第537話 大魔導師の大従僕
「じょ、城壁が……」
「動いてるぅぅ~~~~~~~!!?」
ヒーラトフとライトルが互いにしがみついて震えあがる。
それは明らかに彼らの常識を超えた出来事であって、混乱するのも仕方ないことではあるのだが。
「いや待てお前ら。これは……城壁ではないぞ」
聖職者のアムウォルウィズが信じられぬと言った表情でそう告げる。
「あん? どっからどう見ても城壁だろーがよ! 城の壁からガイーンて外れたんだぞガイーンて!!」
「……え? ちょちょっと待って?!」
ヒーラトフは信じられぬと言った風だが、ライトルの方は一瞬眉をしかめ、その後驚嘆の声を上げた。
「これ、もしかして……『足音』……?」
「ハァァァァァァァァッァ?!」
ヒーラトフが慌てて耳を澄ます。
先ほどから聞こえていた地響き…その城壁が移動する際に発していた轟音。
よくよく聞けば、それは確かに足音だった。
巨大な何かが歩く音である。
自分たちを今も激しく揺らすその振動も、自分たちの足場が歩いていると考えれば得心がゆく。
つまり……彼らは巨大な足の生えた何かの頭頂部の上に立っていたのである。
「ええ……? 歩く城壁かよ……」
「違うな。城壁はおそらく偽装だ。そうだろう、イルゥ」
ヒーラトフの台詞を否定しながらパーティの聖職者アムウォルウィズがイルゥデイウ…イルゥに問う。
核心に迫られた老人は片膝をついたまま、とんがり帽子をかぶり直しながら頷いた。
「そうだ。これは石の人造兵だ」
「人造兵だぁ!?」
無論ヒーラトフも人造兵自体は知っている。
木の人造兵などと戦って倒したこともある。
だが人造兵は用いる素材が変われば強さも変わる。
銅や鉄などの人造兵は当然手の付けられないレベルで硬く、強い。
伝説によれば真銀で造られたゴーレムすらいると聞く。
そして石の人造兵とは、そうした強大で強靭ないわゆる「強い部類の人造兵」の最初の関門とも呼べる存在なのだ。
四つん這いになり揺れに気を付けながら城壁の一部…と思い込んでいたものの縁に寄ってそっと下を覗き見るヒーラトフ。
己の真下がなにやら突き出ている。
先ほどまでなら見ても理解できなかったかもしれないが、説明を受けた今ならよくわかる。
それは腕だ。
いつのまにやら横から生えた巨大な石の腕である。
そしてさらに身を乗り出してみればその下に足がある。
どうやら彼ら乗っている石像はは巨大な人型をしているようだ。
ただ腕や足の位置とヒーラトフがいる場所の面積を考えると、ややずんぐりむっくりした、そして頭がだいぶ大きな形状である。
人型とは言うけれど、人間というよりはむしろドワーフに近い体格である。
「おいおいおい。うちの街に石の人造兵がいたのか」
「それも驚きだがその前に確認がある。構わんか」
「ああ。アムウ。答えられる範囲であれば」
聖職者アムウォルウィズ…アムウの問いにこくりと頷き、埃をはたきながら立ち上がるイルゥ。
「人造兵は魔導師が膨大な資金をつぎ込み製作し、自らを主人として絶対順守の命令を行使させる人造物のはずだ」
「そうだな」
「ならばこれはお前が造ったのか」
「違う」
言下にイルゥディウが否定する。
「人造兵自体を造る製法自体は今も残っている。だがこのサイズのものを造る技術はとうに失われて久しい」
「となると、これは…」
「そうだ。古代魔法王国期の人造兵だ」
「「ええええええええええええええええ!?」」
イルゥディウの返事にヒーラトフとライトルが同時に驚愕の叫びを上げた。
「そりゃ、お前……」
わなわなと震えながら一面に広がる麦畑を見つめていたヒーラトフは上半身をぐりんと回してイルゥの方へと向き直る。
「大儲けじゃねーか!」
「たわけ」
そしてイルゥが短く吐き捨てた。
「そもそもわし個人の所有物がなぜ城壁に引っ付いておる」
「でもよお、コイツお前の命令通り動いてるじゃねーか! このままどっかの街に連れてってさあ!」
ヒーラトフは大金を手にしたらあれもしたいこれもしたいと妄想しながら随分とみっともない顔をしてライトルに呆れ顔をさせた。
