第501話 空塵
「けどよお、エルフは確かに力がねえけどクラスクの旦那の一撃なら…!」
「ああ、オーク族の一撃なら有効打を与えられる可能性がある!」
ゲルダの言葉をキャスが継いで、一同がおお、とどよめいた。
「でシャミル! そのエルフどもはどんな武器を使っていたんだ?!」
「それがのう…載ってないんじゃなそこが」
だあああああああ! と一同が派手にずっこける。
「のってねーのかよ! よりによってそこがよ!」
「仕方なかろう! わしだって材質について目を皿のようにして調べたわ!」
やっと答えに辿り着いたと思った矢先だけに、一同の落胆ぶりは強かったようで、幾人かはぐったりと円卓に突っ伏した。
「何かないのでしょうか。その、武器の材質はわからなくともせめてヒントなどは…」
エモニモの言葉にシャミルもむうと唸り、文献を開いて該当箇所の近辺に目を走らせる。
「そうじゃのう。全ての武器はエルフ造りの最高の品質じゃとは書いてある」
「エルフ造り…てことはエルフ族が造った武器ってことでしょうか」
「ふむ。エルフが造った高品質の武器で、それでいて他の種族と差別化されるもの…か」
ミエとキャスがそれぞれ腕を組んで考え込む。
「はい! ミスリルはどうでしょう! キャスさんが着てる鎧もミスリル製ですし! エルフ族が好む金属なんじゃないですか!?」
「確かにそうだが…ミスリルは考えにくいな」
「ふぇ?」
挙手をしてのミエの発言を、だがキャスが首を振って否定する。
そしてその理由をアーリがかいつまんで捕捉補足した。
「なんでです?」
「軽くて硬いミスリルは確かにエルフ族の種族性によく合致するし、武具として好んで用いられるニャ。けどミスリルが便利なのは別にエルフ族に勝った話じゃないニャ。冒険者なんかもよく使うし、そもそも地中から算出される鉱物なんニャから主な加工元はドワーフ族ニャ。ドワーフ族にとって武器の軽さ自体はあまりメリットにならニャイけど、それでもミスリル造りの武器で他種族が一度も挑んでニャイとは考えられないニャ」
「確かに。ってことは…武器なんだからたぶんなんらかの金属でー、でもドワーフ族が加工しなさそうなやつでー、それでいて他の種族は使わなそうでー、でもエルフ族は好んで使う質のいい金属…と」
そこまで言い差したミエが、困惑した顔を一同に向けた。
「そんな金属ほんとにあるんです?」
「「「うう~~~ん?」」」
一同が腕組みをしながら呻き声をあげる。
「とにもかくにもドワーフ族の文献にかの赤竜に通用した武器が一切載っておらんのが難題よな。どんな金属であれ産出されるものであればドワーフ族が鍛えて武器にせんとは考え難いしのう…」
「ですよねえ…」
幾ら考えてもいいアイデアが湧いてこないミエ。
まあそもそも彼女はこの手の魔法的な話にはとんと疎いのだ。
考えが煮詰まったミエは少し方向性を変えるべくサフィナに話題を振った。
「サフィナちゃんサフィナちゃん。エルフの森にいた当時で何か気づいたこととかない? 今回の武器の話とは何の関係なくってもいいから」
「おー…?」
くくく…と腕を組みながら上体を傾けたサフィナは、やがてくくくくいとその傾きを元に戻す。
その視線の先には…先刻からずっとクラスクの椅子の背後に佇んでいるイエタに向けられていた。
「…天使」
「天使?」
「おー…てんし。森に時々天使きてた。ちっちゃいころはずっと天使だと思ってた。でもイエタ見てやっと気づいた。あれ天翼族」
『サフィナはまだちっちゃいやろがーい』などと一同が心の中で総ツッコミするが、興味のある話だったため誰も口には出さなかった。
「天翼族とエルフ族…って交流があったんですか?」
「…そうですね」
ミエに視線を向けられたイエタ…先程大きな音に驚いて逃げ出してクラスクの背後の椅子に半身を隠している…はその椅子の背に手を乗せながらこくりと頷く。
