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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十二章 クラスク市へ
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第614話 教示の意図は

前菜が下げられ、給仕たちによってメインディッシュが並べられてゆく。

そんな中、宮廷の食堂は常よりだいぶんに騒がしかった。


クラスクの周りに人が集まる。

次々浴びせかけられる質問に、そのオークは真面目に、それでいてできる限りわかりやすく説明してゆく。


「俺頭よくナイ。なにせオークダからナ。ダからわからナイ相手のドコわからナイかわかル。最初俺もわからなかっタカラダ」


そう言いながら丁寧に解説し、ついでの一言を添えて笑わせる。

わからないことは素直にわからんと告げる事で、逆に語っている事を彼がしっかりと理解している事を示し、彼の知識の広範さが一層際立つこととなった。


多方面に渡る多様な知識。

それだけでなく明らかに積み重ねた経験。

為政者というよりはむしろ実務担当者…それも多岐にわたる分野でその才能を発揮した人物でないとなかなかできぬ受け答えである。


だがそれもむべなるかな。

オーク族は力ある者に従う。

逆に言えば力が劣る者の言う事にはなかなか従ってはくれぬのだ。

ゆえにそうした価値観が変容するまでの間、力あるクラスクが彼らを指導し色々と教え込まなければならなかったのである。


そのためにはクラスク自身が己が教えようとしている事をよく理解していなければならぬ。

そしてそれを今から教わろうとするものの概念すら知らぬオークどもにわかりやすく教授しなければならぬ。


そうした事を彼はクラスク村が…森にあるあのクラスク村が花のクラスク村になる以前から、彼が村長でなく族長であった頃から、いや村を改革せんと欲したあの時から、ずっとずっと丹念に、地道にやり続け、そしてやり遂げ来たのだ。


クラスクの場合、さらにそれをミエの≪応援≫スキルが後押する。

ミエの≪応援≫によって必要なスキルを一時的に取得し、必要な能力を一時的に得てそれらをこなし、場合によってはそれらのスキルを恒久的に獲得し、もし失われる場合でも経験だけは残した。


そしてその経験を生かして次からはミエの≪応援≫がなくともより効率的に、より上手にこなせるようになってゆく。


村づくりから街づくり。

物理的な建築・建設・建造から語学、農業、商業、工業、治水、文化……そしてオーク族に存在しなかった『恋愛』と『婚姻』、そして『信仰』。

そうしたものをオークどもに示し続け、教え、学ばせて……その結果として彼は今ここにいるのである。


それは様々な事に通暁するのも当然と言えるだろう。


「その……ひとつよろしいでしょうか」

「ナンダ」


その時、文官の一人がどうしても気になった疑問を放つ。


「なぜ貴方はそれを私たちに教えてくれるのですか…? そのノウハウを独占していた方がもっと利益を上げられるでしょうに」


その質問を聞いていた財務大臣ニーモウは表向き笑顔を崩しはしなかったが一瞬額に青筋が走った。


阿呆な質問をするな、と。

向こうが気持ちよく話せるようにしてやっているのだから余計な真似をするな、と。

口が滑らかなうちに聞けるだけ聞き出してしまえ、と。

もしお前の言葉でそれに気づいて押し黙ってしまったら困るではないか、と。

なぜお前はそれに気づかないのだ愚か者め、と。


財務大臣ニーモウはクラスクとクラスク市からその全てのノウハウを学び吸収するつもりなのだ。

そのためには秘書官トゥーヴと対立してクラスク市側の肩を持つこともある。


だが彼自身は特段『オークの街』を必要としていない。

クラスクの()()()()をすべて学び、覚えてしまえば、吸収してしまえばもう用済みであって、その後ならばトゥーヴに協力するのもやぶさかではないのである。

…無論秘書官側に彼が肩を持つだけの利益があればの話であるが。



だがクラスクはその質問に対し暫く押し黙った後……言葉を選ぶように語り始めた。



「…商売にハ三つのやり方ガあルト思っテル」

「みっつ…?」


曖昧な物言い過ぎて何を差しているのかわからず、その文官は黙り込む。


「必需品を売る。質のいいものを高く売る。安いものをたくさん売る。そのあたりでしょうか」


一方でクラスクに話を途切れさせてはたまらん、全て聞き出さねばとニーモウが急いで合いの手を入れた。


「あとそれに加えて常に商品を買ってくれる顧客を囲い込めば完璧ですな。いやこれでは四つになってしまいますか。ハハハ」

「…それも大事ダガナ」


明るく振舞うニーモウを一瞥し、クラスクが言葉を紡ぐ。


「俺が言っテルのハその顧客の()()()()()の方ダ」

「む……?」


その言葉にニーモウは僅かに眉を顰めた。


「ちょっトイイカ。コイツの隣に行きタイ」


クラスクは腰を浮かせ、隣の席…財務大臣たるニーモウが身を乗り出していたため彼が座れるよう文官が席を空けた場所…にどっかと座り直し、テーブルの上に図を描いてゆく。


「商売すルにハ顧客が必要ダ。その顧客には三つの獲得方法があル、ト俺ハ思っテル」

「三つ…ですか」

「そうダ。既に顧客ガ元々持っテル需要、そノ商品を用意しテやル『既存需要』。元々欲しがってはイタガ値段や流通の問題デ手が届かなかった層を新たな顧客にすル『潜在需要』。それにマッタク存在シテナイ需要を新たに掘り起こす『新規需要』。この三つダ」

