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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十章 大クラスク市
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第563話 閑話休題~クラスク市近況~

わんわんと泣き喚く。

ぎゃんぎゃんと泣き喚く。


「ああ困りました。泣かないでください。もうどうしたらあいたたたた」


泣いているのはオークの子。

ベビーベッドに入れられている。


そしてその周囲を困惑したようにうろうろしているのが張ったお腹を押さえたエモニモである。


話は少し遡り、ここは花のクラスク村の一角、ラオクィク家。

エモニモが嫁いだのを機に大掛かりな改装が行われ、その後村が観光地化した際に再度大規模改修が行われて、今では人間族が見ても立派なお屋敷となっており、かつての薄暗く手狭で壁にゲルダが鎖で繋がれていたような面影はもはやどこにもない。


大規模な改装を行っていない家はもはやクラスク家のみとなっており、かつては村で一番立派だったクラスク家は今では比較的小さなお屋敷となってしまっている。

まあそこに住んでいる当の家族たちがあまり気にしていないのだが。


さて、かつてエモニモが翡翠騎士団第七騎士隊の副隊長であった頃その隊長であったキャス、その親友にして幼馴染たるギスクゥ・ムーコーは現在北の村で産婆を営んでいる。

オーク族の出産に関するまじないを学んでいた彼女は今やその多くを己のものとし、師である西丘ミクルゴックのまじない師モーズグ・フェスレクの下へ学びに行く機会も徐々に減りつつあった。


その一方で、彼女はクラスク市北方の村々、或いはクラスク市の市街を忙しく飛び回るようになっていた。


オーク族は人型生物フェインミューブの中でもかなり大柄な部類であり、そして女性が生まれぬがゆえに殆どの場合他種族の娘と子を為すことはたびたび述べてきた。

通常のオーク族の場合その手段は大概暴力的なものであるけれど、この街の場合は交渉と恋愛、そして求婚と婚姻という手段に変わっていた。


ただ…オーク族と他の種族が子を為した場合、そのほとんどがオークとなる。

その逆になることは滅多にない。


この世界の特徴として両親が別種の人型生物フェインミューブであった場合、生まれてくる子は必ずどちらかの種族の特徴『のみ』を有している。

これは人型生物フェインミューブが神の似姿として造られており、その造形を濫りに乱すことは許されぬ、というこの世界独特のの特性である。


そこに先ほどの女性が生まれぬという特性が合わされば、結果としてオーク族の子として生まれてくるのは大多数がオークの男児、ということになる。


つまりオーク族と結婚した娘は、かなりの高確率で大柄なオークの子を孕むことになるわけだ。

多くの種族に於いて男性より女性の方が小柄であり、そんな彼女らが大柄なオークの子をその腹に宿すのは、だからかなりの危険を伴う。


実際クラスクとミエが村を改革するまで、彼らの集落でも出産の痛みや苦痛に耐えきれずそのまま母体が死亡してしまう例も少なくなかったのだという。

まあそれに関しては本来のオーク族の生活に於いて女性の扱いと環境が劣悪かつ不衛生だったから、というのも大きかったのだが。


ともあれそんな中でもオークどもは必死の己の種族を維持しなければならなかった。

そのためには母体に無事でいてもらわねばならない。

そうして発達したのが産婆の技術であり、オーク流の産婆の()()()()、というわけだ。

つまり難産、破水、母体への負担、出産後の感染症、体力の低下、カルシウム不足からくる骨粗鬆症への対策といった出産に特化した魔術である。


オーク族は魔術に対する適正が軒並み低い。

ただあえて、と限定を付けるなら女性の方がややマシであった。

ゆえにその魔術群を修得するのはオーク族の女性のみの特権であり、そのためオーク族が有する男尊女卑的な価値観の中で、例外的に産婆のまじないを修得できた女性のみは厚遇されたことは以前にも述べた。


ギスクゥ・ムーコーは当初それに目を付け産婆のまじないを学んだ。


クラスク村はこの村のオーク族の悪評を広めぬよう、元から村にいた(つまり攫われてきた)女性を村外に出さぬようにしていたが、このまじないを学ぶ、という名目であれば自由に村外に出られるし、その気になればそのまま逃げ出すことだってできるだろう。

