第474話 しのぎ合いの果てに
「やれ負けるな! オークどもに負けるな!」
「ソレ負ケルナ! ドワーフドモニ負ケルナ!」
互いに声をかけ合いながら、争うようにして岩石を持ち、運び、大きすぎて持ちきれぬなら砕いて細かくする。
少しずつ除去が進んで先が露わになると、たちまち工事を施して壁と天井を支え補強してゆく。
流石に数十年…長い者では数百年鉱夫をやってきた者達である。
初期に工事を受け持っていたリーパグの付け焼刃などより遥かに手早く効率的に補強を進めていった。
リーパグは少し悔しそうにしながらも、羊皮紙にメモを取りつつ穴の空くようにドワーフ達の作業を観察している。
「むう…ここは駄目だな」
「ナニガ駄目ダ」
競うように作業をしてゆく内…いつの間にやらドワーフ達とオークどもは当たり前のように会話するようになっていた。
「見ろ、この天井の歪みを。ここは補強工事をしてもおそらくもたん。これ以上岩をどけるとバランスが崩れて崩壊するぞ」
「ナンダト」
互いの手がぴたりと止まり、天井を見上げる。
第二階層の岩塊除去の中途で、彼らの歩みが停止した。
「ネッカ、ドウにカナルカ!」
「ちょっとお待ちくださいでふ、クラさま」
同様に作業の手を止めたクラスクが背後のネッカに大声で呼びかける。
頷いたネッカは占術を唱え天井をじぃと見上げた。
「……確かに砂礫層がありまふね。ブラーガンさんのおっしゃる通りこの通路をこのまま進むのは危険かもしれないでふ」
そして彼女はその視線をそのまま側面の壁に向けた。
「こちらは硬岩の層でふね。こちらを掘り進めるなら落盤の危険はないと思いまふ」
「確かに落盤の危険はないかもしれんが、そちらの岩盤は硬すぎる。どうやって掘り進めろというのだ」
素人が口を出すなと言わんばかりのドワーフ、ブラーガン言葉。
確かに鉱夫としての意見であればそれは正しい。
だが…彼女は鉱夫ではない。
『魔導師』である。
「ネッカ、デきルカ」
「はいでふクラさま。念のため魔力は残してありまふから」
そして…夫であるクラスクの命の下、ネッカは杖をかざして呪文を唱えた。
「我は唱え念じる、解凍展開 『地変式・弐』 〈地動〉!」
彼女が杖の先でちょこんと触れた硬い硬い左壁面の壁が…べこりと凹んだ。
ぎょっと目を剥くドワーフ達。
腕組みをしてうんうんと頷くクラスク市のオークども。
どちらも魔術については詳しくないく、クラスクを除けば魔導術も精霊魔術もまとめてまじない呼ばわりする彼らではあるが、クラスク市のオーク達はネッカの魔導術を築城の時石材確保のたびに幾度も見ているし、かの攻城戦の折彼女の獅子奮迅の活躍を目撃した者も少なくない。
ネッカそのものに対する信頼度が段違いなのだ。
彼女がそのまま杖を前方に差し向けながらつかつかと壁面に向かい歩いてゆくと、まるで彼女の歩みに合わせるかのように壁がにゅうんと凹み道を作ってゆく。
仰天するドワーフ達を背に、彼女はゆっくりと、だが止まることなく歩みを進め、壁の奥へと消えていった。
「クラさま~…たぶん大丈夫でふ~」
しばらくしてその穴の奥からくぐもった声が聞こえた。
クラスクが背を屈めてその穴…ドワーフ族には十分な高さだが彼には少々低いのだ…の中に入り込み、≪闇視≫で周囲を確認しながら先に進む。
10フース(約3m)ほど奥に進んだ後右に曲がり、さらに30フース(約9m)ほど進んだ後で再び右に折れたその側道は、落盤のあった場所を奇麗に迂回してその先の空間へと繋がっていた。
「まダ岩ガあルナ」
左右を見ながらクラスクが呟く。
ネッカが硬い岩の中をくりぬいて開けた通路は確かにかつての坑道へと再び繋がっていたけれど、その右にも左にも瓦礫や岩塊が積みあがっている。
「はいでふクラ様。でふがここから先の岩盤は比較的しっかりしてまふ。補強工事をしながらなら除去作業を再開できるかと」
「ナルホド」
右の方の落盤は先ほど除去するのが危険と言われたものの終端である。
つまり右の岩塊はそのままに、左側の、つまり奥の落盤…岩塊や瓦礫を除去すればよいわけだ。
「それデ行こウ。よくやっタネッカ」
「えへへでふー」
クラスクに頭を撫でられ照れるネッカ。
以前に比べると最近はだいぶ褒められ慣れてきたようだ。
