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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十章 大クラスク市
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第550話 慈愛、勇気、そして

「おおおおおおおおおおー」


ユーアレニルの語る内容の全てが理解できたわけではないが、それでも妙な感動があってヴィラウアは思わず感嘆の声を上げた。


「オムスビはいいぞー。塩気があってコメの甘みもあって実にいい! わしはすっかり気に入った!」

「コメ…ムギとは違う?」

「うむ。ミエ様曰くどちらも近縁の仲間と聞くがな。麦に比べコメはそのまま食べられるのが大きい。麦は一度製粉せんと世辞にも旨いとは言い難いからな。まあコメはコメで精米の手間はあるが」

「へー、へー」


農耕などよく知らず、土に蒔いて雑草混じりに生えてきた穀物を煮炊きして喰っていたかつての彼女の暮らしからするとよくわからぬ話である。

ヴィラウアはただただ感心した。


先ほどの話もである。

色々感じ入る事はあったが、やはりなによりも感じたのは…


「ミエサマ、やさしい……!」


これである。

ユーアレニルは人食い鬼だというのに、困っているから助けようとしたのである。

なんという慈悲、なんという優しさなんだろう。


あの呪術師……もとい魔導師ネカターエルから聞いたイメージとはだいぶ違うけれど、ユーアレニルの口から聞いたミエの方が彼女は好きだった。

会ったこともない彼女に対し、不思議な好感を抱く。


「ミエ様はまあ確かにお優しくはあるが…わしはそれよりあの方の強さと胆力としたたかさの方が気に入ったな」

「つよ、さ……?」


ユーアレニルの言葉に納得がいかず、ヴィラウアは首を捻った。

彼の話のどこにミエの強さを示すエピソードがあっただろうか。

巨人の彼女からすればむしろミエの弱い部分しか聞きとれなかったのだが。


「ハハハ。納得いってない顔だな。まあ無理もない。巨人の論理で考えればそうもなろう。ではロールプレイ(リロヴリュー)してみるとよい」

ろーるぷれい(りろぶりゅー)……?」


聞いたこともない単語にヴィラウアがますます困惑する。


「誰かになり切ってその立場でものを考えることだ。わしら人型生物フェインミューブでない者が彼らと暮らすためにはとても必要な技術である」

「おおおおおおー…! やってみる……!」

「む。その意気やよし!」


ユーアレニルの言葉を聞いてがぜんやる気を出すヴィラウア。

腕を組んで大いに頷くユーアレニル。


「ではまず想像してみよ。己よりずっと大きな……倍くらい大きな相手がいたとする」

「おっきい……!!」


それは相当な大きさである。

頭の中で思い浮かべてヴィラウアはびっくりした。


「それはとても強くて、こちらがどんなに頑張っても勝てない。しかも巨人族が大好物でむしゃむしゃ食べる相手だ」

「こ、こわい……!」


巨人を食べるだなんて驚異の相手だが、自分達より倍も大きいならそうした者もいるかもしれない。

そんな化物に狙われたらと考えるとゾッとする。


「想像できたか。それがわしを見つけた時のミエ様の状況だ」

「あ……!」


自分よりずっと大きくて。

しかも自分達を食べる相手。

そんな相手が目の前にいてお腹を空かせて倒れている。



『それ』に……食糧をわけてやるの……?



「少しは理解できたようだな。そうだ。とても恐ろしい。その恐ろしい相手に食糧を恵んでやらんとするその心がけは確かに慈愛であり優しさではある。だが……その恐ろしい相手に自ら近づいてゆくのは心が強くなくばできぬことだろう?」


ぶんっぶんっと勢いよく首を縦に振るヴィラウア。

己の身に当てはめてようやく理解できたようだ。


「あ。じゃあ今まで私が会ってきた小人たちもみんなこんな感じで私が怖い……?」

「純粋な巨人族は人を喰わんだろうが、まあその通りだ。なら怖がられないようにするにはどうしたらいい?」

「えーっと、あなたをたべない! おそわない! って言う!」

「うむ。だが言葉が通じないであろう?」

「小人の言葉をべんきょうする!」

「そうだ! それが相手の立場になって考える。『ろーるぷれい(リロヴリュー)』というやつだ」

「おおおおおおおー!」


すごい。

すごい。

相手の立場になって考えるって、すごい。

ヴィラウアは幾度も幾度も歓声を上げた。


ミエサマはユーアレニルが言う通り確かに優しくって、とっても強くって、そして……



「……したたかさ?」



あれ?

