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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十五章 新たなる一歩
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第706話 新しき紙

新しき紙(モイトヴェヴォル)?」

弾薬庫ニーズズモ?」

「まあそうなりますよね…」


ミエが意訳した単語を前に一同がいぶかしげに首をひねる。


「それをアルザス王国の姫様が?」

「そうです。エィレちゃんのアイデアです」

「いえ! そういうわけじゃ…!」


なにせエィレ自体その『新聞モイトヴェヴォル』『雑誌ニーズズモ』という単語をミエの意図する内容で聞いたことはないのである。

彼女の着想なのは間違いないがその後はほとんどすべてミエが仕切っているようなものだ。

それを己のアイデアと言われたら困惑するのも当然だろう。


「ええっとシャミルさん。今うちの街で出版してる本て紙質ちょっと落としてますよね」

「そうじゃな。そうせんと数が刷れんからな」

「あれもっと『悪く』できます?」

「なに……?」


ミエの言葉にシャミルがあからさまに眉をひそめる。


「より多く刷ろうとする腹か?」

「薄利多売って奴かニャー。高品質適価をモットーにしてたこれまでのこの街の方針からはちょっとズレてる気がするんニャけど」

「仮に強力な錬金術溶液を開発したとして、それで同じ木材からより大量の紙を捻出することができたとしても、今よりさらに紙質を下げれば紙に色がついて白が保てなくなってしまうぞ?」

「それでもいいんです。とにかく()()()()()()()

「「んむ……?」」


シャミルとアーリは互いに顔を見合わせた。

そんなに紙質を悪くしてしまっては本の価値が下がってしまう。

それでは買う者がいなくなってしまい、商売として成り立たないのではないだろうか。

二人は同時に同じことを考え、互いにそれを察したらしく小さく肯いた。


「えーっとですね、とりあえず製紙工場でこんな感じの紙を用意していただきました」

「おっきいな!?」


ミエが手にした紙を見てゲルダが驚く。

それは幅3フース(約90cm)、縦1.5フース(約45cm)ほどの紙でかなり薄め、ペラペラな紙だった。


「シャミルの背丈くらいの幅あんな」

「ほっとけ」

「そうですねー。でこれをこうして……」


ミエは同じ大きさの紙をさらに数枚取り出して、先ほどの紙の上に重ねる。

そしてそれを中央で折りたたんでよく折り目を付けた後左右に広げた。


「こう読みます」

「「!!」」


ガタ、と立ち上がるシャミルとアーリ。

それぞれ全く別の観点からミエが手にしたそれの性質に驚いたのだ。


「本…ではないな。表紙も裏表紙も背表紙もない! じゃが本ではないが確かにこの構造ならページをめくって読める! なんと簡素な構造じゃ…!」

「これをたくさん刷って売る…? ニャるほど? 確かにこの構造ニャら止め具や綴じ紐も不要だニャ。()()()()()()()()()()ニャ。量産向きの造りだニャ」

「はい! さらにこうして折り目をつけましてー、記事…文章の切れ目をここにすれば…」

「さらに折り畳んだ状態でも読めるのか! これならばわしらや小人族フィダスでも読めるの!」


瞳をキラッキラに輝かせてシャミルが身を乗り出す。

他の者達も興味を惹かれたようだ。


「これおそとで売るの?」

「そうですねーサフィナちゃん、屋台みたいなとことか観光案内所で売ってもいいですねー」

「ふむ、廉価で販売する技術と大量生産で利潤を出そうというのか。面白いが少々ミエらしくはないな」

「そうですか?」

「そうだなー、アタシも少し気になるかな」

「ゲルダさんまでー」

「だってよ、儲けるっつーんならアタシら十分潤ってんじゃん? 新しくコイツを売って()()()()()()。アーリじゃあるまいしまさかお前が金儲けの為だけのアイデアなんて出さねえよな」

「うーん、変な方向に信頼されてますねわたし」


腰に手を当てたミエが困惑気味に首を傾け、だがすぐにいつもの調子に戻る。


「はい。ゲルダさんの仰る通りこの『新聞』には目的があります」

「やっぱりな。で、どんなだよ」

()()()()()()()()です。」

「「「は……?」」」


ミエの言葉の真意を……最初その場にいた者は誰一人理解できなかった。


「毎日つったってよ。まあ安く売りゃあそれなりに買う奴多いだろうけど、いつか全員に行き渡っちまうんじゃねーか?」

「はい。なので()()()()()()()()()()()