いや夫に甘え慣れてきたというべきだろうか。
「なんと…!」
「これはたまげたな…!」
ドワーフ達がネッカの開けた穴を通り抜けその先の空間へとたどり着き、目を丸くする。
火薬でも使わねば砕くことができぬと思われていた硬岩地層を、まさか娘一人が杖一本でどうにかしてしまうなど彼らは想像だにしていなかったのだ。
「トーリンの娘がまさかこれほどのまじないの使い手だったとは…」
「うむ驚いた。これなら危険な火薬を使う必要もないではないか」
「鉱山に欲しいな…」
口々に感嘆の声を上げながらネッカを称賛し、彼女を恐縮させる。
そんな彼らの様子を眺めながらリーパグは、
「…オ前コノ街オン出ナクテモヨカッタンジャネーカ? ヤッテケソージャネーカ」
などともっともな事を呟いた。
「いえいえ。この街に戻ってきたのは学院を卒業したすぐ後でふから、当時のネッカにはこんな高度な呪文使えなかったでふ」
「冒険者をやっテタ意味ハちゃんトあっタト言ウ事カ」
「…はいでふ」
彼女としては失意の想いしかない冒険者生活。
だが命がけの旅をしながら腕を磨いたことが、結果的に彼女に数々の魔術を操る実力を身に着けさせたこともまた間違いではない。
そう考えてみると、当時迷惑をかけ続けたかつての仲間たちに申し訳ない気持ちを抱いてしまうネッカであった。
「トもあれここからまタ撤去作業を再開デきル! ネッカが空けた穴はそこまデ広くナイ! この通路の中専門デ運搬する要員を入れル!サアあト一息ダ!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」
クラスクが拳を突き上げ、オークとドワーフが声を合わせて雄たけびを上げそれに応えた。
ネッカが造り出した通路は天井の高さがネックとなってオークどもだと身軽に動けないためドワーフ達が入り込み、岩を運ぶ役を担う。
そしてその奥の空間、坑道の本道ではオーク達が群がるようにして我先にと岩塊を運び出してゆく。
救助活動の最前線、そのほとんどがオーク達ではあったが、クラスクはその中に数人のドワーフをあえて入れた。
救出されるドワーフ達を少しでも安心させるためだ。
そして遂に最後の岩がどかされて…
「ガーリンだ!」
「ガーリンがいたぞー!」
「生きてるか!?」
岩の下に倒れ伏していたドワーフ、ガーリンの前で膝をついたクラスクが…その鼻先に指を伸ばした。
「…息しテル! 生きテル!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「安心すルノ後! すぐイエタのトこロ連れテク! 治療すル!」
「オオ!!」
急ぎ担架を用意して、最後の一人が運ばれてゆく。
クラスクの下、もはやオークもドワーフもなく、最後の要救助者が生きていたことを喜び合っていた。
「…俺ャァサア、アーユーノハデキネエワケヨ」
そんな彼らの背中を見送りながら、最後の方はドワーフに混じって壁の補強工事を行っていたリーパグがため息をつきながら呟く。
「なんじゃ。自虐とは珍しいの」
ずっと地層と地盤と地形を計算し最善の補強と落石の除去ルートを指示し続けていたシャミルが、大きく伸びをしながら隣で呟いた。
「マーナ。自分デ何カスッコトデソノ背中デ他ノ奴ヲ動カスミテーナノハ俺ニハ無理。貫目ガ足リネーモン」
「随分と正確な自己分析じゃの」
「ウルセー! ダカラ俺ハ『言葉』ヲ磨クンダ。『態度』デ人ヲ動カス事ハデキナクテモクチデナラ動カセルカモダカラナー」
「なるほどの。まあお主にはそっちの方が向いておろうな」
「ヘヘー、ダロ?」
得意満面に胸を張るリーパグに、シャミルの口元が少しだけ緩んだ。
「ま、お主のそうした陰ながらの努力を、ちゃんと見ておる奴もおるじゃろうよ」
「ドコドコ! ドコダ!? 誰ダ!? 女カ!?」
慌ててキョロキョロあたりを見回すリーパグを、シャミルがなんとも言えぬ表情で睨みつけた。
「まったく…お主の眼は節穴じゃのう」
「褒メテンノカケナシテンノカドッチダヨー!」
「どっちもじゃ!」
ぎゃあぎゃあと喚くノームとオークの夫婦。
ともあれこれで…オルドゥスの街の落盤事故、その救助活動は完了した。
そして…その奥には古代の遺跡が控えている。




