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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十一章 太守と国王
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第583話 四対一の死闘

「な……っ!?」

「なんだあれは!?」


それはまるでおとぎ話の魔法のようだった。

不可避のはずの騎士四人による突撃が、まるで彼ら自身が道を開け渡すようにして回避されてしまったのだ。


騎士達が自ら勝手に左右に散会した事を回避した、と表現するのが正しいのならだが。


「奴が何かしたのか!?」

「まさか妖術…?!」

「馬鹿な! オークだぞ!!」


一瞬で終わるはずと決め込んで観戦していた周囲の騎士たちが、目の前で起こった彼らの想像の範疇からあまりに外れた状況に動転し、口々に喚きたてる。

一体目の前で何が起こったというのか。

それを説明できる者は騎士達の中に誰もいなかった。


…クラスクがやったことは魔術でも何でもない。

通常の行為の範疇である。


なにせ彼が行ったのはただの≪威圧≫。

人型生物フェインミューブならば誰でも修得可能な汎用スキルなのだ。



ただしクラスクは…それを()()()()()()



ミエの≪応援/旦那様クラスク≫のレベルが上昇したことによってクラスクの乗騎たるうまそう(キートク・フクィル)が本来クラスクにしか発動しない専用の≪応援≫効果の一部を受けられるようになって、その結果彼の馬体が巨大化、巨漢たるクラスクの騎乗に耐えられるようになった事は以前ドワーフの街で述べた。



そしてその『一部』に含まれている効果の一つが…今回彼らが用いた≪スキル共有≫である。



簡単に言えば、クラスクがうまそう(キートク・フクィル)に騎乗している間、彼とうまそう(キートク・フクィル)は互いに相手が修得している汎用スキルをまるで己自身が獲得しているかのように自由に使用することができるのだ。


つまり今の状況はなんのことはない。

クラスクが得意とする≪威圧≫のスキルをうまそう(キートク・フクィル)が用い、己に向かってきた同族たる四頭の馬どもを脅しつけたのである。




そう、ただ「道を開けろ」と。




≪威圧≫は非魔法の[精神効果]であり、精神抵抗に失敗した相手を脅迫し怯えさせたり、生命にかかわらぬ範囲で己の意に無理矢理従わせたりできる≪交渉≫系スキルの一種だ。

