第61話 それぞれの事情~ゲルダの場合(前編)~
「というわけでまずはゲルダさんの話~」
ぱちぱちぱち、と拍手する三人。
翌日の井戸端会議にて話題に上ったのはゲルダの身の上話であった。
ちなみに井戸端会議といいつつ今日はミエの家にて服作りである。
皆ミエが誂えた簡素な服は持っているが、あれ一着では一度洗濯したら干している間全裸で過ごさなければならない。
なによりいつまでも同じ服を着っぱなしではすぐ汗で汚れてしまう。
そんなわけで替えの服を数着繕う必要があったのだ。
あとはまあ、字の如く村の広場の井戸の横で話していると、村で遊んでいるオークの子供たちの好奇を引いてしまう、というのもある。
身の上話をするのだからそうした雑音はなるべく少ない方がいいだろうとの四人の合議で屋内での雑談と相成ったわけだ。
「んー…別にいいけどよ。あんまり楽しい話じゃないぜ?」
そう言いながらゲルダはコリコリと己の顎を掻く。
「まあ人食い鬼とのハーフという時点でそうじゃろうな…」
シャミルの嘆息にゲルダは小さく肯く。
「うちは親父が人食い鬼なんだけどさ。あいつら変な趣味の奴が多くてなー」
「変な趣味?」
「簡単に言やあ人を喰う前に色々遊ぶのさ」
肩をすくめながらゲルダがつまらなそうに答える。
「例えば何人かに踊りを踊るように強制する。拒絶した奴は棍棒で殴り殺す。逃げた奴も殺す。恐怖でブルった奴らが踊ろうとするけどそれで踊りが下手でも殺す」
「じゃあ上手かった人は?」
「喰う」
己の問いに対するあまりにあんまりな回答に思わず絶句するミエ。
「ひどくないです?! それに何の意味が?」
「ないんじゃねえか。単なる趣味だろ? ちなみに殺した奴も後で取って食う。踊り食いかどうかの違いだな」
「趣味って…!」
「怒んな怒んな。人食い鬼なんてそういうもんなのさ。あんた甘いからよく覚えとけよミエ。生まれついての邪悪てぇのは簡単にゃ直らねえもんだ。そこらへんオークとは違う」
「そんな…!」
その話はミエにとってショックだった。
まあ人を喰おうという相手に話し合いがまともに通じるとは思っていなかったけれど、一切理解できぬ断絶とまでは思っていなかったからだ。
「他にも色々あるぜ。子連れの母親から子供を奪って子供を喰われたくなかったら誰それを殺してこいとか命令して、母親が必死にやり遂げて帰ってきたら子供はとっくに喰われてました、とか。あとは人間同士に武器を持たせて戦え! さもなければ喰う! って脅して殺し合いさせて、相手を刺し殺して放心状態の奴を貪り食ったりとかな」
「胸糞悪くなる話じゃのう」
「アタシも同感だ」
眉根を顰めて吐き捨てるシャミルの言葉に同意するゲルダ。
半分人食い鬼のはずの彼女だが、表情からすると本気で嫌がっているようである。
「で、ミエが気を使って聞かぬようじゃからわしが尋ねるが、お主はどうなんじゃ?」
「さあね。喰った事がないからわからん」
「ふうむ…つまり人里で育てられたということか。まあそうでなくばここにはおらんじゃろうしの」
「…どういうことです?」
聞きにくいことをずばと聞き出したシャミルに、ミエがおずおずと聞く。
あまりに失礼な質問だと思って彼女は控えていたのだけれど、話題に上った以上確認しておく必要がある。
せっかく加わった協力者がオークを喰って御破算などという事態はなんとしても避けなければならないからだ。
「ハーフオーガは半分人食い鬼じゃから人を喰うこともできる。一方で半分人間族じゃから人を喰わないでおくこともできると聞く。つまり彼ら半分の人食い鬼が人を喰うか食わないかは幼き頃の環境と教育による。で合っとるか、ゲルダや」
