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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十章 大クラスク市
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第558話 下クラスク北小鍛冶街

さてミエたちの試作型蒸気自動車を物珍し気に眺めている旅行者や観光客たち。

ただこの雑踏は些か妙ではなかろうか。


クラスク市はアルザス王国の南西部にあり、東西南北の主要街道の交差路に位置している。

西は多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)の小王国群。

東はアルザス王国最大の都市ツォモーペとその周辺の衛星都市群。

南の中森ナブロ・ヒロスを抜けた先にはこの街を、そしてゆくゆくはこの国を狙っている軍事大国バクラダ。


だが……この街の北にはそうした主要都市がない。

いや正確には遥か北方にアルザス王国の軍事拠点たる防衛都市ドルム…大量の魔族どもが棲息する『闇の森(ベルク・ヒロツ)』相手に常に目を光らせている絶対軍事防衛線…があるけれど、現在この街との交易は公的には行われていない。

アルザス王国が禁止しているからである。


ただし王国が禁止しているのはあくまでクラスク市とドルムの交易であり、商人たちがクラスク市で品物もを仕入れドルムに売りに行く分にはなんら問題はない。

隊商を組んでいる商人たちにしてみれば、自国からわざわざ長い時間をかけて糧食を運搬するよりも、まだ距離があるとはいえ最もドルムに近い大穀倉地帯であるクラスク市から糧食を安く仕入れて持って行った方が運送費的にも道中の安全面でも圧倒的に楽で儲かるのである。


なにせクラスク市で商品を賄う以上この近辺のオーク族に襲われる心配は一切ないのだし、さらには市の北方にあ赤竜の『狩り庭』……無人(ミンラパンズ・)荒野(アマンフェドゥソ)は今やクラスク市の大規模開墾計画および()()()()()()()()()()に組み込まれており、安全に通行できるようになっている。

彼らとしてはこの街を利用しない理由がないのである。


ともあれ以前より北方へ向かう隊商が増えたとはいえ、逆に北方からこの街を訪れる者は多くはない。

クラスク市の北に広がる衛星村は幾つもあるが、それはほぼクラスク市の領土のようなものだし、そもそもそこに住むオークどもは試験に合格しない限りこの街の中には入れない。


多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)北方の街…ドワーフの街オルドゥスなどがそれだ…からこの街に来る場合。街の東方の街道を抜けクラスク市の北の街道に合流しそこから南下するのが一番近道のため、彼らと交易する場合北門を使うことになるが、せいぜいその程度だ。


