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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク 第九章 地の底の大決戦
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第500話 ニュアンス

「代表的な古文書で見てみよう」


シャミルが幾つかの書物を己の前に扇状に並べる。


「まずこれが588年前の人間族の国家連合軍による赤竜討伐記録じゃな。連合軍とゆうても当時の国はまだ小国ばかりじゃったが…ともあれここには彼らの武器が『ことごとく弾かれた(ロヴォート)』とある。」


該当の個所を指し示し、シャミルが読み上げる。


「続いて792年前のエルフの精鋭による赤竜討伐の記録。ここには『我らの攻撃が全て弾かれた(サホームラ)』とある」


先ほどと同じように読み上げながら、シャミルが次の古文書を開く。


「次にノーム族のものじゃな。ノーム族は種族単位で赤竜討伐に向かう事こそなかったが、技術職として当時の幾つかの討伐に協力しておる。その時の記録じゃ。そしてここには『生存者曰く、自分たちの武器がすべて弾かれた(サイヒム)とのこと』とある」


読み上げながらも次の書物を開くシャミル。


「でこれが386年前のドワーフ族による赤竜討伐について記された書物じゃ。幸いなんとか当時を覚えておる老ドワーフがおっての。それで補完されておるゆえだいぶ信頼が置ける。こちらには『我らの斧も、槌も、悉く弾かれた(スゥフゥマー)』と記されておる。それから…」

「って全部弾かれてんじゃねーか!」


続けて説明しようとするシャミルにゲルダが実にもっともなツッコミを入れる。


「ええ…? シャミルさん、他の表現をされてる書物はないんですか? こう竜に傷をつけられたーみたいな」

「うんにゃ。残った二冊も人間族の書物じゃからな。いずれも『弾かれた(ロヴォート)』と記されておる」

「ダメじゃないですかー!!」


だが…ミエがゲルダとまったく同質のツッコミを入れたその横で…何か考え込んでいる娘がいた。

サフィナである。


「…エルフのだけ、なんか、へん」

「ふぇ?」


そしてそれを受けて言葉を継いだのは、なんとも意外な人物だった。


「んだべな。前にサフィナに教わった単語と少し違う気がするべ」

「ワッフさん!?」


そう、サフィナの夫であるワッフである。


「違う? 単語…? む、そうか!!」

「きゃあ」


それを聞いてガタンと椅子から勢いよく立ち上がったのはキャスだった。

すぐ横にいたイエタはその大きな音に驚いたのか小さな悲鳴を上げるとわたわたとクラスクの椅子の背後に隠れそっとキャスを覗き見た。

臆病というわけでもないのだろうが、どうにも音に敏感なようだ。

鳥類としての性質を受け継いでいるせいだろうか。


「どうしたんですかキャスさんそんな大声上げて」

()()()()()だ!」

ニュアンス(メムゴー)? ニュアンス(メムゴー)がどうかしたのですか隊長?」

「隊長ではない」


エモニモの問いにいつもの返しをした後キャスが説明を始めた。


「種族によって得手不得手というものがある。例えばドワーフ族は採掘や細工が得意だが地底生活が主なため空の話や天気には疎い」

「そうでふね。話題にすることもほとんどないでふ」

「ああ。そしてそうした要素はそれぞれの種族の言語にも表れる。ドワーフ族なら細工をするときの鑿の使い方や鉱石の種類などについては多くの語彙を持つ一方、おそらくだが鳥の種類などについての語彙はだいぶ少ないのではないか?」