「……………!」


商売の根幹を言われた気がして、ニーモウは一瞬言葉を失った。


「ウチダト麦、野菜、砂糖、塩、武器防具あタりガ既存需要、蜂蜜、化粧品、酒、ケーキ、食器具トカこのあタりが潜在需要、貴族の需要を庶民に広めたモのダナ。デ漬物トカフィギュアトカガ新規需要ニナル」

「………………」


質問をした文官は熱心に聞き耳を立てる。

一言一句聞き漏らすまいと。


「既存需要ハアンタの言っタ通り既に誰かが供給してるもんを何かの手段デ奪うシカナイ。安さなり質の良さナリデナ。ダガ潜在需要を掘り起こすのも新規の需要を生み出すのも『奪う』必要ナイ。顧客…言ってみれば()()()か…それガ増えルなら()()()()は多イ方がイイ」

「…それだと独占できなくなりますぞ」


呻くようにニーモウが呟く。


「短期的には独占のガ楽ダナ。ダガ長イ目デ見タら悪手ダ。競争なくなれバ奢ル。努力も克己もシナくナル。競争相手イレバ質も値段も相手に負けナイヨウ勉強ト努力せざル得ナイ。そうすれバ最終的にその商品ハ顧客ノ求める『適価』にナル。これを俺達の街デハ『市場原理』ト呼ぶ」

「~~~~~~~~~~~~~!!」


文官は感嘆し、ニーモウは絶句した。

そのオークが語ったクラスク市の様々な知識は、彼が王宮に招かれ酒におぼれ甘言に乗せられ浮かれ気分よく秘密を漏洩していわけではなかった。

自らにあえて商売敵を作る事で顧客に対しより良い商品を提供したいという恐ろしい程の向上心だったのだ。


財務大臣たるニーモウの考えは違っていた。

相手から秘密を聞くだけ聞き出して、相手から顧客を全て奪って、独占状態にして価格はこちらで自由にしてやろう、楽して儲けてやろう、そういう目論見だったのである。


「独占シタイならすれバイイ。それが商品の質ヤ量ヤ価格ヤ宣伝デ奪うモノならこっちハいくらデモ受けテ立つ。()()()()()使うならこっちも色々考えル」


じろり、とニーモウに一瞬厳しい視線を向けたクラスクは、だがすぐにその表情から厳しさを抜いて肩をすくめた。


「トイウカそもそもうちのやり方別に秘密シテナイ。街に来れば普通に教えテタ。誰も来なかっタダケダ」

「「あ………………」」


そう、クラスク市決して許すまじとする立場の秘書官トゥーヴがいる手前、なかなかに面と向かってクラスク市に直接教えを請う者はいなかった。

クラスク市のやり方を吸収せんとしていたニーモウからして密偵を使ってこっそり情報を集めいていただけだ。


「………………………」


クラスクの考え、クラスクの主義、クラスクの信念。

それに触れた財務大臣ニーモウはしばし押し黙り思考した。


彼にとってクラスク市は脅威だった。

高価高品質な品を安く売り出し彼らは巨利を得ている。

この国の既得権益の代表者であるニーモウはそれにより少なからぬ損失を被った。


だから彼らのように商品の質だけよくて商売の事を理解していない連中をのさばらせるわけにはゆかぬ、一刻も早く彼らのノウハウを吸収して潰しておかねばと思っていたのだ。


だが違った。

彼らは無茶な商法で周囲の商人達を破滅させるような愚者ではなかった。

むしろ商売人としての本質を己自身より理解しているかもしれない。


だって言われてみればニーモウにも思い当たる事があった。


クラスク市は確かに巨利を得ている。

それに伴って己の収めている街や領地での収益は確かに低下している。


だがその両者には開きがあった。

クラスク市が得ているであろう推定利益より、ツォモーペが失った損失の方が明らかに少ないのである。


それが潜在需要と新規需要の影響だというのなら納得だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


ニーモウはそう結論せざるを得なかった。


だから…もしかしたら。

もしかしたらあの街を奪うより、そのまま残して隣においていた方が、むしろ自分たちの利益になるのでは……?

そんな考えが、はじめて彼の脳裏に、浮かんだ。




財務大臣ニーモウが根っからの親クラスク市派に転んだのは、実にこの時からである。




「クラスク殿。少しいいかな」

「ム……?」


と、そこに今度は随分と低い声の持ち主が話しかけてきた。


クラスクの肌が一瞬ざわつく。

恐るべき手練れだとわかる。

というか、既に先ほどの謁見の間でその凄みを肌で感じていた。


老練で危険な剣の使い手。

あの有象無象の謁見の間にて、翡翠騎士団団長ヴェヨール・ズリューと並びクラスクの相手になり得るやもしれぬ存在。






軍務大臣、デッスロが彼の横に立っていた。






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