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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十一章 太守と国王
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第590話 宿舎にて

城に到着したオーク達はそのまま宿舎へと案内された。

四人部屋でベッドも四つ、窓はあるが窓ガラスはなく木蓋がある。

オーク兵どもは適当なゲームで優先順を決めるとめいめい己のベッドを選び占有し座り込んだ。


「デカイ街ダッタナー」

「アア、デカカッタ」


アルザス王国王都ギャラグフはこの地方ではかなりの大都市である。

幾つかの城壁で囲われて、それでもなお外に拡大を続けてきた。


「女モ美人多カッタナ」

「ウチノ街ニ来ナイカナ」

「外出シタラ声カケルカ?」

「人間ノ街ノ女ガオークニ声カケラレテ平気ダト思ウカ?」

「逃ゲルナ」

「叫ブナ」

「喚クヨナ」

「「ダヨナー」」


大人しく行軍しているたように見えてもやはり彼らはオーク族であって、そうした視線を兜の下からちらちらと周囲に走らせていた。

それぞれ道中で見かけて勝手に見繕った好みの女性などを話のタネに盛り上がる。

とはいえ声をかける以前にオークを街へ解き放つなど不要の混乱を招きかねぬため彼らにはそもそも外出許可など下りはしないだろうが。


「ケドナンカ痩セテル女オオカッタナ」

「最初ノ方ハソウダッタナ。痩セッポチヨクナイ。モット喰ウ」

「デモコノ城ノ近クデ見カケタ女ハイイ感ジダッタ」

「着テル服モキラキラシテタナー」

「俺ハ地味ナソバカス娘ノ地味ナ服ヲ剥ギ取ル方ガ…」

「「オ前ノ性癖ノ話ハシテネーヨ!」」


こと女性に関して彼らの観察眼はだいぶ鋭い。

街の外周部ほど痩せた女性が多いのは王城から離れた住人ほど身分が低く、収入が少ない者が多く住むからだろう。

大通りの酒場や商店街の話ではなく、裏通りの居住区の話である。


一方で王宮の近くに住むのは貴族や騎士たちとその家族であり、家格も身なりも食事のグレードもその分上がる。

まあ街の外縁部に住んでいる者達であっても城壁の内側に住めているだけだいぶマシな方なのだろうが。


クラスク市の場合とにかく食糧生産が豊富で、特に麦より遥かに単位面積当たりの収穫量が多い米が本格的に生産できるようになったことで麦の作付面積を減らすことができるようになり、結果麦以外の商品作物の作付が増え、米の収穫が本格化する秋以降になればより多種多様な野菜が市場に出回るはずだ。


ただこれを飽食と言うのはまた少し違う。

クラスク市の最大の目的はオーク族男子の異種族の配偶者を増やす事であり、女性を優先的に受け入れている。

そしてオーク族の好みは多くの出産に耐えるしっかりした母体であって、そのためにはこの世界の平均的な食糧事情では些か足りぬのだ。


肥満気味だとそれはそれで病的で、母体としては不適であるため嫌われるが、そうでなければオーク族には一般的にスレンダーな女性よりはふくよかな女性の方が好まれる。


つまり長い目で見れば豊かな食生活を約束する事で住民を釣り、街ぐるみでオーク好みの女性を育てているとも言える。

とはいえ食糧事情が改善すること自体に文句を言う住民はいないし、何より豊富で美味しい食事と言うのはこの世界に於いては圧倒的なアドバンテージであるためまったく問題にはなっていないのだが。


