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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十五章 新たなる一歩
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第701話 エィレの提案

「確かに…それは大きな懸念材料ですねえ」

「はい。我が王国は未だ三代と若いとはいえ代を重ねてきた実績があります。そうしたノウハウを共有できるかと」


後継者問題について課題を抱えているクラスク市について指摘したエィレの言葉に、ミエは小さく嘆息しつつ認めざるを得なかった。


「確かニ。それハメリットにナルナ」


フム、と息をついたクラスクが腕を組んで首を捻る。


「正直全然考えテナカッタ」

「ですよねー」

「後継者誰にスルカ」

「候補者の選定とかから始めましょうか。イエタさんはどう思います?」

「そうですねえ」


他国の外交官の前で己の国の欠点を赤裸々に語り合う首脳陣に少し面食らったエィレは、彼らの会話に少し気になることを感じた。


「ええと…以前クラスクさまには御嫡男がいらっしゃるとお伺いしたのですが…」

「イル」

「はい。クルケブって言うんですけど…今度見にきます? 狭い家ですけど」


ミエが嬉しそうに告げた言葉は謙遜しているわけではない。

実際彼らの家は増改築を繰り返す他の家に比べ以前とほぼ変わらず、村の中でもだいぶ小さな方なのだ。


「あいえそうではなく、いえ見せていただけるなら是非見てみたいですが…えっと、その、御嫡男に後継を任せるのでは…?」

「? アイツマダ何も為し遂げテナイ。実力あルカわからん奴後継ぎデキナイ」

「あ……」

「ですよね。もちろんあの子が独り立ちしてこの街を立派に運営していけるならとても嬉しいですけど、あの子にはあの子の人生がありますし、親の跡を継ぎたくないかもしれませんしねえ」

「……………!」




今、この二人は、かなりとんでもないことを言ったような気が、する。




こんな大きな町を治めている、太守を名乗る人物が、自分の子供を後継ぎと考えていない?

自由意思を尊重する?


それは王族の娘として義務や責務について散々学んできたエィレにとって衝撃に近い言葉であった。


「…街づくりに必死デあまり後のことを考えテなかっタ。イケナイナ」

「そうですねー。持続的な維持発展の道筋を示せなければ王国の皆さんに申し訳なくって交渉なんて言い出せませんねこれ」

「ウム。俺ハ漫然トイつカ俺を打ち倒す奴が現れテそイつガ次の太守にナルト思っテタガそれハダメダナ」

「オーク流ですねー」

「アア。ダガこれダト武力シカ測レナイ。街治めル武力ダケジャダメ」


アルザス王国の外交官たる自分がいる目の前で今度はこの街の今後について議論を始める二人を前に目を丸くするエィレ。


「エィレ、ナニカイイ方法知っテルカ。知っテタラ教えテ欲シイ」

「ええっと…」


エィレは王族の娘として権力の維持の仕方や権威を高める方法ならたくさん教わってきた。

だが()()()()()権威…世襲や血統でない権力について、彼女はこれまで夢想だにしていなかったのだ。


もしこれが己の彼らの幼い子にどうやって権力を継がせたらいいのか…であれば彼女もすらすらと答えられただろう。

クラスクの施策は街の住民に好意的に受け入れられているし、オーク達が暴力込みの強引な手法を取っても街の発展の為と皆納得している節がある。


実際クラスクとこの街の運営者達はそうした半ば強引な手段を取りながらも常にそれ以上の大きな利益をこの街にもたらし続けてきた。

住人には大きな信頼が醸成されているとみていい。


ゆえにもしクラスクが己の子をこの街の次期太守にすると宣言すれば、彼らはきっと受け入れてくれるだろう。

むしろ歓呼して応えてくれるのではないだろうか。


無論クラスクの息子…クルケブというらしい…には、幼いころから為政者としての知識や心構えをしっかり教え込む必要がある。

いわゆる帝王学という奴だ。

ただそれに関してはエィレが役に立てるはずである。



…とまあ、この街の太守を世襲制にするならそれで問題なかった。

だがどうもクラスクが望んでいるのは違うことのようだ。

いったいどうしたらいいのだろう。



「ミエは何か知っテルカ」

「そうですねー。ぱっと思いつくのは議会民主主義とかですけど…」

「ギカイ」

「ミンシュ」

「シュギ?」


クラスクが首を捻りエィレの方に視線を向け、エィレが慌てて首を振った。

続けて背後のイエタの方に目を向けるが、彼女もまた首を捻る。


「ナンダソレハ」

「ええっと……複数の人で相談して街の運営を決める政治形態ですね」

「今ト同じカ」

「少し似てますね。ただこの制度の場合議会で一番立場が上の人…『議長』って言うんですけど、この人には()()()()()()()()()

