第457話 致命的な欠員
「さて…ではこの街の運命を決定するパーティーのメンバーを選抜しなければな」
クラスクの決断によりどうやって竜に挑むのかは決まったようだ。
次に必要なのはパーティーのメンバー決定、ということらしい。
「当然、俺ダ」
「まずはクラスク殿。まあ当然か」
ふむ、と呟いたキャスはそのまま片手で挙手をする。
「そういうことであれば親衛隊長である私も名乗りを上げるべきだろうな。まあそんな役職無関係に立候補するつもりだったが」
「わかっタ。助かル」
続いてキャスが名乗りを上げ、クラスクが頷いた。
「ニャ…戦士…というか魔法戦士役かニャ。いい人選だと思うニャ」
「かー! あたしも腹がこんなじゃなきゃなー!」
「右に同じくです。申し訳ありません隊長…」
髪を掻きむしって悔しがるゲルダとしょんぼり俯くエモニモ。
確かに身重の二人を連れて行くのは辛かろう。
一方でラオクィクらオーク達はなぜか名乗りを上げなかった。
まあ誰かが街を守らねばならないし、今は下町北部の他部族のオーク達の問題もある。
オーク族の誰かが残るべきなのは確かなのだが、それにしても誰も手を上げぬのは些か妙である。
「俺ハ冒険者についテハよく知らん。他にドウイウ奴が必要なんダ」
「そうだな…」
キャスが騎士団時代の付き合いを思い出しながら熟考する。
「まず戦士。これは一人のこともあれば数人いることもあるな。主な役目は武器による敵への攻撃と制約上重い鎧などを着れぬ軽装の仲間を守り庇うこと。基本的に魔力などを消耗することがないため、リソース消費のないためパーティーの基本戦力の最低値となる」
「フム」
「次に聖職者。回復呪文により仲間の体力を回復し傷を治し、また冒険中に受ける毒・病気・呪いなどの悪影響を治療し、必要に応じて補助呪文で仲間を強化する。パーティーの生命線と言っていいだろう」
「ホウ」
そう言われてクラスクが目を向けたのは当然ながらイエタであった。
「…承知しました。わたくしもこの街の聖職者である以上、この大いなる試練に抗わんとするクラスク様にご助力をするのは当然の事です」
「オオ、助かル!」
「それに…言われずとも自ら名乗り出るつもりでした」
「ム…?」
クラスクは少し不思議そうに目を細めるが、イエタの表情には暗さも陰りも迷いもない。
なのでともかく進んで参加してくれるのはいいことだと、彼はそれ以上追求しないことにした。
「次に必要なのは魔導師だな。竜には呪文が効きにくいというが、探知・味方の補助・移動手段・広範な知識など、それ以外にも魔導師がいることでパーティーの選択肢が格段に広がる。戦士が足し算の強さだとするなら魔導師は掛け算の強さだ。いるかいないかでパーティーの戦力は激変するだろう」
「「「おー」」」
そして一同の視線が…当然ながらネッカへと集まった。
「キャス様! キャス姉さま! ハードルを上げるはやめてくださいでふ!!」
涙目でそう叫んだネッカは周囲からの注目を浴びて真っ赤になって縮こまり、けれどすぐにぶんぶんと首を振って面を上げる。
「ネ、ネッカはクラ様の為ならなんでもしまふ! できまふ! あ、あの赤竜クヲクス相手だってこ、こここ怖くないでふ!!」
「「「おおおおー」」」
かくかくと足を震わせながら、けれどはっきりとそう言い放つ。
そして周囲から拍手を浴びるとすぐに首を引っ込め身を竦めた。
「無理ハすルナ」
「むむむ無理ではないでふ!! でも本音を言うとちょっとだいぶかなり怖くはありまふ!!」
彼女の反応につい口元がほころぶ面々と赤面して縮こまるネッカ。
そんな彼女を見ながら少しだけ微笑んだキャスは、咳払いして話を元に戻した。
「ここまではいい。戦士、聖職者、魔導師。全員必要以上の能力を備えた十分すぎる面子だと思う。ただ…ひとつ大きな問題がある」
「ム…?」
眉をしかめるクラスク。
これ以上ない十分に強力なメンバーだと自負していたのだが、いったいキャスは何が不満なのだろうか。
「我が町には…冒険者のパーティーとして決定的に足りない人材がある」
「それハなんダ」
「『盗族』だ」
「トウゾク…?」
クラスクが首を捻り眉をしかめた。
「泥棒の事カ?」
