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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十四章 エルフの森
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第685話 (第十四章最終話)森林保護の真意

「そういえばイズ、ここでの仕事は?」

「お、おわた」


わたわた、とやや挙動不審げに横に身を避けるイズカルク。


「「わあ…!」」


そしてすぐにエィレとシャルの嘆声が上がった。


像である。

石像だ。


エルフ族を象った等身大の石像が彼の背後にあった。

戦鬼トロールは巨人族であり、その巨体ゆえに彼がどくまで背後にあったその石像が隠れて見えなかったのである。


「へえ…相変わらず上手いもんね」

「ホント。まるで生きてるみたい…!」


やや苦みが走ったその表情は年輪を感じさせ、歳を取らぬと言われるエルフの中でも年配らしきことが伺える。

纏っているマントのひだのひとつひとつまで見事な出来栄えで、まるで風が吹いたらそのままたなびきそうなほどである。


「ルゥイメクフ。千年以上昔のエルフの英雄だ」

「オムローさん!」


藪の中からすっと現れたオムローが告げる。

あれだけ鬱蒼と茂った藪を抜けてきたというのに、彼が広場に入ってきた時一切の葉擦れの音は聞こえなかったし、その衣服に木枝も葉も擦り切れの一つもついていなかった。

森に住み暮らすエルフならではの身のこなしと言えるだろう。


「他種族との融和を掲げた人物で、人間族と強い友情で結ばれていた。この森のこれからに相応しかろう」

「なるほど…」


喩えこの『狩り庭』の地権を別の誰かが所有していたとしても、争いを起こしてでもこの地を取り戻さんとしていただろうエルフ達が、今やクラスク市の住人となって彼らと共に森の復興に当たっている。

