第469話 落盤
「ツイタ! ツイタ!」
「ココダ! アソコダ!」
どやどやとオークどもが街の奥に広がるドワーフの鉱山へと雪崩込み、通路を塞ぐ落石の前に到着した。
「岩デ通路塞ガッテルナ」
「アノ岩ドケエレバイイノカ?」
「ヒトツヒトツハ一人デ運ベル大キサダナ。楽勝ダロ」
わいのわいのと口々に相談し、腕まくりしながらその落石の山に立ち向かわんとするオークども。
「阿呆! ヤメネエカ馬鹿ドモ!」
「リーパグノ兄貴!」
と、そこに少し遅れて息を切らせながらリーパグが飛び込んでくる。
道中こちらを過度に警戒する街のドワーフ達(互いの種族の軋轢を考えればむしろ当然の反応なのだが)と折衝しながら誤解を緩和しつつそれでいてオーク達の歩みを止めぬよう、柔和さと強引さとを混ぜ込んで交渉してきたのだ。
そうでなくばこのオークどもはかなり手前で足止めを食ったままだったろう。
ラオクィクほどの武才もワッフほどの実直さもないリーパグであったが、オーク族としては彼のこうした如才のなさは傑出していた。
次点で若き出世頭イェーヴフあたりが該当するだろうか。
「石ガ落チテルノハ天井ガ崩レタカラダ! 天井ハココノ奥ニモ! オ前ラノ上ニモアルンダゾ!? ソノ岩ヲドカシタ余波デオ前ラノ頭ノ上ガ崩レテキタラドースル! 俺マデ巻キ込マレルダローガ!!」
「「「ヤベー!?」」」
言われてはじめて自分たちがやろうとしてた行為の危険性に気づいたオークどもは慌ててリーパグのいるあたりまで走り戻る。
そして今この瞬間にも天井が崩れてくるような目つきで天井をギョロギョロと凝視した。
「オチネーヨ。トモカク少シ待テ。今俺ノ女房ガ…」
「ハァ、ハァ、リーパグ! 坑道の見取り図を借りてきたぞ! ひぃ、ひぃ…」
「オセーヨ!」
「はぁ、はぁ、無茶言うでないわ!! ノームの背丈と体力を考えよ! むしろ交渉して借りてくる手間を考えたらずんと早い方じゃろうが!」
息を切らしながらもリーパグへの舌鋒は鈍らない。
リーパグの妻女、ノームの学者シャミルである。
「マタヤッテル」
「コリナイナー」
「仲イイヨナ」
「「イイナー」」
「ドコガダヨ!」
「別に仲良くなぞないわーっ!」
オーク達が口々に囁く声が耳に入り、夫婦そろってツッコミ返す。
夫婦仲が良好かどうかはともかく、息が合っているのは間違いないようだ。
「ともかくこれを見んことには計画が立てられんじゃろ」
ガサガサとシャミルが羊皮紙を広げると、この坑道を真横から見た形の見取り図となっていた。
「マッスグ入ッテ来タッテ事ハ俺ラガ今イルノハココカ」
「うむ。一番上の階層じゃな。全部で五階層、それもその全てが相当深いときた。どの階層にどれだけのドワーフが閉じ込められておるのかわからんと優先度が決められんの」
二人の会話に耳を傾けつつ周りのオークどもが地図に群がり覗き込み、己に理解できる範囲で落とし込む。
この場にいるオークどもは皆リーパグが鍛えた連中であり、地図が読めるのだ。
これはミエの世界などであれば常識の範疇なのだろうが、この世界に於いてはそうではない。
地図は実際の地形を遥かに縮小した上でそれを平面に記しており、その過程で抽象化と記号化が為されている。
なんの訓練もなしにそれを読み解くことはできないのだ。
これだけでもこの場にいるオークどもが他種族が想像しているようなオーク像よりはるかに高い知能を有している事がわかる。
まあクラスク市のオークが皆こうしたことに達者であるというわけではなく、クラスクなど一部のオークを覗けば大体リーパグとシャミルに知識と知恵を叩きこまれた、リーパグ配下の連中に限られるけれど。
「シャミル様! リーパグさん! お待たせしましたでふ!」
「すまん遅れた。イエタ嬢の待機場所を確保していたのでな」
「ネッカ! サットク殿!」
「待ッテタゼー、ホレオ前ラドイタドイタ!」
周りの部下たちを追い散らし、四人で地面に広げた地図を囲む。
「落盤が起きたのはこことここ…それにここと…この辺りだ」
「成程。どの階層でも程度の差こそあれ起きているわけじゃな」
「崩落の場所が階層によってまちまちでふね…第一階層の崩落はかなり奥の方でふ」
彼らが今いる場所が第一階層…坑道の最も上、浅い場所にある坑道だ。
「一番酷いのは第二、第三階層あたりじゃな」
「でふね。ネッカ達の『目的地』でふ」