また子孫を残さねばならぬオーク族の中で妊娠と出産に関われるという事は、オーク村に居残るにしても特権的な立場になれるはずだという目論見もあった。


その予想は見事に当たり、彼女は多くの妊婦とその夫であるオークに感謝されることとなった。

母親から感謝されるという事はその子にもそれが伝わるという事で、つまりギスはクラスク市に於いて『母と子』という非常に強力な味方を得たことになる。


そう、彼女は確かにその優れたまじないで特権的な地位を得た。

滅菌技術すらろくにないこの世界に於いてオーク流の産婆のまじないは非常に有用だからだ。

ただそのせいで彼女は現在目の回るような忙しさとなっている。


なにせこの村ができて一年以上経つ。

いや急速に拡大発展しているこの街が未だ誕生してからそれだけしか経っていないと聞いたら旅人たちは耳を疑う事だろうが、ともかく一年と言う期間は重要だ。


なぜなら一年と言うのは子供が仕込まれて生まれてくるまでに十分な期間だからである。


ラルゥをはじめとする初期の村娘たちの殆どはオーク達と婚姻した。

怪力で頑丈な彼らを農夫として魅力的に感じたようだ。


実際クラスクの指揮の下彼らはよく働いた。

ミエの思惑通り、襲撃の『仕切り』となって分け前をぶんどる生活から、労働して対価としての賃金を受け取る生活に上手くシフトできたのである。


そうして彼らは婚姻早々から子作りに励み、そして一年後……


幸いにと言うべきか、オーク族の望み通りと言うべきか、街には多くの妊婦があふれるようになっていた。


当然このラオ家もその例に盛れず、つい先日もギスの訪問を受けたばかりである。


ゲルダの方は先日無事に出産を終え、乳母のマルトに手伝ってもらいながら育児をしつつ職場に復帰。

そしてそのマルトが家にやってくるまでの間、未だに出産を控えているエモニモが留守番をしながらゲルダの子の子守をしていた、と言うわけだ。


ただ現状エモニモは赤子の望んだことはまるでできていない。

そもそもが育児と言うのが全く未経験だし、彼女自身ギスにもう臨月だと言われているほど腹が張っている。

つまり出産間近な状態なのだ。


先刻述べた通りオークと婚姻して子を為した場合、異種族である女性の母体は高確率でオーク族の男子を身籠ることとなる。

大柄のオーク族の子は当然大きくて、人間族の基準で考えても妊娠中はかなり腹が張るし出産の際は難産となることが多い。


その上エモニモは人間族の女性の中でもだいぶ小柄な方であり、そして夫であるラオクィクはオーク族の中では長躯の方だ。

ゆえに彼女の場合腹の張り具体も相当なもので、ギスは母子ともに重要監視対象を宣言し他の者にもよく目をかけておくこと、と申しつけていた。


だから普段であればこのように赤子と二人きり、などといった事態はそうそう起こらぬはずなのだが……


「はあ、安請け合いなどする者ではありませんね。ともかくマルトさんが来るまでは頑張らないと……」


うろうろしながら泣き喚く子供をあやそうとして悉く失敗する。


「う~ん困りました。手詰まりです」


諦めるのが早い。

まあ何をするのか予測しにくい赤子というのは理詰めでものを考えるエモニモにとってかなり相性の悪い手合いであることは確かなのだが。


「ああでもミエ様が仰ってましたね。赤子は思った以上に敏感なのだと」


生まれたばかりの赤子は言葉がわかるわけではない。

だが母親の雰囲気のようなものは感じられる。


ゆえに母親がイライラしていればぐずるし、母親が不安そうにしてればやはり不安になる。

言うなればエモニモのおろおろした態度自体が赤子の泣いている一因なのではないか、と今更ながらに気づく。


「つまりもっとこう…泰然自若としていれば………………………泣き止みませんね」






まあ赤子がその程度で簡単に泣き止めば、世の母親がこれほど苦労はしていないのだろうが。







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