第669話 森に歴史あり
「というわけでノーム族の魔導師にして我が姉弟子、アウリネル殿だ」
「どもー、いま紹介に預かったノーム族の魔導師アウリネルさんだよー」
片手をひらひらさせながら上下さかさまで挨拶するノームの娘…アウリネル。
そして手を振ったことでずり落ちそうになったローブをまたたくし上げる。
「ノームの…」
「魔導師…」
ヴィラの左右の肩でエィレとシャルが顔を見合わせる。
「あ、そっちの巨人っ娘には会ったことあるよね?」
「あったっけ…?」
「ほれほれ忘れたのー? アンタが初めてこの街に来た時、ししょーの左右にゴーレムがいたでしょ? ほら動く石像的なやつー。その上に乗ってたのさ。もしかして小さすぎて気づかなかった? それはちょっとショックー」
「あー…おっきい怖い巨人…いた。覚えてる。上に人は…覚えてない」
「それはそれでショック!」
「えーっと、ネカターエルのえーっと…いんしょー? つよすぎて…」
「あー…それはしゃーないかもだねー」
まあ確かに空から降って来て地面にクレーターを穿って登場する魔導師などいたら間違いなくインパクトは絶大だろう。
そのせいで小さなノーム族が石像の上にちょこなんと乗っていた程度記憶から消し飛んでしまってもまあ仕方ないかもしれない。
「ともかくそんなわけでよろよろー」
「ええっと…アウリネルさんはお弟子さんなんですよね。それってどなたの…」
「そりゃ学院長さね。聞いたことない? クラスク市魔導学院学院長ネカターエルさま」
「あ、えっと…確かミエさんと同じでクラスクさまの…太守夫人の…?」
赴任初日に居館にて自己紹介をされた時のことを思い出す。
その後も確かあの謎の男に襲撃された日に事情説明の際会っていたはずだ。
「そそ。その学院長サマのお弟子さんさ」
「なるほど…?」
言われて一度は納得しかけたエィレだったが今度は別の疑問が湧いてくる。
この街ができてほんの数年。
魔導学院の塔が建造されたのに至ってはほんの半年ほど前のはずだ。
それなのに随分と立派な弟子がいるではないか。
それ以前から師事していたのだろうか。
「ハハハ。弟子と言っても姉弟子の場合後付けでな。学院長殿が学院長として選任されるための資格として弟子が必要だったため他の学院の卒業生である魔導師を招聘して弟子の形を取ってもらったものだ。ゆえに姉弟子は形式上学院長殿の弟子ではあるが実際に弟子として師事していたわけではない」
「なるほど…納得しました」
アルザス王国にも当然魔導学院はあるし、王女としてエィレもその学院の世話になったこともある。
今の説明でだいたいの事を理解してエィレは一人頭を下げた。
ただ魔導術について詳しくないシャルとそもそも何を言っているのかすらよくわかっていないヴィラは互いに顔を見合わせ首を捻る。
「いやいやいやいや。確かにきっかけはそうだけども、今では真面目に学院長に師事してますともさ。あの人の研究は貴重で珍しいし純粋に興味深いからねー」
「へえ……!」
アウリネルの言葉にエィレが感心したように声を上げた。
「そーゆーのよりこの森の話聞かせてよこの森のー」
一方で魔導術や魔導師についてあまり詳しくもなければ興味もないシャルが、彼らの話に退屈を覚えたのかくちばしを挟んで話を戻さんとする。
「ああごめんごめんごめんねーと……よっと」
ひよひよと箒の高度を落とし地上付近まで降りてきたアウリネルがくるんと廻って箒の上に座り直す。
「私がこの森に来てるのはエルフ族の希少な育成魔術について研究する為なんだけど…聞きたいのはそういう話じゃないよね?」
「そーゆー話じゃない」
「うん。元々ね、このあたりにはエルフの森があったんだー。と言っても原初にここでエルフ達が発生したわけじゃないよー。世界樹があったわけじゃないからね」