竜の巣穴たる赤蛇山の火口へと繋がる唯一の道…古代魔法都市の廃墟。
その南端の壁が地中の程近くにあるやもしれぬ、と導出されたのが第二から第三階層の坑道の一番奥だ。
「崩レタ場所ガマチマチッテノハイイコトナノカ? 悪イコトナノカ?」
「どの階層でも軒並み崩れてしもうたのはあまり良いこととは言えぬが、位置がばらばらなのは悪いことではないな。床が崩落しておらんという事じゃから」
「? …アー成程、天井モ床モマトメテ崩レテタラ一階下ノ連中ノ救助ハ絶望的カ」
「じゃな」
リーパグの台詞を小さく頷き肯定するシャミル。
クラスクほど、とまではゆかぬがリーパグもまたなかなかどうして頭の回転が速い。
「崩落の原因はなんじゃ」
「最初ニ地震ツータロー?」
「地震が起きたとして! 柔らかい地層かあったのか、地盤が緩んでおったのか、或いは偶発的な爆発事故が発生したのか、副次的な原因は色々あるじゃろうが」
「ちょっと待ってくださいでふ。調べまふ!」
ネッカは杖を片手に立ち上がり、足場と天井を確かめながら振動を起こさぬようそろりそろりと落盤のあるあたりへと近づいてゆく。
そして十分安全と思しき場所で足を止め、杖を片手に呪文の詠唱を始めた。
「展開せよ 『探知式・拾弐』 〈鉱物探知〉!」
呪文自体はなんら派手な効果を発現させぬ。
ただ彼女の視界に得られる情報が格段に増えた。
ネッカは精神を強く集中させ、天井、壁面、そして床を穴のあくほど凝視する。
「…おそらく地層でふね」
地図を囲んでいるシャミルらからやや離れた落盤近くに立ったまま、ネッカが壁の方を見つめ告げる。
「軟岩かの?」
「硬岩でふ」
「! では地域的には溶岩か火砕岩の類じゃな?」
「ちょっと待ってくれ。確かに溶岩地層はあるがむしろ頑丈な…そうか、亀裂帯か?! 鉱夫達が掘っておらぬところに亀裂帯が広がっておったのか!」
「そうなりまふね」
「ううむ、まじないというのはそこまでわかるものなのか…!」
「??? ナンノ話ダ?」
ネッカとシャミルの会話から今回の落盤事故の原因を察し、想像以上に有用なネッカの魔術に思わず唸るサットク。
そして三人の話が専門的になりすぎて理解できず首を捻るリーパグ。
「リーパグや、よく覚えておくといい。『地面』と一口に言うがそれは様々な物が積み重なってできておる。これを『堆積』と呼ぶ。たとえば木などが折り重なって腐って土になったものや、火山が噴火して流れた溶岩が冷えて固まったものなどじゃな。こうして種類の異なる『土』が積み重なってできあがったものがすなわち『地層』じゃ」
「フムフム。ナルホドナー」
以前のリーパグは背が低く戦いが得意でない事を隠すようにプライドが高く、己の過ちをなかなか認めたがらないところがあった。
まあ一言で言えば『小物』だったのだ。
だが今の彼はそれが必要な知識であれば己が無知であることを隠さぬようになっていた。
これに関してはシャミルがミエたちの前で珍しく彼を誉めたことがあったらしい。
己の無知を知りそれを認めるのは学者として…いや『学ぶもの』として非常に重要な資質なのだと彼女は知っているのだ。
「で、じゃな。その地層の内柔らかいものを軟岩と呼ぶ。つるはしなどで掘削できる地層じゃな。一方で硬くてつるはしが通らぬような地層を硬岩と呼ぶ。本来硬岩は硬いがゆえに壊れにくく、落盤などは起こしにくい地層じゃ」
「マー硬イカラ硬岩ッツーンダローシナー。デソレガ崩レテキタッテコター…ドーユーコトダ?」
「表面上は普通の硬い岩なんでふが、おそらく目の届かない地中では小さなヒビがいっぱい入ってたんでふ。『地震の前からそうだった』のか、『大きな地震のせいでそうなった』のかまではわからないでふが、ともかくそれが大きな揺れでこすり合わさって一気に崩れ、支持基盤を失った坑道の天井が崩れてきたんだと思われまふ」
「ホー、ホー…ヨクワカラン!」
「リーパグお主…」
「ヨクワカランガ、トモカク俺ラガ見エネエ土ノ中デヒビガ入ッテルカドウカハネッカ夫人ニャワカルンダナ? トリアエズソレヲ地図ニ書キ込モーゼ! ソウスリャソレヨリ手前ハ安全ニ作業デキルッツー事ダロ?」
「でふね!」
「…おお、わかっておるではないか」
こうして…オーク軍団によるドワーフの救出、という前代未聞のミッションが始まった。