とそこでヴィラウアは首を捻った。


ミエサマのやさしさは最初からわかっていた。

ミエサマの強さ……これは心の強さの事だが……もわかった。

肝の強さもわかった。

でも『したたかさ』だけがわからない。


「したかか?」

「ハハハ。そこはまだわかるまいな」

「むー。ミエサマの気持ち……ミエサマなりきる……!」

「難しいと思うぞ。幾らミエ様のお立場になると言ってもお主にはそこまでの人生経験がないでな。ミエ様とまったく同じ考えには至れまい」

「おおおー……」


言われてみればその通りである。

彼女が何者で、どういう人生を歩んできたのかヴィラウアは全く知らない。

どんな人物かわからなければその人物の考え方がわからない。

何を考えているのかわからなければ当人になりきることができない。


なりきる、と言ってもなかなかに難しいものだ。

ヴィラウアは小さく呻いた。


「そうだな。では少し考えてみろ。お主がわかっているミエ様はどんな人物だ?」

「やさしい!」

「うむ」

「つよい! 肝ったますわってる!」

「そうだな。では目の前に自分よりすごく大きな相手がいて、自分なんて簡単に捻りつぶせそう。だがその大きな相手は倒れていてとても弱っている。どうも腹を空かせそうだ……となったらどうする?」

「たべものあげる!!」


ニィ、と牙を剥いてユーアレニルが笑う。


「そうだな。すぐにか?」

「すぐにあげる!!」

「うむ。ではなぜ()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「おおおおおー……?」


あれ?

ヴィラウアはぴたりと動きを止め、首を捻った。


…言われてみればそうである。

話の流れでオムスビとやらを後で出されたから不自然に感じなかったけれど、ミエサマはそれを最初から持っていたわけだ。

それならユーアレニルが空腹だとわかった時点で取り出していてもおかしくないではないか。


「………………あれ? え~っと???」

「ハハハわからんか。まあそうだろうな」

「むー」


巨人だというのに随分と可愛らしくむくれるヴィラウア。

どうやら愛嬌だけは最初からあるようだ。


「ミエ様は確かめていたのだ。わしが本当に安全かどうかをな」

「たしかめ……?」

「そうだ。あの方個人だけの問題ならすぐに食料を分け与えてくれていたやもしれんがな。わしが倒れておった場所は近くには幾つかの村があった。もしわしが普通の人食い鬼で、飯を恵んだ結果元気になってミエ様を喰らい、そのまま近くの村の者どものを貪り喰いに行ったらまずかろう?」

「ダメ! ぜったい!」

「うむ。ダメ! ぜったい! だな。だが例えばの話だがわしがそうした可能性もあったわけだ。ゆえにミエ様は周囲の状況からわしが人を襲い喰わぬと推測し、その上で自ら近づいて実際に人を襲わぬと確認し、さらにわしから詳しく話を聞いて問題ないと確信した上で、はじめてわしに食糧を恵んでくれたわけだ」

「おおおおおおおー……っ!!」


キラキラと瞳を輝かせ、ヴィラウアがずずいと身を乗り出す。


「すごい…すごい!」


なんてすごい人なのだろう。

なんてすごい人なんだろう。


ユーアレニルに解説されて改めて感心する。

根が単純なこともあり、ヴィラウアはすっかりそのミエサマなる人物に傾倒してしまった。


「うむ。すごい。とてもすごいのだ。わしもそれですっかり惚れ込んでしもうてなあ。その後半分わしをかくまう目的でこの村に連れてこられ、わしの希望を聞いた上でこの村に住まわせてくれることになった」

「おおおおおー…!」

「ミエ様に感謝したわしはこの村に留まって、その後たびたびやってきた……こうお主のように己の種族と折り合いが悪かった異端の者共を受け入れる仕事を手伝うようになったわけだ」

「おおおおおおおおおー……!」


感嘆。

感心。


ヴィラウアはまるで英雄譚を聞き入る子供のように瞳を輝かせた。


「ミエサマ、会いたい……!」

「まあそう急くな。放っておいてもすぐに会えるとも」

「おおおおおー……………?」

「ほれ、言うたそばやって来おったぞ。耳を澄ませてみよ。遠くから聞こえるであろう」


確かになにか聞こえる。

遠くから獣の唸り声のようなものが。






というかそれがものすごい勢いでこちらに向かっている……もとい、こちら目掛けて突っ込んでくる音を、ヴィラウアは確かに聞いた。






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