第560話 大鍛冶街裏通り
「あ、そうだ、シャミルさんシャミルさん、大鍛冶街の裏通り入れます?」
「うむ。何かあそこに用か?」
「はい。一応調べるだけ調べてみようと思いまして」
「わざわざサフィナに見せたではないか。長旅で疲れておったろうに」
「おー……なんでもない。だいじょうぶ」
「念のためですよ念のため! もしかしたら何かわかるかもしれませんし!」
「まあよい。せっかくじゃしわしも筒屋に寄る。家に戻る前にもう一段応急修理ができるかもしれんしの」
「なんですか筒屋って」
「筒屋は筒屋じゃ」
妙な会話をしながら蒸気自動車は進行方向を左に取り、物珍し気な観光客の視線を背に受けて裏通りへと入る。
さてこの辺り一角は住所で言えば下クラスク北大鍛冶街であり、裏通りにも当然ながら鍛冶屋が軒を連ねていた。
大鍛冶街は武具をメインに扱う小鍛冶街に比べより広範な製鉄や鋳造全般を扱う街であり、外向けの観光客や冒険者目当ての表通りの店とは異なり裏通りの店は地元の住民向けの小さな店が多い。
その主たる住人はドワーフ族である。
そしてその大半がオルドゥスからこの街にやってきて住み着いた者達だ。
彼らはかつて命がけで崩落の危機から同胞、或いは自分自身を救ってくれたクラスク市への恩返しとして、この街に不足しがちな鍛冶の技術を多く持ち込んだ。
あとはまあ酒好きの彼らがわざわざ輸入するよりこの街に住み着いた方がここの酒を好きに飲めるのではないかと気づいたであろうことも否めない。
ともあれこの街にそれなりのドワーフたちが住み暮らすようになったのは事実であり、またそうした噂を聞きつけてか彼ら高い技術を有するドワーフ職人達に弟子入りしてその技術を学ばんとする若者達がこの街への移住を希望するケースも出てきた。
ミエはそうした者達も受け入れて、ドワーフ達に頼み彼らを雇わせたりもしている。
専門技能を有する者が増える事は街としても有難いからである。
さて一口に小さな店と言っても修繕が得意な店から研磨が上手い店、鍋づくりが上手い店やさらには食器具専門の店まで様々であり、表通りに開いている店は彼らから商品をかき集めた商売専門のものも少なくない。
シャミルが言っていた筒屋というのもおそらくそうした専門性のある鍛冶屋の事であろう。
地元住民が行き交う裏通りではあるが、そうした個別の専門店に己の用事とぴたりと当てはまる鍛冶屋を求め、幾人かの旅行者らしき者達が熱心に店を覗き込んでいた。
途中蓄熱池を交換しながらゆっくりと…もといのろのろと裏通りを走る蒸気自動車。
その遅さに少々苛立ってきたシャミルと折角なのでとこれを機会にこの近辺をきょろきょろと物見遊山しているミエ、それに合わせて自動車横を歩いたり飛び乗ったりして遊んでいるサフィナ。
そんな彼女らを見ながら店の者達が手を挙げ声をかけ挨拶してゆく。
蒸気自動車に限らず様々な研究や開発に高い鍛冶の技術は必須と言ってよく、シャミルはこのあたりをよく歩き回るためにすっかり有名人のようだ。
ミエもまた街のパレードや居館で行われる演説などの際に太守であるクラスクの横に立っている第一夫人としてよく知られている。
最近ここに定住することとなった下町の住人とはいえ、この二人を知らぬ者は殆どいないのである。
ただ最近しばらくこの街にいなかったサフィナについては殆どの者が知らぬようで、楽しそうに手を振るそのエルフの美少女に挨拶こそ返すものの、あの二人と一緒にいるあの愛らしい娘は一体何者だろうか、ミエ様の娘にしては種族が違うし年齢も合わぬようだが……などと妙な勘繰りをされていた。
他の二人と違ってサフィナはあまり表舞台には立っていないためである。
「お、ここじゃな」
シャミルがゆっくりとブレーキを引き、蒸気自動車が大きく蒸気を噴き出し停止する。
「この速度だとちゃんと止まれるんですねー」
