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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク 第九章 地の底の大決戦
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第523話 知恵比べ

先刻から妙に羽ばたきがしづらいと思っていた彼は、ようやくそこで彼らの意図を理解した。


オークどもの用いたやじりは物理障壁を貫いた。

単なる威力の高さではない。

明らかに赤竜の物理障壁の≪除外条件≫を満たしているのだ。


だがそれならば狙うのは腹部であるべきではないのか。

なぜ直接ダメージになりづらい翼の皮膜を狙うのか。


その理由は…翼膜に突き刺さった矢にあった。

やじりはエルフ族のものそのままに、攻城弩弓バリスタからの射出に耐えられるよう強靭なシャフトへと換装されている。


そしてそのシャフトの末端から……糸が、伸びていた。


細い、けれど竜が暴れても切れぬ糸。

それは繊維で編まれたものではない。

鉄を細く細く引き伸ばした針金…『鋼線』を、ねじるようにして束ねたものだ。


今でいう鋼索…いわゆるワイヤーロープと同種のものである。


クラスク市の移動用鶏舎…その新素材としてミエが導入した『針金』は、曲げやすく丈夫というその特性により瞬く間に街中に普及した。


普及すれば当然数が作られ、数が作られれば技術が進歩する。

ゆえにミエが当時に注文していたものよりもさらに細い細い針金が、クラスク市には生まれていた。


ミエはそれを利用してワイヤーロープを編み、それを攻城弩弓バリスタの矢に取り付けた。

通常の弓矢でそんなことをすれば速度が落ちすぎて使い物にならなくなるが、オーク族の筋力に合わせ限界までは発条バネを引き絞った攻城弩弓バリスタでなら、速度と威力を保ったまま射出可能である。


そしてその矢に引き結ばれた鋼索は……するするするすると伸びて攻城弩弓バリスタの横にある『とある装置』まで伸びていた。


その装置は真横から見ると円形を為しており、その周囲に鋼索ワイヤーロープがぐるぐると巻かれていて、射出するとカラカラと回転してその鋼索を伸ばす。

いわゆる巻き上げ機(ウィンチ)と呼ばれるものだ。


この鋼索ワイヤーロープ巻き上げ機(ウィンチ)部分こそが、アーリが方々に手を尽くして大急ぎで入手した攻城弩弓バリスタに対し、ミエがシャミルに頼み込んで取り付けてもらった機構である。


ただ巻き上げ機(ウィンチ)と言っても相手は竜である。

いかに剛力なオークどもとは言え流石に手回しハンドルでその竜を引き寄せることなどできはしない。


ゆえに今回、大事なのは巻き上げる事ではない。

大切なのはオーク達ですら持ち運びに苦労する重量物たる攻城弩弓バリスタと、竜の翼膜を貫いた矢が、頑丈なワイヤーにより()()()()()()事である。


隕鉄製の鏃が取り付けられたシャフト…いわゆる矢の棒状の部分。

今回作成されたそれは鉄製で、さらによくよくみると鉤状になっている。

一度貫いたらその向こう側で『ひっかかる』構造なのだ。

そしてその引っかかった矢と攻城弩弓バリスタは丈夫な丈夫な鋼索によって繋がっていて…



そしてオークどもは、その攻城弩弓バリスタを火口の縁目掛けて一斉に押し始めた。



「イヤーコンナ使イ方シタラシャミルノ奴怒ンダローナー」


リーパグがそんな事を言いながら部下のオークどもを叱咤し攻城弩弓バリスタを猛烈に押しまくらせる。

そして火口の周囲に陣取っていたラオクィク、ワッフ、イェーヴフら他のオーク隊も、彼に負けじとそれぞれ自分達の攻城弩弓バリスタを火口へと押し込まんとしていた。

.


おい(ユィグ)やめろ(ロベルク)……!」



思わず竜語で呟いてしまうが当然ながらその場にいるオークどもは誰一人理解していない。

そもそも聞く耳自体持っていないのだが。



やめろォォォォォォォ(ロベルクゥゥゥゥゥゥ)ォォォォォォォォォォ(ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ)ッ!!!」



最初に攻城弩弓バリスタを押し切ったのはワッフの隊だった。

ごとん、という音と共に攻城弩弓バリスタが火口の内へと落下してゆく。

当然そこから鋼索ワイヤーロープで結ばれている赤竜の翼膜ががくんと引っ張られ、羽ばたきを奪われた赤竜が真っ逆さまに火口底へと落ちてゆく。


そしてそんな彼に引っ張られるようにして他の三台の攻城弩弓バリスタも次々と後を追うように落下していった。


その際勢い余ってリーパグが攻城弩弓バリスタごと火口へ落下しそうになるが、慌てて部下にしがみついて事なきを得た。



ことここに至って…今更ながら。

赤竜イクスク・ヴェクヲクスは、先刻あのドワーフの魔導師が直上に放った光弾が、己を狙ったものではなく……山頂にいるオークどもに放った合図だったのだと気づいた。



落ちてゆく。

落ちてゆく。



痛みに耐えながら必死に羽を動かしてようやく山頂までたどり着いたというのに、すぐに火口の底へと引き戻されてゆく。


凄まじい速度で落下していたその赤竜は、火口底にて天翼族ユームズの娘の治療を受け、涙に塗れたその娘にひしと抱きつかれながら、壁面に背もたれ休息していたあのオークと目が合った。