「ソウイエバ俺達ノ案内サレタトコ。ココ」

「オウ、ココガドウシタ」

「ココ『居館』テ奴ダヨナ」

「アー俺達ノ街ノアレト同ジカ」

「ソウソウ。タダ……ウチノ大将ガ入ッテッタノハ『別ノ居館』ダッタヨナ?」

「ソウ見エタナ」

「アア」

「「デッケー城ダナー」」


居館というのは城内にある人の住まう区画であり。城壁と隣接している事もあれば独立していることもある。

その構造は城によって様々だ。


大規模な城塞であれば居館が複数存在することもあり得るし、実際このザエルエムトファヴ城もそうであった。

オークどもはクラスク市の居館しか知らなかったため、それが複数ある規模の城、というのを想像できていなかったのだ。


まあオーク族が一つだけとはいえ城の構造を把握しているというのはそもそもの脅威なのだが、それは置いておく。


「……俺達始末サレルカナ」


一人のオークの呟きに他のオーク達がぴくりと反応する。

彼らには政治的な駆け引きはよくわからない。

ミエの≪応援/旦那様クラスク≫によって知能自体が向上しているクラスクを別にすれば、ほとんどのオークの知能は野良のオークどもとあまり大差がないのだ。


彼らが他のオーク達と大きく異なっているのは『かしこさ』そのものではなく『かしこい考え方』ができるようになったこと。

そして広範な知識に()()()()()を得た事、である。


だがかしこい考えができるようになった事で賢く立ち回れるようになったのなら、そもそもが元から賢いのでは……? という疑問もあるだろう。

その疑問は半分正しく、半分誤っている。


オーク達の平均知能は確かにさほど高くはない。

高くはないが…実は他の種族が見下げて軽蔑する程には低くもない。


戦闘に於ける彼らの知恵の周りや機転のききは、オーク族の潜在的な知能の高さを物語っている。

だが彼らがもの知らずで簡単に罠にかかる愚か者だという認識はそれはそれで間違ってはいない。


それは彼らの種族特性と生活様式が原因である。


略奪を繰り返すオーク族は暴力的で自分勝手だ。

大オークのような偉大な指導者が現れない限り異なる集落のオーク族同士ですらいがみ合う。

ゆえに彼らの生活はほぼ己の集落だけで閉じてしまう。


狩猟が巧みで戦闘力が高く、ほとんど自分達だけで生活を完結できてしまう…まあ略奪を自己完結と呼ぶには少々語弊があるが…彼らは、それだけで満足している限り外の世界を知る必要がない。


世界の『狭さ』。

そしてそこから来る『発想の狭さ』

それがオーク族が知能が低く狭量だと揶揄される最大の要因なのだ。


「ナイト思ウ。始末スル気ナラ俺達城ニ入レナイ」

「外デ殺スト街ノ連中ニ見ラレルカラ困ルトカ?」

「ココノ族長…王様ダッケ?ガ強イ奴ナラ下ニドウ見ラレテモ関係ナクナイカ。街ノ連中文句言ッタラ王様ッテノハ辞メルノカ」

「オークノ族長ナラ斧デ勝テバイイケドナー」


ゆえに広い世界と様々な出来事を浴びせて、味合わせて、彼らに経験を積ませれば、オークどもは他の種族が目を瞠るような思考や発想に至ることがある。

今この時、この寝所にて、平のオーク兵が『民意』らしきものの一端にすらたどり着いたのがその証左である。

まあ王都への行軍に加えられた時点で彼らもクラスク市の中では精鋭の一人なのだろうが。


「俺ハ可能性アルト思ウ」

「ナンデダ」

「今回大将…太守ガコノ街来タノハココノ王様ッテ奴ト手ヲ組ムツモリダカラダロ?」

「ソウカナ」

「ソウダナ。喧嘩スルツモリナラノコノコ来ナイヨナ」

「俺達デ城ヲ乗ッ取ルトカ!」

「ソレナラココニ入レラレル前ニナンカ言ワレルダロ俺達」

「ソッカー」


ただ会話がやや物騒な方向に飛ぶのは彼らが常に戦いを前提に思考しているからだろうか。


「デモ俺達コノ国ノ領土? コイツラノ縄張リノ中ニ勝手ニ縄張リ作ッテル。ダカラソレヲドウニカシナイトナラン」

「縄張リノ中ニ縄張リ!? 俺達悪イ奴ジャン!」

「「ソコカラカヨ!」」


一人少々物分かりの悪いオークに周囲からツッコミが飛ぶ。


「ダカラソノ…ナンダッケ。『オリアイ』ッテ奴カ? ココノ王様トウチノ大将デソレヲ付ケルタメニココニ来タワケダ」

「「「オオオー」」」

「逆ニ言ウトソノ『オリアイ』トヤラガ付カナケリャ喧嘩ニナルカモシレナイ。ソウナレバ……」

「閉ジ込メラレタママ俺達ハココデ…」

「マアソウナルナ」


ちなみに他の部分はオーク語だが『折りあい』だけは共通語だ。

勝者が全てを奪う、強者が己の我を通す事が基本であるオーク族には『折り合い』に類するちょうどいい単語がなかったためである。


そしてその一兵卒たるオークの認識はおおむね正しい。

言うなれば今回の遠征と会合はクラスク市とアルザス王国の『落としどころ』を巡る戦いであり、門扉もんぴの前でクラスクがあえて翡翠騎士団に喧嘩を売ったのもその駆け引きの一つなのだから。


ただこの場で最も賢そうなオークですらクラスクほどには政治に詳しくないため、その二人のやり取りの間に様々な勢力の様々な思惑を伴ったこの国の大臣や将軍どもがひしめき、そうした水面下の綱引きがこの会談の結果を左右しかねないことにまでには頭が回らない。






そう、今この街には…とてつもなく複雑で、そしてこの先のこの国にとって大きな大きな分岐点となる政治的な策謀が渦巻いているのである。






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