「「「!!?」」」


そこでようやく…ミエが自分達が想像しているよはるかに前代未聞かつとんでもないことをしでかそうとしている事に皆が気づいた。

ただ…この時点でその()()()()()()()()に気づいていたのは、アーリ一人だけだったが。


「毎日ですか? 毎日違う内容で何を…?」


エモニモの至極もっともな疑問にミエが両手を合わせて嬉し気に答える。


「はい! それはもう()()()()()()()ですから! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なので!」

「あ……っ!」


アルザス王国とクラスク市の軋轢。

元々敵対する気のないクラスク市としてはいかに波風を立てず軟着陸するかが課題であった。


トップ同士の交渉では進展があった。

クラスクが実質単身でアルザス王国の王宮に乗り込み、互いに交渉するべき相手だと認識できたからだ。


だが…未だ成し得てないものがある。

アルザス王国の国民感情の醸成……いわば和平への()()である。


無論国と街のトップ同士が暗黙に了解したのだから庶民など無視して勝手に国交を結んでしまえばいい。

民主主義ではなく君主制なのだからそのあたりを気にする必要などない。


だがそれでは駄目なのだ。

なぜならアルザス王国は複数の国家から代表を派遣され構成されている国家であり、国家の決定と国民感情の乖離は国の運営において足をすくわれかねない攻撃材料となり得る。

秘書官トゥーヴが手を尽くしてクラスク市産の商品からクラスク市の情報を隠蔽しようと諮っていたのはまさにそれだ。


なにせオークの街である。

吟遊詩人などを通して情報喧伝に務めているがまだまだ弱い。

吟遊詩人たちは話を盛る傾向があるし、聞き手側も話半分以下に聞くものだからだ。


ゆえに現状情報遮断されている王都に於いてクラスク市の印象は『吟遊詩人などがやたら持ち上げるオークどもが造ったという胡散臭い街』というレベルに留まっている。

かつて街中を行軍するクラスクとその部下たちの様子で軍事的には強力そうな印象を与えられたかもしれないが、未だこの街の文化的側面を伝えきれていないのだ。


ミエはそれをこの新しい媒体で改善しようとしているのである。


「情報…そうか情報か! 本の装丁や紙質や装飾ではなく、()()()()()()()()()()()わけか!」

「流石ですキャスさん。仰る通り新聞は()()()()()()()()()()()()()()()です」


この世界の本は筆写が基本であり、数が非常に少なく一冊一冊の単価がとても高いことは以前にも何度か述べた。

一冊が高価であり数が作れないがゆえに、これまではその一冊をいかに高く売りつけるかが重要だった。

結果として表紙や背表紙に凝り、紙質を高め、金や銀、時に宝石まで使った高価な装丁の本が作られてきたわけだ。


ゆえに…『本』というとこの世界の者達は()()()()()()で考えてしまいがちである。


だがこの街は活版印刷とパルプ紙を持ち込むことにより書籍の低価格化を実現した。

それにより元吟遊詩人の物書きなども誕生し、自分達の知っている物語を面白おかしく書き記してクラスク市の市民に大いに受け大いに売れた。

いわゆる大衆娯楽小説の開祖のようなものだ。


ミエはそこからさらに紙質を落とし、ページ数を減らし、装丁などもすべて取り去ることでコストを思いっきり下げて、そのかわり毎日売り続ける事で利潤を得て定期的にこの街の情報を発信しようと言っているのだ。


「ちょっと待て…ちょっと待て! 毎日…毎日じゃと!? この量を毎日!? 文字の大きさにもよるがこんなものを毎日書けると思うておるのか! 死んでしまうわ!!」

「なんか自分で書く気で言ってねーかお前」

「ではゲルダよ、逆に他に誰がやれるというんじゃ」


苦々しげな表情から繰り出されるシャミルのなんとも実感のこもった台詞に皆がうんうんと頷く。


「あー、そっか、普通に考えたらそういう発想になりますよね」


ぽむ、と手を叩いたミエが…


「まあ大変なのは大変だと思いますけど…新聞はそういうのとはちょっと違うんです」


今更気づいたように、告げる。






「載せるのは『記事』なので」







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