「ギチョウ……」


一番偉い人、ということで自分の呼び名としてシミュレーションしたクラスクは少し眉をひそめた。

議長クラスクはあまりお気に入りではないようだ。


「ギケツケン、ハナンダ」

「議会で相談した結果を最終的に決める権利ですね。うちの場合は最終的に旦那様の決定が絶対ですから、この場合『議決権は旦那様にある』ってことになります」

「ギチョウにギケツケンナイノカ。誰が持っテルンダ」

「『全員』です。相談した案件は最終的に多数決で決めます。この世k…ここでも国際会議なんかで採用されてるシステムですよね?」

「「ああ……」」


クラスクとエィレが同時に納得の声を上げた。


「ミエさん」

「はい、なんでしょう」

「国際会議の場合所持している魔印の数で議決権が決まるわけですが…その議会に参加する人たち…」

「議員ですね」

「ギイン……そのギインはどうやって選ぶんですか?」

「選挙です」

「選挙で? ならその選挙の元になる候補者はどこに?」

「市民です」

「はい……?」


あまりに予想外の言葉に、エィレは一瞬ミエの言っている事がよく理解できなかった。


「この街に住んでいる人をこの街の『市民』と定義します。このうち所得税と住民税を収めている人に『選挙権』を、議員などを担当しても生活に問題ない程度に…つまりより余裕ある収入を得ている方に『被選挙権』を与えるものとします。被選挙権を持っている方は誰でも議員になりたいと立候補できます。立候補が定員を超えた場合は選挙権を持っている市民が選挙を行い、誰を議員にしたいかを一人一票で選びます。規定得票率以上で投票数の多かった方を議員にします」

「ええ……?」


街や国の運営に於いて、かつて見たことも聞いたこともないような制度を流暢に語るミエにエィレは混乱した。

色々わからなことだらけだが、そもそもその制度には重大な問題があるような気がしたのだ。


「ええっと、その…ミエさん」」

「はい、なんでしょう」

「一定以上の税を納めている市民なら誰でも立候補できるとおっしゃいましたよね」

「はい」

「そんな人がたくさん立候補したとして…なら選挙権を行使できる市民は一体何を基準にして誰に投票すればいいのですか?」


そうだ。

血筋も家柄も代々成し遂げた功績もないのなら、一体何を基準に彼らを選べばいいのだろう。


「それは当然『政策』です」

「政、策……?」


きょとん、とエィレは目をしばたたかせた。


「はい。私が議員になった暁には工場区をもっと大きくしてたくさんの人を雇います! とか私が議員になったなら竜麟の武器や鎧を街の外に販売できるようにして街に巨利をもたらします! 今の制度は人間族とオーク族に有利なばかりだ! もっとそれ以外の種族にも優遇措置を!とか、それぞれが自分なりに考えた街の利益になりそうな政策をそれぞれが主張して、それを演説とかパンフとかで街の人に知ってもらって、選挙権を持つ市民たちはその中から自分の立場で最もいいと思う議員を選べばいいんです」

「え…ええ…?」

「そして議員には『任期』があります。二年とか三年とかですね。それで一定の期間議員を務めたら、また選挙で選び直すわけです。ですから次に選挙をする時、より魅力的な提案をした人がいたり、或いはこの人今議員になってるけど任期の間公約した政策全然実施できてないなー、とか思ったら別の人に投票すればいいわけです」

「……………っ!?」



ぞくり、とした。

エィレは全身に冷や水を浴びせかけられたように身震いする。



血筋も家柄も関係なく、ただただその人が唱えた、あるいは実現させた政治政策だけで評価され、選ばれる。

そんな政治体制が存在するというのか。

できるというのか。


王侯貴族は血筋家柄で代々後継を決める。

もちろん跡取りには支配者としての厳しい教育が施されるだろうけれど、そうして教えを受けた全てが立派な為政者になるとは限らない。


歴史上そうして圧政を敷いた王様や放蕩で財産を食い潰した貴族などが少なくないことを彼女は教わった。

だがその制度なら、議会民主制とやらであれば評価されるのはただ政策のみだ。


おかしな政治をしそうな者は単に選ばなければいい。

多数決で決めるから誰かの専横も防げる。



ただ…もしそれが成立するとなると、それは重大な問題を発生させてしまう。






王族、貴族……この世界に蔓延する特権階級による、血筋を絶対基盤とした世襲制度の否定である。






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