だとするなら街の北部はクラスク市に在住する者以外あまり人が通る要素はないはずであり、普通に考えれば他の区画に比べ人通りも控えめになるはずだ。

にもかかわらずミエたちの周囲では店が軒を連ね、多くの者達が群がるようにして商品を買い漁っている。


一体これはどうした事だろうか。


「おおい、大賢者様よぉい!」

「誰が大賢者様じゃー!!」


北街道の表通りに面した店から声がかかり、シャミルががなり声をあげて応えた。


声をかけてきたのは人間族の中年男性だ。

豊かな髭を蓄えており肌は浅黒い。

手に持っているのは大きな金槌で、店先…もとい店の奥の壁にはいくつもの品物が立てかけられ、或いは壁にかけられている。


……武器である。

それは短剣であったり、或いは斧であった。

槌鉾もあり、戦槌もあり、槍もある。

剣などは小さなものから大きなものまで、細身の者から幅の広いものまで多種多様に取り揃えてある。

一方で盾や鎧は見当たらず、また武器でも弓などの飛び道具は取り扱っていないようだ。


どうやら白兵用の武具を扱う鍛冶屋のようである。


「この前納品した筒の具合はどうだったぁ!?」

「悪くはなかったがのー、三人乗りには耐えられんかったわい!」

「なんじゃとぉ? ちゃんと注文通りのものを上げたじゃろがい!」

「言われんでもわかっておる! お主に渡した見積もりが甘かったわい! わしのミスじゃ!」


向こうが大声なせいかシャミルもまた大声で怒鳴り返す。

男はふんと鼻息を荒くすると腕を組んで胸を張った。


「あったり前だ! わしらは間違いなく頼まれたものを造った! 壊れたのなら注文が甘いのだ注文が!」

「じゃからわかっとると言っておろうが! じゃが次に頼む時はもっと難度が上がっとるぞ! お主らにできるか? 『大鍛冶』に頼みに行くかもしれんぞ?」

「ム! 言ったな大賢者殿! ならばせいぜいよくできた図面でも引くがよいわ!」

「言われんでもそのつもりじゃあ!」


とろとろと走る蒸気自動車がその横を通り過ぎ、シャミルは深くため息を吐く。


「ちょっと見ないうちにだいぶ打ち解けられましたね、トナザフさんと」

「お-…なかよし……」

「別に仲良しではないわい。まあこの蒸気自動車を造る際に色々パーツを注文しとるでな」

「あーお得意さまってやつですね」

「おー……シャミル仲良しでない」

「うむ、仲良しではない。待てサフィナ。なぜお主が悲しそうな顔をする」

「それはもうシャミルさんのお友達が少ないのを悲しんでるんですよー」

「あってる。サフィナいっぱいかなしい」

「やっかましわ!!」


やや困惑気味に同情めいた表情で告げるミエとサフィナにシャミルががなり立てる。


「あくまでも仕事じゃ仕事!」

「ははあ。ビジネスパートナーってやつですか。でも注文するなら『大鍛冶街』の方じゃないんです?」

「こやつらの方が先に街に住み着いたでな。それで最初に注文したのが縁でついその後もな。というかそもそもお主がこやつらを引き込んだんじゃろうが」

「あー…なるほど」


シャミルが指さしたのは先ほどのトナザフとかいう男がいた店ではない。

自動車はのろのろながら移動している。

ゆえに指し示したのはあの店から数軒先だ。


だが……その店でもまた武器が売られている。


それだけではない。

先ほどの店との間の数件の店も、そしてそこから先の店もそうだった。


白兵武器の店、射撃武器の店、防具専門の店、盾専門の店、剣専門の店…などなど。

シャミルが指し示したクラスク市下街の街道筋の右側…彼女らは北から南に向かっているわけだから、つまり街道の西側ということになるが…に軒を連ねているのは、驚くべきことにそのほとんどが武器や防具を扱っている店であった。


鍛冶屋は金属加工全般を扱う職種だが、その中でも特に武器や防具を専門に扱う者達を『小鍛治』と呼び、それ以外の全般を取り扱う鍛冶屋をそれと区別して『大鍛冶』と呼ぶ。


この街の新たな名物たる郵便配達員たち…彼らに言わせればつまりこういうことだ。


クラスク市の下街…『しもクラスク』。

その北部、すなわち『下クラスク北』。

そこの主街道西側一帯にある武具を扱う鍛冶屋の一角……『小鍛冶街』。



すなわち『住所』で言えば『しもクラスク北小鍛冶街』である。



だが一体全体なぜこんなに鍛冶屋が群れ為して店を開いているのだろうか。

その端緒を語るには今から半年ほど前に時を遡らねばならない。


その日、イエタの新婚初夜の日…この言い方をするとイエタがその夜の己の痴態を思い出してもじもじと悶えるため彼女の前でこういう言い方はしないのだが…彼らがクラスク市へとやって来た。


彼らは高い鍛冶のスキルと治金技術を有する鍛冶師集団であり、自らを緋鉄団グランティム・ウリムを名乗っていた。

なぜそんな連中がクラスク市にやってきたのか……それは彼らが噂を聞きつけたからである。



噂とは当然クラスク市市長大オーククラスクによる『赤竜退治』である。



赤竜イクスク・ヴェクヲクスを退治する。

それは取りも直さず彼の肉体が大量に『素材』として遺されるということだ。

その内の鱗や牙、そして爪…即ち竜鱗・竜牙・竜爪を、彼らは武具として鍛えさせろ、と要求してきたのである。


それはある意味クラスク市にとって渡りに船の話であった。

なにせクラスク市にいる鍛冶屋は腕はよくても普通の鍛冶屋に過ぎぬ。

武器や防具を造る専門の、いわゆる小鍛冶はおらず、兵隊や衛兵たちの武具はそのほとんどがアーリンツ商会が他の街からあがなったものであった。


街の鍛冶屋にとって武器や防具は専門外な上、さらに鋼より硬いとされる竜麟である。

一体どうやって加工したものかと頭を悩ませているところに日を置かず彼らが現れたのだ。


聞けばその鍛冶集団はかつて別の竜の鱗を加工して武具を作成した経験があるという。

適役と言えばこれほどうってつけの適役はいまい。


これを僥倖と言わずして何と言おうか。

ミエは改めて己の夫の運の強さに驚いた。


だが…有難いのは確かだけれど、彼らの要求をそのまま手放しで受け入れるわけにはゆかぬ。







彼ら緋鉄団グランティム・ウリムとの交渉成立には……もう少しだけ面倒な手順を積む必要があった。







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