「多分な。話の通じるお仲間には会った事ねえからなあ。少なくともアタシゃ人間の街育ちだし、人間と同じもん喰ってきたよ」
「そうだったんですか…」
ミエはほっと息を吐く。
元々これまでのゲルダの反応からそこまで心配はいらぬと思っていたけれど、実際に明言されるとやはり安堵するものだ。
「話を戻すぜ。とにかくアタシの親父にもそういう変な趣味があったらしい」
「…どんな?」
「強姦かな。喰うのはもっぱら女だけの偏食野郎で、街や村を襲っては女を奪っては犯し、行為の後にぼりぼりと貪り喰らってたらしい」
身の毛もよだつような話を、だがゲルダは平然と話す。
「その日とある街…アタシの故郷だけど…を襲った魔物どもの中にその化け物…うちの親父がいてね、近くの衛兵どもを蹴散らしておふくろの家に入り込み、家族を皆殺しにした後泣き叫ぶおふくろを捕まえてそのまま犯したらしい」
シャミルが不愉快そうに眉を顰め、凄惨極まりない光景を想像したミエとサフィナが真っ青になって互いにしがみつき震えあがった。
「ところがアタシのおふくろの具合がよっぽど良かったらしくてねえ。夢中になって肢体を貪ってる内に仲間を呼びに行った衛兵達が戻ってきてさ、そのまま体中に槍を喰らってハリネズミみたいになって死んじまったんだとさ。ハハ! ざまみろってんだ!」
手を叩きながらゲルダが皮肉げにゲルダが嘲笑う。
向こうの世界で、決して健康に恵まれ生まれたわけではなかったけれど、少なくとも両親にはたくさん愛されて育った自覚のあるミエにとって、親の最期を愉快げに、そして吐き捨てるように語るゲルダの様子は色々と衝撃であった。
もし自分の母親がそんな目に遭っていたら…などと考えるだけで辛いのに。
けれどゲルダの気持ちもわかる。怒りや恨みはきっと彼女が今もここにあるために必要な感情だったのだろうから。
だからその辛さも少しでもわかりたい…そう思ったミエは、己が話を振った責任とばかりにゲルダの言葉に再び耳を傾けた。
「で生き残っちまったおふくろだけどさあ。運悪くアタシを孕んじまっててね。普通はそんな事故みたいなガキは堕ろすもんなんだけどさあ。うちのおふくろも親父に負けず劣らず変わりもんだったらしくて。『どんな形であれ神様から授かった子だよ!』って聞かなかったらしいんだ」
「御立派…ですね」
「御立派かもしれねえけどさ、なんせ巨人族との間の子供だろ? 当然普通の妊娠より遥かに腹を膨らませちまって、出産の時なんか凄絶に暴れ泣き叫びながら無理矢理アタシをひり出して、そのまま裂けた腹を痛めちまって、産後の肥立ちも悪くてさ。しばらくして病で死んじまったらしい。ハハ、笑えるだろ?」
「笑えるかぁー!」
「すごく…重いです…」
シャミルとミエのツッコミが入り、サフィナが目を大きく見開いて震えながらぽろぽろと涙を零す。
「ああこらサフィナ泣くな泣くな! 済んだ話! 済んだ話だから! ああもう話づれえなあ!」
大袈裟な身振り手振りでなんとかサフィナを宥めようとするゲルダ。
「だいじょうぶ? ゲルダだいじょうぶ?」
「大丈夫大丈夫。でもありがとな」
困ったような笑顔でサフィナの頭をぐりぐりと撫でくるゲルダ。
ひっく、ひっくと涙ぐむサフィナをミエが引き取って、そっと抱きしめて落ち着かせた。
「まあでもあれだ。アタシが生まれる前がどんだけ悲惨だろうと所詮アタシにゃ関係ない話だ。アタシの苦労ってのは…結局のとこ生まれた後の話だしね」
そう、人食い鬼と人間族との間の子供…
本来生まれるはずのない、生まれるべきでない忌み子の苦難は……むしろそこからはじまったのだ。