「人造兵は主人の命令を聞く。それはつまり主人が命じれば他の者に一時的に命令権を付与できる、ということだ。わしが今こやつを動かせておるのもそれが理由よ。もしこちらが指示に従わねばすぐに水晶球で検知され命令権を取り上げられてそれで終わりだ」
「なーんだーつまんねー!」
どたーんと石畳……いや人造兵の頭部だろうか…に大の字に寝転がるヒーラトフ。
「お主……知ってはいたがいい性格をしておるな」
「褒めてもなんもでねーぞー」
「褒めてはおらん」
聖職者のアムウが少しあきれ顔に呟き、ヒーラトフの返答を即吐き捨てた。
「そんなだから大きな宝を取り逃すのだ」
「宝!? 逃すわけないだろ!? 俺がいつ財宝の前から逃げ出したよ!!」
食って掛かるヒーラトフにアムウが大きくため息をつく。
「わかっておらんかったか…」
「? なにがだよ」
「これが古代期の人造兵ということは人造兵が徘徊しておる迷宮にて当時の古文書などを発見、解析しその迷宮に巣食う人造兵を操作する方法をを解明したという事だ」
「おう。それで?」
「この直近一年以内にこれほどの大きさの人造兵が、それも最低四体以上おるような大迷宮を攻略し、そしてそこで未発見の古文書を見つけた魔導師など他におるはずもなかろう。イルゥディウ、この人造兵の真の主人はネカターエルだろう?」
「……そうだ。魔導学院学院長にして宮廷魔導士長。『竜殺し』の英雄、大魔導師ネカターエル様だ」
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ヒーラトフが頭を抱えて地面……ドワーフ型の人造兵の頭上でごろごろと転げまわる。
「ほんとにねー。もちょっとあの子大切にしてれば今頃はねー。この人造兵だってねー」
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「『狩り逃した狼は皆魔狼』とも言うしな」
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
仲間から次々と的確な指摘が飛んできてヒーラトフを滅多刺しにしてゆく。
「まあ一応? 本人も反省してるみたいだし? 次からは気を付けるでしょ」
「うう、ライトルぅぅ……」
肩をすくめてそうフォローする小人族の娘に顔をぐしゃぐしゃにしたヒーラトフが四つん這いのまま近づいてそのまま抱き着いた。
「大切にする! 大切にする! 一生大切にするよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「んな……っ!? こ、こ、言葉を選べこのおたんちーん!!」
どげし、とヒーラトフの顎を膝蹴りで真下から突き上げる。
なかなか見事な一撃である。
流石に盗族だけあって急所攻撃は得意のようだ。
ただ単なるツッコミにしてはやけに彼女の頬は赤かったけれど。
「まーともかく人造兵のそれも石の奴がいりゃあ巨人族なんて相手じゃねえだろ」
一通り落ち着いたら式ヒーラトフがすっかり緊張感の抜けた様子で寝転がる。
「…まあそうだな。巨人族の怪力であれば石製の人造兵が有する物理障壁越しに傷をつけることは可能だろうが、障壁自体を突破する手段を有さぬ以上持久戦になればこちらに分がある。戦えば勝つだろうな」
「だろー?」
ヒーラトフの言葉を魔導師イルゥは条件付きながら肯定する。
ただその言い回しが聖職者アムウの気を引いた。
「……確認するが、なぜ我々は南西の人造兵の操作を任された。近くというなら南東の城壁にもあるのだろう?」
「単純に俺らの居ついてるあの宿から近かったからじゃねえ?」
「それもある。が、正確には南東の人造兵も現在稼働中のはずだ。学院長からの指示は二人分あったからな」
「なんと……!」
それを聞いてアムウは小さく呻く。
「? どうしたよアムウ」
「報告によれば巨人族は一体とのこと。先ほどヒーラトフが言った通り石の人造兵が一体あれば巨人族単騎に十分勝ちうるはずだ」
「まあ昔から慎重派なとこあったからなーネカタの奴」
「違う」
ヒーラトフの言葉を短く、だが言下に否定するアムウ。
「過剰な戦力。退治ではなく対処という物言い。おそらく学院長殿は……その巨人族との『交渉』をお望みなのだ」




