第59話 食事とお仕事、時に雑談
さて次にミエが行ったのは食事事情の改善である。
オーク式のビタミン摂取を兼ねた生肉ベースの食事は彼らには合理的だろうが、異種族のそれも女性には些かきつい。
そこでミエはクラスクに許可をもらい、女性たちで森の果物や野草を採取しに行けるようにしてもらった。
交換条件としてオークの見張りが二名付くこととなったが、それはまあ必要経費として割り切ることにする。
果物に関してはオークも食べるし、隊商の襲撃以外は狩猟採取が基本のオーク族にとって採取要員が増えて困ることはないはずだ。
ちなみにこれはミエ自身にも大きなメリットがあった。
森に詳しいサフィナと知識豊富なシャミルのお陰で多くの食用に耐え得る植物について知ることができたし、他にも染料などに使える植物についての知識も得られたのだから。
「…と、こんな感じで灰汁を取って…味付けは塩だけですけど今日は森で採れたハーブも入ってますし、肉の出汁も出ますから」
「なるほどのう。つまりは鍋物じゃな」
「よくわからんが要はごった煮だな?」
「おー…ナベ……?」
「やっぱりこっち…いえこの地方にも鍋ってあるんですね」
「当たり前じゃろ」
採ってきた野草と先日の猪肉からミエが猪鍋を作る。
それを見ながら三人が思い思いの感想を述べた。
「サフィナちゃんは鍋は初めて?」
鍋をかき混ぜながらミエが尋ね、サフィナがこくこくと頷く。
「ん。森で採れたものは、だいたい洗ってそのまま食べるの…」
「なるほど。エルフはサラダ派なのねー」
そのあたりは種族によって様々なようだ。
ミエとしては母国の鍋がこちらでも通用するようでほっと胸を撫で下ろしていた。
とは言っても厳密にはこの世界の『鍋』はミエが想像していた石狩鍋や寄せ鍋などのいわゆる『鍋物』とは少々趣が異なる。
どちらかと言えば西洋のポトフやブイヤベース、アイントプフなどの方が近いだろう。
もっともそれらも結局はそれぞれの国における『鍋』には違いないのだが。
× × ×
さらにミエの改革は続く。
次に彼女は村の中でできる作業を『女の仕事』として受注するようにした。
例えば獣を狩った後は木に吊るし内臓を抜いたり解体作業などを行うのだが、その際に使用する縄などは蔓草などから編んで作る。
そうした作業は今までオーク達自身が行ってきたのだが、彼らはあまり器用ではなく、また細かい作業が苦手だ。
それを女性陣が代わりに受け持って丈夫で持ち運びのしやすい縄を用意してあげるわけだ。
他にもオークがあえて彼ら自身でやらなくてもいいもの…主だったものは水汲みや干し肉作りなどだが…などを引き受け、その分男たちを仕事に集中させてやる。
これらの作業と成果は明確に目に見えるものだけに、他のオーク達を随分羨ましがらせたようだ。
目論見通りの結果と言えるだろう。
「…で、これもアタシらの仕事かい?」
むしむし、と蔓草を毟りながらゲルダが尋ねる。
ミエたち四人は現在村の広場に蓆をひいて作業中である。
ちなみにこの蓆もミエが編んで作ったものだ。
「はい。どうもオーク達の好物のようなので…私は見るの初めてですけど」
ミエが手にしているのは森で採れた果物である。
形状と長さは弓状に曲がったキュウリやバナナに近いだろうか。
ただし色が紫で太さが5,6センチほどともあり、ミエには最初大きめのアケビに見えた。
ただアケビにしては手触りがだいぶ固く、表面がすべすべしている。
この辺りは確かに瓜っぽい。
「これは酒瓜じゃな。熟すと中の果肉が酒に似た味がするので酒好きが好む果実じゃ。実際にはアルコールは入っておらんのじゃがな。ま、酒飲みが酒を飲めないときの代用品みたいなものと思えばよい」
「へええ。天然のノンアルコール飲料みたいなものですか…」
ミエが感心しながら実にまとわりついた蔓草を毟る。
「あとはまあ酒瓜の周りにはこうして必ず蔓が巻き付いておるでの、毎度これを取ってやらねばならんのが玉に瑕じゃ(むしむし」
「でも、この蔓草使えば、いい縄が、作れる…。サフィナの、森でも、やってた…(むしむし」
シャミルの言う通り森で採れた酒瓜には皆みっしりと細い蔦が網のように絡まっており、森で採るのも大変なら食べるのも一苦労である。
だがサフィナの言葉通りこの蔓草は細く丈夫で縄や蓆などを編むのに向いている。
オーク達は面倒がって強引に引きちぎって実を食べてしまうが、せっかく自分たちが引き受けたのだからもっと役に立つようにしようとのミエの意見でこうして手間をかけて蔓を剥いているのだ。
「地味な作業はあんま好きじゃねえんだよな…こうもっと一気にべりべりっとさあ」
「それだとオーク達と変わりませんよ?」
「つまりゲルダはオークみたいなものじゃな。まあお似合いという意味ではミエの作戦通りでよいことではないか。カカカ」
「おにあい。うらやましい…」
「やかましい」
がー! と冗談交じりに手を上げて脅かすゲルダと、わたわたとミエの背中に隠れ、その後ひょっこり顔だけ出してゲルダに抗議するように覗き見するサフィナ。
最近よく見る光景である。
「うーん…じゃあ折角ですし、作業しながら私の故郷の風習でもやってみます?」
「ミエの故郷の? なんだそりゃ」
ふふーん、と胸を張ったミエは。手持ちの酒瓜についた蔓の最後の一本を指で巻き取りながら得意げに告げた。
「女性による女性のためのそして女性だけの会合…名付けて『井戸端会議』です!」