「おー…りっぱ」
「嫌みか? それは嫌味かお主ら」
「ひやひほふぁふぁひゃなひへふー!」
「へふー」
シャミルに口を左右に引っ張られて懸命に弁明するミエ。
真似っこして己で口を左右に広げるサフィナ。
彼女らの横には…裏通りに面した酒場があった。
看板には『盗族酒場』とある。
「それじゃ私ちょっと行ってきますね」
「おー行ってこい行ってこい。わしも少し用を済ませてくる」
「はーい!」
ミエはそのまま酒場へと足を向け、シャミルが自動車の蒸気を噴出させ再び走らせんとする。
きょろきょろと二人を見比べたサフィナは、やがてえいやっと車の上に飛び乗り車上の人となり、動きもしないレバー掴んでご満悦の体となった。
「失礼しまーす」
扉を開けると備え付けられていたベルが鳴り来客を伝える。
中は外から見るよりだいぶ広めな造りで、店主のいるカウンターは途中直角に曲がっていて奥の方がよく見えぬ。
掃除が行き届いているのか店内はだいぶ清潔そうで、よくある酒場というよりはむしろ上品なカフェやバーに近い雰囲気だ。
店に入ってすぐのところに丸テーブルが幾つも備え付けられており、先客も幾人かいる。
彼らは酒が注がれたグラスを傾けながら優雅に軽食を楽しんでいるようだ。
「いらっしゃい」
店主らしき中年の男が挨拶し、奥のテーブルを指さす。
ミエは無言で頷いて、先客たちにぺこりと会釈しながら奥のテーブルに着いた。
「注文は?」
「『盗族』を」
「どのような?」
「異種族の調査に向いた方を」
「少々お待ちください」
注文を受けに来た店主がカウンターへと戻り、奥の部屋の誰かに声をかける。
それからしばらくして……ミエの足元から声がした。
「俺ニ仕事カイ、ミエ夫人」
「あらスフォーさん。さっきぶりです」
テーブルの下からにゅっと顔を出したのは…あろうことかゴブリンだった。
先ほど巨人の娘が訪れた、あの異種の者達ばかりが住み着いていた村にいたゴブリンである。
いつのまにやらこちらに先回りしていたようだ。
名をスフォーというらしい。
「この街には慣れましたか?」
「仕事前ニ世間話ヲスルッテコトハ急ギノ用事ジャナイナ?」
「あら緊急のお仕事のがよかったです?」
「イヤ仕事ニ貴賤ハネエ。アルナラヤル」
「あら立派な考えですねー」
「ソモソモ仕事ヲ選ベル『種族』ジャネエカラナ、俺ハ」
「そうなんですか?」
「……能天気ダナ。流石太守夫人ナダケノコトハアル」
「えへー」
「褒メテネエ」
よっと向かいの椅子に飛び乗ったそのゴブリンは、ミエと会話しながらもきょろきょろと周囲に油断なく視線を走らせている。
その挙動からはやや繊細というか彼の神経質な部分が垣間見えた。
「ココデ依頼スンナラアノ村デシテモ同ジジャネエカ」
「えー、違いますよー。だって流石に本人の前では依頼しづらいでしょう?」
「マア標的ニ秘密ニシタイッテ話ナラワカル」
「またそういう言い方するー。まあそうですけど」
そのゴブリン……スフォーは紙片を取り出すと素早く走り書きをした。
羊皮紙ではない。白地の製紙である。
どうやらこの街で造られるようになった紙を早速活用しているらしい。
「要ハアノ巨人娘ノ身辺調査ッテ事デイイカ」
「はい」
「直接本人ニ話ヲ聞クゾ」
「構いませんよ。私が御本人に伺ってもいいんですけどまだちょっと忙しくてあまり時間も作れなさそうですし」
「他ニハ。危険ソウナラ始末スルノハ含マレルカ」
「それはこっちで確認したのでないと思いますが…そうですね、できれば誰からこの街の噂を聞いたのか知りたいです。でも無理はしなくても」
「ドリョクモクヒョウ?」
「はい。努力目標で」
二人の会話からわかる通り……彼は盗族であり、ミエはそんな彼に仕事を依頼している。
もしここが他の街であるなら、この店はきっとこういわれていた事だろう。
『盗族ギルド』と。




