第53話 最初にやるべきこと
「まず最初に言っておくことがあります」
ミエは少し緊張した面持ちで話し始める。
「オーク族は女性の出生率が極端に低く、他種族の女性の助けがないと種族の維持が困難だそうです。したがって既にこの村に来られている貴女達が故郷に帰るのは…少なくとも今は難しいとお考え下さい」
「じゃろうな。知っとった」
「ヘェ~、言われてみりゃ確かにオークの女って見かけたことねえな。あたしゃてっきりこことは別に女だけの村とかがあるもんだと」
ノーム族のシャミルとハーフオーガのゲルダは思い思いの感想を口にする。
一方エルフのサフィナの方は小首を傾げてミエに当然の疑問を投げかけた。
「サフィナ、この村にずっといる?」
「う~ん、ええ、まあ。できれば」
ミエは曖昧に肯首する。
気の毒と思いつつもそうしてもらわなければならないのだ。
だがサフィナはミエの答えに二、三度目を瞬かせると、
「…わかった。サフィナ、この村にずっといる」
こくこく、と幾度か頷きながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「ですが…この村の女性たちがここから出られないことと、女性たちがこの村で惨めな暮らしをしなければならないことは、決してイコールではないと思うんです」
「その言い方はなんじゃ。オーク共相手にワシら女性の人権を主張する、ということか?」
目を閉じながら、どこかつまらなそうに、やや憮然とした表情でシャミルが問う。
「あ、いえオーク達に権利問題を訴えても聞き入れてもらえるとは思えません。物理的な食べ物や飲み物の話ならともかく、今現在オーク族が持ち得ていない人権などの概念を理解してもらうのは難しいと思います」
「なんじゃ、わかっておるではないか」
そう言いながらもシャミルはその片目を見開き、好奇心の強そうな青い瞳をくりくりと動かしながらミエを興味深げに見直した。
なぜこの記憶喪失の娘はこんな難しい単語を知っているのだろうか、と。
「ですからもう少し直接的にわかりやすくというか……簡単に言えば女性達がこの村でよりよく充実した生活を送れることが、そのままオーク達のメリットになればいいと思うんです」
「「「うん…?」」」
ミエの言っていることがいまいちピンと来ずに首を傾げる三人。
「例えば…そうですね、女性を鎖に繋いでいるオークと自由にさせているオークがいたとして、後者の方が襲撃とか狩猟でより活躍できるなら他のオーク達も真似したがりますよね?」
「! ……成程。衛生面や健康面、さらに栄養面など女がオークどもにサポートできることは多い。それをわしらで実証することで戦士としてのオークに対等な立場の女性がいた方が有用であると示しつつ教化してゆこうというわけか」
「すごい…なんか言いたいことだいたい言われちゃった気がします」
ノーム族シャミルの間髪入れぬ反応にミエは舌を巻いて感心する。
「ふぅ~ん。それってアタシらが家の外に出て村の仕事を手伝ったりとかも含まれるのかい?」
「はい。協力していただける方は当然鎖などの拘束具は外してもらい、村を自由に歩けるようにしてもらいます。旦那様の許可はいただきました。その…場合によってはオークの見張りがつくかもしれませんが」
ゲルダの問いにミエは現時点で引き出せた条件について説明する。
「いいぜ。ずっと鎖に繋がれっぱなしで体が鈍ってたんだ。そいつがなくなるだけでも協力する価値があるってもんだ」
片手を上げて賛意を表すゲルダ。
「サフィナも、手伝う。手伝いたい…いーい?」
くいくい、とミエの袖を引き尋ねるサフィナ。
「もちろんよ、サフィナちゃん!」
「やれやれ。まあワシは内容次第じゃな」
条件付きで賛同するシャミル。
「皆さん…ありがとうございます!」
深々と頭を下げたミエは…
自分が立てた計画の最初の一端を語り始めた。
「まず皆さんに確認です。この中でオーク語ができる人は?」
ふるふる、と首を振るサフィナ。
ほんの少しだけ手を上げるゲルダ。
半分手を上げるシャミル。
「えーっと、ゲルダさんは…」
「悪口だけなら言えるぜー。アイツが夜いつも俺に向かって言ってくるやつ。死ね! とか糞! とか殺す! とかな! まあ意味はさっぱりわからねえんだけどさ! ハハハ!」
「そ、それはまたずいぶんとエキセントリックな営みをなさってるんですね…?」
自分が夫と嗜んでいるものとはあまりに違い過ぎて夫婦生活の奥深さを痛感するミエ。
まあ何度も言うが厳密には彼女以外のこの村の女性は未だ誰一人嫁でも妻でもないのだけれど。
「他にもたわけ! とか筋肉おっぱい! とかイイ尻肉! とかー…」
「…後半それ悪口じゃないと思いますよ?」
「え? マジで?!」
少しショックを受けた風なゲルダが「うん? じゃああれ何だったんだ…?」と腕組みをしながら頭上に幾つも?を浮かべ考え込む。
その隣に立って同じように腕を組んで首を傾け真似っこするサフィナ。
「で、あのー…シャミルさんは?」
次に視線を向けられたシャミルは、少し面倒そうに頭を掻いた。
「わしは奴が喋っとる言葉を聞き覚え、単語に区切って推測、文字に分解し知っとる単語に当てはめて足りない部分を類推して…的なことを繰り返して独学で学んだだけじゃ」
「はい!?」
ミエは一瞬彼女が何を言っているのか理解できず、己の耳を疑った。
「じゃからあやつの話すこと限定でなら大体わかるが……いざ解析してみれば話すのは大概ホラ交じりの似たり寄ったりな自慢話ばかりでのう。正直大して語彙は増えんかったわい」
「「「おおおおおー!」」」
シャミルの言葉に感嘆の声を上げる三人。
「聞きました奥さんこの人今凄いこと言ってましたよ?」
「よくわからんがとにかくなんかすごそうなことはわかった」
「おー(そんけいのまなざし)」
「ええいやめいそんな目でわしを見るな!」
何かを振り払うかのようにぶんぶんと手を振り回すシャミル。
「わしは…そういうのはもういいんじゃ…」
「……?」
少し陰のある様子にミエは首を捻ったが、なんとなくここで問い質すのは気が引けた。
「…で、サフィナちゃんは知らないのよね?」
問われたサフィナはこくこく、と肯く。
「よし、ということで…まず私たちがすることは…オーク語の勉強です!」
「「「オーク語の…?」」」
ミエの言葉に…三人は不思議そうに首を捻った。