「へんなことば!」
エルフ語の単語を聞いてヴィラウアが驚きの声を上げた。
「まーそうね。一文字目が撥音便に変化する単語はエルフ語以外じゃ珍しいからねー」
「ん! んくぐぐぐぐ……いいにくい!」
「まあエルフ語は慣れないうちはねー。で、その後にこの北西の山脈の『いただき山』ってとこにドラゴンが住み着くのね」
「どらごん!」
ふおおおおお…とヴィラが興奮する。
エィレもまた強く興味を引かれた。
「ふーん…ドラゴンねえ」
「シャルも知ってるんだ? ドラゴン」
「そりゃね。あいつら海にもいるし」
「いるんだ?!」
「海竜とか水竜とかねー。海の厄介者よ厄介者。むしろつい最近まで地上にいる事を知らなかったわ私」
二人の話にアウリネルが眉をぴくりと動かして反応する。
「口ぶりからすると君が水道の浄水施設の魔具造りと水質改善の作業協力してくれてるっていう人魚の子かな? 名前は確か…」
「ジェイルシャルよ」
「そうそうジェイルシャルちゃん。このあたりは一応クラスク市の開拓地の端っこだから、うっかり他の人に聞かれないようにねー」
「あ……!」
言われたエィレはそのリスクについて思い出す。
シャルは己の種族が知られたら人さらいに遭いかねない身だったことを。
「ごめんシャル! 私ついいつもの調子で…!」
「いいわよいいわよ。ここ街道から離れてるし聞き耳立ててそうなのはエルフくらいでしょ」
エィレは慌てて謝るがシャルは片手を振ってフォローを入れた。
「エルフ族の場合は聞き耳立ててるってゆーか耳がよすぎて勝手に聞こえちゃうみたいなとこあるけどねー」
アウリネルは森の方に視線を走らせた後ユーアレニルを見上げる。
ユーアレニルは腕組みをしたまま深く頷き、森の西の方を指さした。
「ユーアレニル…村長、なにかあった?」
「いや、うっかり今の話を耳にしてしまったエルフがわしらの話が聞こえぬ場所まで距離を開けておるようだ。なあに、悪い気配ではないから心配いらんよ」
「ユーのそーゆーところは魔導師っぽくないよねー。食人鬼ってそういう直感が働くものなの? だとしたらちょっと興味深いかも」
「いやどうであろうな。少なくとも同族でこういう事をできた者の記憶はないが…」
腕組みをしたままふむと首を傾げるユーアレニル。
魔導師の呪文でもなく、かといって種族生来のものでもない。
一風変わった能力である。
「まーともかくドラゴンが住み着いたわけさ。その頃はまだそこまで大きくなかったけど、貪欲で強欲で狂暴で、同族と喧嘩しながら自分の縄張りをどんどん広げ財宝を集めたがるお年頃だったワケ。結果としてここにあった森はその竜の吐く炎によって焼き尽くされて、住んでいたエルフ達は必死の抵抗むなしく殆ど死に絶えて、僅かな生き残りもここから追い出され追いやられ散り散りになったそうだよ」
「ひどい…わるいどらごん!」
「まーそれはそうねー。いいドラゴンなんて滅多にいないからねー」
エィレは竜種にそもそも善悪があるのか、という部分にとても興味があったけれど、その前に確認しておきたいことがあった。
「あの…そのドラゴンって、もしかして…」
「御想像の通りかなー。そのドラゴンはここにあった森を焼き払ってー、自分の『狩り庭』にした。その赤き竜の炎に籠っていた邪気のせいなのか詳細は不明だけど、ともかうその後この地に木々が根付くことはなく、広大な荒野が広がるばかりとなったわけさ。それがかつての無人荒野、だね」
「じゃあ…じゃあその『いただき山』って…」
「そうねー。その赤竜が棲みついて、周辺を荒らすようになってからその山は名を変えたのさ。赤竜…つまり赤き蛇が住まう山、『赤蛇山』。そしてその赤蛇山を要する山脈もまた『赤蛇山脈』と名を変える事になったワケ」




