の道から魔導術に入る事自体も可能という事だろうか。
学者や錬金術師のなり手が多いノーム族の中で、アウリネルの魔導師というのは些か珍しいと感じていたけれど、適正という意味に於いては案外そうでもないのかもしれない。
などとエィレは一人納得し小さく肯いた。
「で技術的な話だけど…十分可能だと思うよ」
「やはり可能か」
「うん。今言った内容通りならノーム族は図面を引けるだろうし、それに合わせてドワーフが治金鋳造するのは十分現実的だねー。それで材料の木材も確保の目処が立ってる。個人的にはここが一番の懸念事項だと思うからそこをエルフ族のお墨付きでクリアできてるのは相当大きいと思うねー」
「確かにの。そこらの連中が森を濫りに切り拓けば狷介なエルフ族が黙っておるまいが」
「それは当たり前の話です。我らの住む場所なのですから」
「それについては否定する気はないがな」
アルヴィナのほんの少しムキになった発言に、ダフマネックが小さく肯いて同意する。
エルフにとっての森は、ドワーフ族にとっての山と同じだからだ。
そのあたりの『ゆずれなさ』にはある程度共感できるのだろう。
「しかしこの街の紙が獣皮でなく樹木から作られている話は聞いたことがありますが、その量で樹木が足りるものなのでしょうか」
「そうですね…私も技術的な事はそこまで詳しく聞いてないですけど、なんでも錬金術的な薬液を用いて紙質を悪くすれば一本の木材から驚くほどたくさんの紙が作れるとは言ってました」
「なるほど。納得はしましょう」
小さく咳払いをしたアルヴィナがスッとエィレの方に鋭い目を向ける。
「それで…この街の機密を私たちに明かして、エィレッドロさんは何を求めるのでしょう。確かにこの方法なら王国に情報発信もしやすいですし、草の根で国交樹立の機運を高めるのには有効そうですが」
「はい。それで……皆さんには新聞記者になっていただけないかな、と」
「「「新聞…記者?」」」
想定していなかった言葉に三人の外交官の声が被った。
「新聞記者というと…先刻言っておったこの新聞に記事を書く者という事か」
「はい」
「記事の扱いの大きさと文字の大きさによるが文字数はだいたい…ふむ」
新聞のサンプルに見せた紙を広げいざ自分が書くことを想定し始めるダフマネック。
ドワーフ族は保守的で新しいことを好まぬと聞くが、どんなものにも例外というものはあるらしく、どうやら彼の場合好奇心の方が先に来ているようだ。
そういうところもあって外交官として抜擢されたのだろうか。
「へー、ほー、面白そうだね! どんな記事でもいいの?」
「なんでも、というと低俗な記事などが入って新聞の品格が落ちるかもしれませんから最終的にはミエさんのチェックが入ると思いますけど、はい、基本的には」
「それ面白そう。お金も出るんだよね?」
「はい。原稿料が出るはずです」
「小遣い稼ぎにはよさそうだなー」
アウリネルの方はすっかり乗り気で今にもテーマを決めて今日から書き始めそうな空気を出している。
「…ひとつよろしいでしょうか」
「はい」
だが、西の神樹の外交官たるエルフのアルヴィナだけは、確認するように問いを発する。
「新聞記者…それを私たちに求める理由を教えてください」
「なんじゃ気が乗らんか。エルフは保守的じゃな」
「お金もらえるよお金!」
「保守的な事についてドワーフにとやかく言われたくありません! あと金銭の問題でもないです!!」
キッと目を吊り上げて二人を威嚇するアルヴィナ。
「おお怖い。ヒステリーとかいう奴だな」
「怒ってばかりだとお肌の張りがー…あーエルフだから平気なのかー」
「それは少し羨ましいのう。わしの指などごっつごつじゃ」
「羨ましいねー」
ドワーフのダフマネックとノームのアウリネルが互いにこくこくと頷き合って、そんな二人をエルフのアルヴィナが見開いた瞳で睨めつける。
「あの…お話を進めても…」
「はい。お願いします」
それを強引に引き戻したエィレが、小さく深呼吸して己の真意を語り始めた。
「まず第一に皆さんは外交官です。外交官として選ばれる以上母国語と同時に共通語も堪能なはずですし、書類などを扱う関係上文筆にも覚えがあるはず。つまり新聞記事を書く上で必要な『読ませる文章』を書く能力が優れているという事です。新聞記者になる適正が高いと判断しました」
「なるほど。この街には義務教育なる珍しい教育理念があって、読み書き自体は多くの者ができるようになっているようですが、単に『文字が書ける』という事と『文章を書ける』というのは別の技能。なればこそ最初からそれを有する私たちに声をかけた…そんなところでしょうか」
「はい。全て合っています」
「なるほど……」
ふむ、とアルヴィナは椅子に深く座り直し顎に人差し指を当てた。
「適性の件は理解できました。仰る通りだと思います」
「ありがとうございます」
「ですが…それを私たちがやる意味はなんでしょう。いえ意味というか意義…外交官である私たちがそれを為すメリットとでも言いましょうか」
「なんじゃ、面白そうではないか」
「おかね!」
「貴方達に聞いているのではありません!」
目を大きく見開いて二人を牽制するアルヴィナ。
こうした話し合いでドワーフ族が積極的に話に乗っかってくるのはかなり珍しく、エィレはそのドワーフ外交官を不思議そうな気持ち見つめたが、すぐに己が問われているのだと思い出してアルヴィナに向き直る。
「アルヴィナさんは…この街とアルザス王国との確執についてどうお考えですか?」
「そうですね…」
暫し考え込んでから、アルヴィナは言葉を選ぶように語る。
「私がこの街に外交官を派遣されたのはこの街の相談役である友人サフィナの手助けをしたいという事が大きいのですが、その過程として無論アルザス王国とは平和裏に交渉を妥結していただきたいと思っています。可能な範囲で協力は惜しまないつもりですが」
その答えにエィレはほっと息を吐いた。
明らかにその内容に満足したようである。
「それなら話は簡単です。クラスク市とアルザス王国、両者の交誼の為是非新聞記者となってください」