「違う。盗族は迷宮に挑む際に欠かせぬ『技術職』だ。通路や部屋の罠を事前に察知して解除し、鍵のかかった扉を開き、足音を立てず物陰に隠れ仲間に先行して危険を調べ上げ、敵を見つけ出し、必要なら物陰から相手の急所を刃で貫き或いは投擲し、矢で射抜く……無論魔導師が探査や調査の魔術で補うことも可能だが、魔術には魔力の消費が伴う。巻物などの魔具を作れば時間と手間と金がかかる。そうしたリソースの消費抜きに探知や探査を進めパーティーの損耗率を下げるためには盗族は必須な人材と言っていい」
「アレカ。手強イゴブリン共ノ事カ」
「そうだな。地底軍のゴブリンどもの多くは盗族だった」
「成程……大事な役目ダナ」
クラスクの納得にキャスは小さく頷き、だがその後ため息をついた。
「ああ、大事な役目だ……が、我々が助けを借りられる盗族が、この街にはいないのだ」
「なゼダ」
「『盗族ギルド』がないからだ」
「ギルド…?」
キャスの言葉にクラスクが首を捻る。
「それハ職人や商人が他の街デ作っテルアレカ。組合の事カ」
「そうだ。盗族ギルドとはいうなれば街の犯罪者たちによる犯罪者組合のことだ」
キャスは騎士出身だが元は路地裏で暮らしていた身だ。
ゆえにそうした盗族ギルドについてもそれなりに知っていた。
「掏摸、窃盗、乞食、諜報、殺人……街には多くの犯罪が渦巻いている。それを統括し牛耳っているのが盗族ギルドだ」
「ええっと…つまり悪い人たちなんですか?」
「その言い方には少々語弊があるな、ミエ姉さ…ミエ。確かに彼らは犯罪者を束ねてはいる。だがそもそもギルドの特性とはどんなものだ?」
「一般的な商人組合とか職人組合のことでいいんですよね? ええっと相互互助、仕事の斡旋、技術レベルの維持徹底、それと…非加入者に対する圧力?」
指折り数えるミエの言葉にキャスが満足そうに頷く。
「そうだ。犯罪者同士で助け合い、互いに組んで仕事をし、依頼された犯罪をこなし、犯罪の技術を学び、そして加入していない犯罪者は容赦せず始末する。まさにギルドとしての役目を全うしているだろう?」
「それすごくめいわくですよね!?」
「確かにな。だが考えてみてくれ。大都市で支配者がすべての犯罪を取り締まることは事実上不可能だ。どんなに締め付けてもそこに人型生物がいる限り犯罪はなくならない。だが盗族ギルドが存在すれば、少なくともすべての犯罪は盗族ギルドの支配下からしか起こらない」
「あ……!」
そう、ギルドの特性は同種同職の権利の主張と協力や団結であり、同時に維持管理である。
ゆえにギルドに加入していない同職の者は積極的に排除される。
ギルドの外の者を許容するということは質や目線の高さが大きく異なる者を許容するということであり、それはギルドに対する信頼の失墜に繋がりかねないからだ。
…まあそうしたお題目を言い訳に自分達だけで既得権益を独占することに汲々としている旧態依然のギルドも少なくないのだが。
ともあれ盗族ギルドにとってのギルド外の同族とは当然ながらギルドに所属していない犯罪者達だ。
彼らは盗族ギルドの縄張りを荒らす者として付け狙われ、見つかればギルドへの加入を強要される。
もし拒絶すればすみやかに始末されるだろう。
「結果街としては街の為政者は盗族ギルドさえ押さえておけば街の全ての犯罪を押さえているのと同義になるわけだ。もちろんギルドからこっそり上納金を受け取って彼らの犯罪をある程度見過ごすことも忘れない」
「あー……つまりあれですか、『必要悪』みたいな…?」
「なかなか哲学的な事を言うの」
ミエの発言にシャミルが感心したように呟く。
「まさに」
キャスがミエの言葉に我が意を得たりと頷く。
「『必要悪』とは面白い言い方だだが、まさにその通り。悪を管理するための悪の組織だ。そして…盗族というのはそのギルドで潜入や隠密、鍵開けや罠外し、軽業などの技術を学んだ者たちであり、それを犯罪ではなく冒険での一攫千金に用いる者たちの事を言う」
「なるほどー」
「犯罪組織で学んダ技術を犯罪以外に使うのカ。面白イナ」
「ああ。ただ…さっきも言った通りこの街には盗族が殆どいない」
そして……今回に限り、この街の致命的な欠陥となるその事実を告げた。
「盗族ギルドが設立され発達するには…この街は健全過ぎたのだ」
 