そして……確かに見た。

そのオークが唇の端を吊り上げ、己のこめかみを指でトントンと叩きながら、彼に向って()()()()()()()()()()


オークとの(オーク ルクヴォ)知恵比べで(ウフ グスラウ )負けた気分(ロミセック キイ)はどうだい(ド アエイ ラグム)赤蛇山の(ウクェム フィック )あるじ殿(ルヴェウ カーコウ)?」


「お……」



激情が、溢れた。



「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!」



こんなはずではなかった。

こんなはずではなかった。


己の狩り庭を荒らす不届きな連中がいるという話だった。

彼らにこの地の頂点たる威厳を見せるべきだと焚きつけられたのだ。


彼らは己の縄張りを好き勝手に荒らし廻って巨万の富を得ているという。

()()()()()()()()()()()ゆえ、竜の誇りを傷つけた正当な対価として、彼らの財貨を己の巣穴に持ち帰るべきだとそそのかされたのだ。


それだけのはず

それだけのはずだったのに。




…どぐしゃ、と音がした。




一瞬早く攻城兵器バリスタ火口底かこうていに叩きつけられ、その破片の上に赤竜が落下。

その直後に凄まじい勢いで落ちてきた三台の攻城兵器バリスタが次々に竜の上に叩きつけられた。


呻く。

吼える。

呻く。


落下の衝撃と攻城兵器バリスタの追撃を受けて、赤竜が激痛に叫び、悶えた。


まあ落下中に羽を必死にばたつかせ落下速度を軽減しようとしていたにしても、この距離から落ちて未だ死んでいないどころかその肉体が原形を保っている時点でそもそもおかしいのだが。


身体はもう動かない。

せいぜい首先の角度を多少変えられる程度。


そんな彼の背後から……近づいてくる『音』がして、彼はびくんとその身を震わせた。


見なくてもわかる。

反響してくる音の輪郭でわかる。


あのオークだ。

あのオークがこちらの身体の横を通り、彼の背に突き刺さった何かを引き抜いて、そのまま彼の顔の方へと歩いてくる。



クラスクである。



左手にあの『魔竜殺し』を持ち、右手にたった今赤竜の背から引き抜いた己の愛斧を構えた大オークたるクラスクが、赤竜イクスク・ヴェクヲクスの顔面へとのっしのっしと近づいてきているのだ。


「旦那様……」

「お前らハここデ待テ」


ミエをはじめとする仲間たちが、お互いの無事に安堵しつつも未だ緊張を解かずその赤竜に最大限の警戒している。

クラスクは彼女らを左手で制し、そのまま単騎竜の元へと歩を進めた。


ゆっくり、ゆっくりと。

落ち着いた足取りで……


「お前ら落チ着け」


いやあまり落ち着いてはいない。

正確にはクラスク自体は落ち着いているのだが左右の手に掴んだものが落ち着いてくれない。


左手の剣が神々しいオーラを放ちながら、だがその気配は妙に刺々しい。

まるで逆側の手にある斧を威圧しているかのようだ。


一方右手の斧は禍々しく赤黒いオーラを噴出させている。

そのねじくれた悪魔のような形状がいつもにも増して牙を剥き、対岸の剣を威嚇しているかのように見える。


言っても収まらぬその左右の得物のいがみ合いにため息をつきながら、クラスクは遂に地面に這いつくばったその竜の前にやってきた。


「貴様か……」

「アア」

「我の……負けぶごぁっ!!」


商用共通語(ギンニム)で。

語り掛けるような口調で、口を閉じ気味に。

己の敗北を認めかけたその竜の鼻面を、クラスクは即座に斧で殴りつけた。


なんとも無礼極まりない行為……だが次の瞬間斧に殴りつけられ無理矢理閉ざされた赤竜の口の両端から稲妻がほとばしり、左右の壁に着弾する。


≪竜の吐息≫である。

雷撃に変換した≪竜の吐息≫を密かに準備して、とどめを刺しに来た相手に放つつもりだったのだ。


クラスクに言われ距離を取っていたキャス達はその雷光を見て背筋をゾッとさせる。

多くの呪文の持続時間が切れたか消費し尽くされた今、あの一撃を喰らっていたらきっと誰かが……いや何人かが死んでいたに違いない。

彼は、クラスクはきっとこれを……赤竜の最後の足掻きを警戒していたのだ。


呻きながら悶えのたうち赤竜の首。

その間に無造作に迫るクラスクの足。


「ま、待て。我が財貨が欲しいのであろう? 十分の一、そうだ我が財の十分の一をくれてやろう。それでも貴様が生涯放蕩しても使い切れぬ量はあるはずだ!」


一歩、クラスクが歩を進める。


「足らぬか? 強欲な奴め。それなら五分の一…いや三分の一はどうだ!」


さらに一歩、クラスクが歩を詰める。


「ならばどうだ、我が財貨の半ぶ」



ぶんっ、とクラスクの左手が一閃し、竜殺しの聖剣が赤竜の首を跳ね飛ばす。



赤竜の首はひゅっ、と空気の漏れるような音を放ちながら宙を舞い…ごろんと地面を一回廻ってそのまま動かなくなった。

びくんと痙攣した竜の身体はそのままゆっくりとその動きを止めて……



そして、キラキラと妙に機嫌よさそうに輝く白銀の剣で己の肩を叩きながら……クラスクがオークの言葉で赤き竜の最期の台詞にこう返した。










「悪イナ大トカゲ。オーク族ハ奪うガ流儀ダ」








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