「そうですね…サフィナ様のおられた西の神樹と交流されていたのとはまた異なるエルフ族でしょうが、今『狩り庭』…無人荒野と呼ばれている彼の地には、かつて大きな森が広がりエルフ達が住み暮らし鳥たちの楽園だったと伝え聞きます。そこにあの赤き竜が現れエルフ達ごと森を焼き払い、なぜかその後彼の地には木々が生えないようになって、遂には荒れ果てた荒野になり果てたと」
「魔族たちが瘴気を撒き散らしこの盆地を席巻する前の時代の話じゃな」
「はい」
シャミルの言葉に再びイエタが頷いた。
「それで…それ以前の時代の天翼族とエルフ族は比較的生息域が近く、それでいて互いに生息圏を侵すようなこともなかったため、比較的良好な関係を築いていたと聞き及んでいます。その後彼の地が赤竜の縄張りとなって互いに生活圏が分断されてしまったことで徐々に疎遠となってしまったそうですが…」
「なるほどの。言われてみれば…」
シャミルが先ほどとは別の書物を開いてぱらぱらとページをめくる。
「イエタが持ち帰った書物を一通り目を通したが、きゃつが休眠期を終え活動期に入った時期であっても天翼族が赤竜に挑んだ記録はなかったでな、先ほどは特に読み上げなんだが…お、ここじゃ」
そして目当ての個所を探し当て読み上げる。
「『エルフたちとの定期交渉。互いに贈答品を送り合った』とある」
「はい!」
ぽむ、と手を叩いてイエタが嬉しそうに唇をほころばせる。
「エルフたちが送ってくれた果物はとてもとっても美味しかったと聞いたことがあります! 是非一度食してみたいものですねえ」
ミエは小鳥が美味しそうに果物をついばむ様を想起して微笑ましくなったが、さすがに人型生物相手にそれを口にするのは失礼だろうと黙っておく事にした。
「ふむ。確かにエルフ族は森の奇果を贈答したとあるのう。天翼族の方は何を送ったんじゃ? ふむ、文献によるとルクノーク…天翼語で空塵…? 空塵とはなんじゃ」
「なんか空気中に浮かんでるゴミみたいに聞こえますね」
「まさか!」
ミエの言葉をイエタが驚き慌てて否定する。
「その文献…おそらく誤記なのではないでしょうか。エルフ族に送ったのは『ルクノーク』ではなく『ルクソーク』だと聞いております」
「ルクソーク…ということは空塵ではなく差し詰め『星塵』といったところか」
「はい! 空から降ってきた石や岩をエルフたちは特に珍重するらしく、それを送るととても喜ぶので…」
「「「隕鉄!!」」」
「きゃんっ!」
シャミル、キャス、それにミエが同時に叫び、びっくりしたイエタはわたわたと羽をばたつかせながら慌ててクラスクの椅子の背後に隠れ、やがて羽をすぼめながらそうっと彼女らを覗き見た。
「確かに…確かに隕鉄はエルフ族が好んで用いる武器だ! 空より飛来した鉄は飛距離と貫通力に優れたよい鏃になるためいざという時の最後の一矢として矢筒に忍ばせておく者もいたと聞く!」
「そうか…空より落ちた岩に含まれた魔法金属であれば地中には存在せん! ドワーフ族が鍛えたこともほとんどなかろう。彼らの文献に載っておらぬはずじゃ!」
「隕鉄って魔法金属なんですか!?」
「…なんでお主はわかった風に立ち上がったんじゃ」
「あいえ隕鉄自体は知ってたものでつい…魔法金属な事にはびっくりです」
「わしにはお主が隕鉄の知識がある時点でびっくりじゃよ」
「ニャ! つまりそれで武器を打てばあいつに攻撃がそのまま通るって話かニャ!?」
と、アーリがかかり気味に喰いついたところで、キャスが少し困惑したように首を振る。
「そうなのだが…ふむ、どうもこれはそう簡単な問題ではなさそうだぞ?」
「ニャ?」
目を爛々と輝かせ尻尾を立てて興奮気味のアーリが…納得ゆかぬと首を捻る。