「…そうでふね。鳥類については大きさで三種類、肉食かどうかで二種類、計六通りの呼び方しかないでふ」

「ろくとおり!」


ネッカの言葉に信じられないと言った面持ちでイエタが叫ぶ。


「だが空の住人である天翼族ユームズであれば鳥の呼び方は遥かに細かいはずだ。違うか?」

「そうですね…大きく分けて三十(もく)以上、個別の種で言えば…この地方にいるのはだいたい三百種ほどでしょうか。全て個別の呼び名があります」

「「「そん

   なに」」」


すらすらと述べるイエタの言葉にミエ以外の全員の声がハモる。


「一地方と考えても思ったより少ないですねえ」

「はいミエ様。昔は森がもっと広くてより多くの種の鳥がいたらしいのですが…」

「なるほど…生息域の減少はきついですねえ。猛禽類みたいな捕食の頂点はその下にピラミッド…えーっと逆三角形型の食物連鎖を形成できないと生息できませんし…」

「流石ミエ様よくご存じです。昔はこの地方にもルフが住んでいたらしいのですが…」

「…話を戻すぞ」


二人で鳥類についての専門的な会話が始まってしまったためそれは本題ではないとキャスが話を引き戻す。

ちなみにルフというのはいわゆるロック鳥のことであり、両羽を広げた最大翼長が凡そ100フース(約27m)もあろうかという巨鳥である。


強さはともかくとして大きさだけで言えば竜種にすら引けをとらぬ巨大さであり、ミエの感覚ではちょっと想像し得ないこの世界の生態系ピラミッドの頂点である。

もしイエタからその鳥の大きさについて耳にすれば、流石のミエも目を丸くしたに違いない。


「ともかく、そんな具合に種族によって得意不得意で語彙に差が出る。エルフの場合自然現象に通暁している関係で対象の感触や状態、性質などについての細やかな表現が多いのだ」

「あー、エルフの傭兵がその表現が違うだのなんだの文句付けてきたことがあったなそういや」


思い当たる節があるのか、ゲルダの台詞にキャスが大きく頷く。


「そうだ。そして先ほどの文献の内容…各種族の『弾かれた』という表現はかの赤竜の物理障壁に弾かれた、ということだろう。とすると攻撃は相手の外皮に届くことなく、強い斥力によって跳ね返された、ということだ」

「そうだろうニャ。これまでほとんどの討伐部隊がアレに手も足も出なかったか、ダメージを与えるにしても攻城兵器とかで強引にあの障壁の上からダメージを通してたからニャ」

「だが…それをエルフ語で表現するなら『弾力によって対象に届かず弾き返された』…つまり『弾かれた(サハムル)』だ。『弾かれた(サホームラ)』ではない」

「あ、それだべ、サフィナから教わった単語」


ざわ、と円卓の周囲の面々がざわめいた。


「そうだ。そして文献の中に出てきた『サホームラ』とは『()()()()()()()()()()()()()()』を意味する」

「! 堅い何かということは…」

「奴の鱗か!!」


エモニモとゲルダが互いに指をさし合って同時に声をあげる。


「そうだ。つまり今紹介された文献の中で唯一、エルフ族の証言のみが奴の物理障壁を突破した記録を残していることになる」

「…まあその鱗を貫けず結局敗北したんじゃがな」


辿り着いた結論を強く語るキャスに、シャミルが少し皮肉気に付け加えた。


「これまでこういう研究してた方っていらっしゃらなかったんですかね」


ミエが素朴な疑問を呈した。

クラスクが『国際法レイー・メザイムト』と各種族とのコネと街の財力に物を言わせて強引に資料を集めまくった今回が一番充実していたのは間違いないだろうけれど、資料を集めて引き比べる程度の事ならこれまでだってしてきたはずではないか、と。


「そりゃおったじゃろうとも」


嘆息しながら丁寧に本を閉じ、重ねるシャミル。


「じゃが多くの種族は討伐隊を編成する際己の種族のみで構成しておる。複数の種族を集め各勢力を糾合しようと努めたのは人間族くらいじゃ」

「でも人間はしたんですよね?」

「うむ。じゃが資料をまとめる際、おそらく人間連中は商用共通語ギンニムを使用した。商用共通語ギンニムとは南方語ティアスフォルム西方語ヨーツォルム、この辺りの言語である北方語ミルスフォルムにかつて商売人たちが使っていた隊商語ネルグフェムスゴなどから単語を集め、統合し、より分かりやすく、広く使われる目的で生み出された言語じゃ」

「すごくいいことだと思いますけど…」

「そうじゃな。ただ多くの言語を可能な限り翻訳可能で、それでいて簡便でわかりやすい、というコンセプトで生み出された商用共通語ギンニムは、細かな差異をひとつの単語にまとめてしまう。逆に言えばそれは言語内における単語が少ない…()()()()()()()という事じゃ」

「あ…そっか、単語が少ないってことは各種族が持ってるニュアンスの違いなんかも…」

「そうじゃ。一つの単語に収斂されてしまう。細かなニュアンスの差は別個に比較級や強調表現などを用いて表現すればよかろ、という考え方じゃな。それゆえ人間族主体のこれまでの研究では種族同士の()()()()()()()まで抽出できなかったのではなかろうか」



そう、それは快挙だった。

多くの種族を抱え、さらにシャミルというノーム族の優れた学者を擁していたこのクラスク市だったからこそ気づき得たのである。






ただ…彼らがその赤竜の秘密に到達するためには、さらにもう一つの謎を解く必要があった。







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