ただし単に怯えさせるだけでなく、具体的な行動を強要させたい場合には相手と意思の疎通ができなければならぬ。


クラスクは馬語を話せない。

ゆえに彼が馬たちに≪威圧≫スキルを用いても、彼らを怯えさせること自体はできてもそれで突進を止めてくれる保証がない。

最悪そのまま最短でクラスクの横を駆け抜け後方に走り去ろうとして騎兵槍ランスの威力を上げるリスクすらある。


()()()()()()()()()()()()だ。


うまそう(キートク・フクィル)は見た目こそ魔獣と見紛う巨大さではあるが間違いなく馬であり、当然ながら他の馬と意思の疎通をすることもできる。

エィレの馬に言う事を聞かせたことからも、通常の馬より遥かに具体的な指示が出せる事がわかるだろう。


そしてクラスクはミエの≪応援≫の結果己の愛馬と意思の疎通が可能となっている。

ゆえに騎士達の必殺の陣形に対して、今回のような奇矯な対抗手段を生み出す事ができたというおわけだ。


「正面は駄目だ! 妙な術を使われる! 回り込め! 囲んで仕留めるぞ!」

「了解! そっちのが好みだ! がはははは!」


第一騎士隊隊長ツォルムの指示に第二騎士隊隊長ドレゴムが即座に賛同し、左右に散ったままクラスクへと接近する。

副隊長二人もまた大きく迂回して馬首を巡らせ斜め後方からクラスクへと突撃を試みた。


いわば四方からクラスクを包囲するような格好である。

ただしこの陣形では騎兵槍ランスは使えない。

己の正面からこちらに向かい挟み込まんとする仲間を、そのリーチの長さから貫きかねないからである。


またそうでなくとも取り囲んでの乱戦ともなれば長すぎる騎兵槍ランスが取り回しが悪く、左右の仲間を傷つけるリスクが大きい。

彼らは馬の向きを変えクラスクへと接敵する寸前、己の騎兵槍ランスを地面に放り捨て、もう一方の剣を高く掲げ片手で手綱を握りしめ突撃を敢行した。


「ま、そうなルナ」


クラスクはここではじめて己の獲物を引き抜いた。

宿痾を持った老人がその背を折り曲げたかのような、歪んだ柄を持つ己の大斧を。


「これで仕舞いだ! っとデカいな!?」


第二騎士隊隊長ドレゴムが接近しながら手にした大槌を大きく振りかぶりながら接近し…そしてクラスクの想像以上の巨大さに瞠目した。

巨漢である彼は人型生物フェインミューブ相手であれば常に対手を見下ろして戦うのが常であった。

そして背丈とリーチで勝る彼が振り下ろす大槌の一撃を、ほとんどの人型生物フェインミューブは防ぐ事ができずに敗れ去ってきた。


まともに喰らえば即死。

仮に剣や盾などで受けられたとしても、上背のある彼から繰り出されるその攻撃によって地面に叩き伏せられ、そのまま馬に踏み殺されてしまうからだ。


が、今回の相手は些か勝手が違った。

なにせ巨漢である彼よりさらに二回りほど大きいのだ。

これでは人型生物フェインミューブというよりむしろ巨人族である。

最初距離が開いていたのと、クラスクが他のオーク達と離れていたためそのサイズ差を実感できなかったのだ。


ぶうん、と振り下ろされる大槌。

それを薙ぎ払うような斧の横っ腹で払いのけるクラスク。


「なんと!?」

「なに……っ!?」


その凄まじい横薙ぎは突風を生み、その風圧が物理的な圧力となってドレゴムの横から彼の一瞬後、クラスクが武器を振り終わったタイミングに一撃を加えんとしていた第一騎士隊隊長ツォルムの顔面と馬の鼻面を打った。

馬が驚き慌てて急停止し、そのあおりを受けてツォルムの放った刃が宙を泳ぐようにしてクラスクの手前で止まる。

クラスクは己の喉元目掛けて放たれたその刃が、ツォルムの一瞬の手首の返しでさらにリーチを伸ばした上で眼前6アングフ(約15cm)ほどでびたりと止まるのを、その目の端でちらりと追いながらも一切の対処をしなかった。


馬の動きと彼の腕の長さ、そして剣の攻撃範囲。

その全てを計算し己に届かぬと確信していたからだ。


ただ仮に自身に攻撃が当たらぬ確信していたとしても、攻撃が目の前まで迫れば普通避けようとしたり受けようとしたり、なにがしかの反射的な動作をするはずである。

だが彼はその己に迫撃せんとする刃になんら反応を示さなかった。

背後から己に迫り来る攻撃に全てを集中していたからだ。


それはやろうとしてもなかなかできる事ではない。

優れた、熟練の戦士であれば危難に際し()()()()()()()ことはできる。

けれど己に迫る危機に対し()()()()()()()()()()()()()はとても難しいからだ。


さてクラスクは大斧の一振りで正面の二人を牽制した。

背後から迫る副隊長二人よりも技量に勝る正面の騎士隊長二人を近づけさせまいとしたからだ。

だがそれは同時に後ろから己に肉薄せんとする二人の騎士の接敵を許すこととなった。


第一騎士隊副隊長ウッソアスムンがクラスクの左後方から近づきながら己の横に剣を立て、護りを重視しながらもクラスクのどんな小さい動きにも反応せんと突進する。

そしてクラスクの右後方から第二騎士隊副隊長のドゥリューミューグが体勢を低く、低く、剣を前に突き出しながらまるで騎兵槍ランスの代用のようにして突撃を敢行した。


騎兵槍ランスよりリーチの短い剣による一撃なら仲間たちに当たりにくいし、また比較的小柄な彼の場合、馬の突撃の威力を上乗せしなければその巨漢のオークに有効な打撃は与えられぬと踏んだのだ。


背後、そして左右から同時に迫る攻撃……一瞬早くクラスクに向かって伸びたのは彼の右後方、すなわち第二騎士隊副隊長のドゥリューミューグの一撃だった。

だが……その剣戟が命中する直前、うまそう(キートク・フクィル)がスッと後ろに一歩下がりその一撃をかわしてのける。


「んなっ!?」


馬を後方に下がらせるのは難しい。

とはいえいつも同じ場所で休息する荷馬車が荷台ごと後ろに下がって定位置に戻る、などといったことはある。


だがそれはよほど慣れた場所、慣れた行動だからできるのだ。

戦場で自在に後方へ下がらせることができるのは相当に鍛錬を積んだ馬と優れた騎士でないと難しい。


そして喩えその条件を満たしていいたとて、馬を後ろに下がらせるには乗り手の合図が必要だ。

後方に下がる訓練を幾度も幾度も行って、その上で騎手が命じることによって彼らははじめて戦場で後ろに下がる事ができるのである。


だがその馬は違った。

乗り手である巨漢のオークは何もしていない。

少なくともドゥリューミューグにはそう見えた。


だというのに、その馬は明らかに剣を構えた突撃からその身を逸らすように、自ら真後ろに下がったのだ。

凡そ馬の生態としてあり得ない行動である。


もしそのオークがなんらかの合図をしていたら少しは警戒できたかもしれない。

けれどそんなものはどこにもなかった。

馬を大切にし彼らと共にある騎士だからこそ、ドゥリューミューグはその挙動に虚を突かれる。


騎兵槍ランスよりリーチが短いゆえに彼の剣の一撃は空を切り、ドゥリューミューグはクラスクと彼の馬の『前』を通り過ぎてしまう。

当然彼の馬は進路上にあるうまそう(キートク・フクィル)を避けるように大きく右に動いて……





結果、クラスクに牽制された二人の騎士隊長、ツォルムとドレゴムの方へと突っ込んでいった。






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