そうした事情を考えれば、確かにこの森の象徴としてこれ以上相応しい人物はいないのかもしれない。


「しかし改めて見ても見事な出来栄えだ…当時の書物はもう残っていないというのに口伝のみでよくもここまで再現できたものだ」


オムローの素直な言葉に周りにいたエルフ達が頷き合う。


「しかもその造り手が戦鬼トロールとはな…長く旅をしてきた身としてなるべく他種族への偏見は持たぬようにしてきたつもりではあったのだが」


エィレは内心「それは仕方ないんじゃ…」と思いはしたが口には出さなかった。

エルフが偏見を持たずに人間族を評価するのはまだわかる。

犬猿の仲のドワーフ族と認め合うこともままあるだろう。

だが流石に戦を嫌い芸術を好む戦鬼トロールがいるだなんて想像できるはずがないではないか。


「そんなに似ているんですか?」

「ああ、似ている」

「でも大昔の英雄なんですよね?」

「私の大叔父に当たる方だ。直接会ったこともある」

「意外に近いー!?」


以前のミエと似たような反応をするエィレ。

一方でシャルの方は割と淡白な反応であった。

人型生物フェインミューブの中ではエルフ族に次いで長命な人魚族にとってはさほど意外な話でもないのだろう。


「ともかく感謝する、クラスク市の芸術家よ。お前の種族がなんであれ、この芸術を生み出す手練と信念がある以上、我々は汝を認めよう」


オムローの言葉にエルフ達が頷き、イズカルクが恥ずかしそうに頭を掻いた。

そんな彼らを見ながら…エィレは、先ほど森の中から聞こえた声がこの石像がお披露目された時のエルフ達のどよめきだったことに今更ながらに思い至ったのであった。




×        ×        ×




「どうだった、北の森への遠征は」

「たのしかった!」

「まあまあね。ま、みんながまた行きたいって言うなら付き合ってやらないでもないけど」


街への帰路に就きながらユーアレニルが娘達に問いかけ、ヴィラとシャルがすぐに返事をした。

ちなみに帰りはノームの魔導師アウリネルも一緒で、彼女たちの横を箒に女座りしながらひよひよと飛んでいる。


「私もすごく楽しかったです。とってもためになったというか…」


異種族同士の融和…アルザス王国が目指しながらも道半ばで苦闘しているもの。

それをこの街は高いレベルで実現させている。


なぜそれができるのかを考えれば、街の首脳陣…もっといえばクラスクとミエの『誠意』によるところが大きいのだろう。

ミエは元から尊敬していた二人にますます敬意を募らせた。


「そうかそうか、ハッハッハ!」

「ふうん…ためになった、ねえ」


愉快気に笑うユーアレニルと違い、少し含みを持った笑みを浮かべるアウリネル。


「で、()()()()()ためになったの?」

「どんな風に…?」


その聞かれ方は予想外で、エィレは一瞬言葉に詰まる。


「ええっと、為政者の誠意って大事なんだな、とか…」

「ふむふむ…それじゃあ50点だねー」

「え……?」


アウリネルの厳しめの批評にエィレが困惑する。


「一体何が足りないんでしょうか」

「そうさねえ……」


人差し指を顎に当てながらアウリネルが語る。


「あの森より北には何があるかな?」

「ええっと…しばらくは荒野、でしょうか」

「そだねー。その先には?」

「それより先になると北の防衛都市ドルムになるかと…」

「そうだね。ドルムになるねー」


アウリネルは箒の上でうんうんと頷いた。


「この街は現在その軍事都市ドルムを擁するアルザス王国と抗争状態にある。まあ王国の国土に勝手に村を作って勝手に荒野を開拓して城塞都市にしちゃったんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけどさー」

「そんな……」

「まあまあ話を聞きなさいな。で、王国がクラスク市を攻めるとしたら一番手っ取り早いのはドルムからの派兵だ。あそこはこの国で一番強い軍隊があるからねー」

「でも、その軍隊は…」

「そそ。北にある闇の森(ベルク・ヒロツ)に巣食う魔族たちに目を光らさなきゃならないからこっちには手が出せない……()()、ね」

「今は……?」


そこまで言い差してエィレはハッとした。

アウリネルは闇の森(ベルク・ヒロツ)から魔族を追い払えたとして、その『後』の話をしているのだ。


強大な魔族たちが集団で潜んでいるとされる王国の北、闇の森(ベルク・ヒロツ)

そんな彼らを追い払うだなどと夢物語…と一言で片づけるわけにもゆかぬ。


なにせアルザス王国の国土自体五十年前までは魔族どもの支配地域だったのだ。

彼らを北の森から追い散らすことだって不可能ではないはずなのである。


そしてもし北の脅威がなくなれば…

防衛都市にして軍事都市たるドルムはクラスク市にとって大変な脅威になり得る。


高い練度と士気を誇る軍隊と、魔族どもと戦うために集められた精強な冒険者達。

そんな彼らに大挙して攻め立てられたらいかなクラスク市の三重城壁とて安泰とは言えないだろう。


()()()()()()()()()()、さ」

「……はい?」


アウリネルの話の繋げ方が唐突過ぎて、エィレには最初理解できなかった。

いやアウリネルの中では繋がっている話が、エィレの中で導線となっていなかったのだ。


「だって考えてもみなよー。エルフ達にとってここはやっとこ取り戻した自分達の故郷だよー? 頑張って復興させた森だよー? そんなエルフ達が今やクラスク市の住民なわけさ。ドルムから軍隊が送り込まれたら彼らはどうするさね?」

「あ………っ!」


そこまで言われてようやくエィレも気づいた。


それは、戦う。

故郷の森を守るためにエルフ達は必死に戦うだろう。


交渉もきっと通用しない。

なにせ彼らには一度赤竜に奪われた故郷をやっと取り戻したという高い士気とその故郷を守らんとする強い強い使命感があり、さらにはクラスクに国宝を返還してもらったという大恩まである。

エルフ達がクラスク市から離反する理由が何一つ存在しないのだ。


「あそこにエルフの森があれば、森の中のエルフっていう強力な防衛力が北からの軍事力を防ぐ壁になってくれるし、彼らが早馬を飛ばしてすぐに変事を知らせてくれるし、なにより…」


こほん、と小さく咳払いをして、アウリネルは告げた。


「あのエルフ森はクラスク市の正式な『領土』さね。その領地を盾にその手前まで堂々と耕地を広げる事ができる。そうしてエルフ達が森を守る()()()()守らせた耕地を、時効で悠々と習得しようってハラなのさ。アルザス王国との交渉がまとまろうとまとまるまいと、ね」


エィレは息を飲んだ。

言われてみれば実に理に叶っている。


クラスク市は別にエルフ達を一方的に利用しているわけではない。

むしろ彼らに有利な条件を重ねに重ね、与えに与え、誠意を以て交渉してきた。


だがエルフ達が己の故郷を復興せんと頑張れば頑張るほど、そして己の故郷を守らんと奮戦すればするほど、結果としてクラスク市側にとって大きな利益となる。



単なる優しさではない。

単なる誠意だけでもない。





そうした情義の内に仕込まれた仕組まれた()()()()()……

クラスクやミエを相手にする時にはそれを忘れてはならないよ、とアウリネルは釘を刺したのである。





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