第450話 物理障壁と魔術結界
「ぶ、物理的な攻撃が効かないなら魔術でなんとかするしか…?」
「それニャンだけどニャー、ある程度の年齢に達した真竜には≪魔術結界≫が発生するニャ」
「まだあるんですかー!?」
アーリの言葉に再びショックを受けるミエ。
「ええっと一応お伺いしますけどそれはどういう…」
「≪魔術結界≫は保持者が魔術の直接対象になった時、或いはなんらかの魔術の効果範囲に含まれていた時、当人に対する魔術の影響を無視する結界でふ。魔導術にもその種族特性を参考にした類似の呪文がありまふね」
「えええええええええええええええええええええ?! 呪文が効かないってことですか!?」
「効かないというか…説明が難しいでふね」
「ふむ…」
少し困惑するネッカを見ながらキャスが顎に手を当てて目を細める。
「≪魔術結界≫については翡翠騎士団の座学でもやっていたな。エモニモ、わかりやすく説明できるか」
「は、はい隊長!」
「だから隊長ではない」
椅子から立ち上がったエモニモが少しだけお腹をさすりながら言葉を選びつつ話始める。
「こう考えてみてください。戦うときには鎧を着ますよね。なぜ鎧を着るのでしょうか」
「ええっと…剣とか斧の攻撃を防ぐため…?」
「正解ですミエ様。では鎧を着たら武器による攻撃は完全に防げますか?」
「ええっと…いいえ」
「ではそれはなぜでしょうか」
「そうですね…鎧には継ぎ目がありますし、強度の問題とかもあるでしょうし、視界を確保する分目元とかも空いてるでしょうし、鎧の種類によって攻撃を防げる箇所が増えてるだけで完全に体を覆ってるわけではない…から?」
「はい。大正解です。素晴らしいですね。うちの隊員たちにも聞かせてやりたい模範解答です」
「えへへー…」
エモニモに褒められて頭を掻いて照れるミエ。
エモニモの方もどこかかつて隊員たちに教えていた教師的な口調に戻っているようだ。
「≪魔術結界≫というのは、いわば魔術に対する鎧と考えて下さい。全身を覆い、多くの魔術を弾いてくれますが、完全に防いでくれるわけではありません。精度の高い魔術や結界の継ぎ目などを狙われれば魔術が効くこともあるわけです」
「あー、あーあーあーあ…わかりやすい!」
「そうそうそれでふ」
ミエが快哉を叫び、ネッカが我が意を得たりと頷く。
「なるほど物理的な鎧に例えるのはちょっと思いつかなかったでふが、だいたいその理解で合ってまふ。魔術を防ぐ盾や鎧のようなものでふね」
「てことは魔術が効くこともあるわけですね」
「そうニャ。そうなんニャけど…問題はそこじゃないニャ」
「ふぇ?」
アーリの言葉の意味が分からず、ミエが首を捻る。
「実力のない術師が使った呪文はほぼ無効化、熟達した術師の呪文でも≪魔術結界≫によってその多くが通用しせず弾かれるニャ。それが何を意味するかわかるかニャ? 向こうに先手を取らせたらそれこそ息のひと噴きで村が滅ぶ相手に、呪文が効かニャイかもしれないリスクなんて抱えてたら術師が参加したがらないニャ」
「あー……」
この世界の魔術はとても便利で強力だ。
その術師達が好んで参加したがらないとなれば兵士や戦士たちの力押しが主体となる。
だがその場合威嚇されただけで村全体が恐怖で凍り付き、村ひとつをひと息で全滅させる炎を吐いて、どんな武器の攻撃もその身体の手前で弾き返し、仮にそれを抜けたとて鋼より硬い鱗に護られている、そんな圧倒的な相手に対し果たして勝ち目があるのだろうか。
「で、でも効く事もあるんですよね? 今までにいなかったんですか? その…勇気あるすごい魔導師さんとか…」
「ミエ、魔導師になるのことは大変ニャ。他の術師と違って魔導学院で学ぶ必要があるからニャ。知識も素質もそうニャけどなによりお金がかかるニャ。簡単に言えば…魔導師になる連中は全員損得勘定ができる理性の持ち主ってことニャ」
そう言いながらアーリはこの国の誇る宮廷魔導士をジト目で見つめる。
「まあ例外もいるけどニャ」
「ああっ! なにか視線が痛いでふ!」
「褒めてるニャ」
きょとんとするネッカをよそにアーリが続ける。
「それにそもそも魔導師が真竜…というかあの赤蛇山のあるじと戦いたがらニャイのは単に呪文が効きにくいからってだけじゃないニャ」
「え? 違うんですか?」
「アレに知能でも魔導術でも敵わないからニャ」
「………………………?」
アーリの言葉が最初よく呑み込めなかったミエは、やがて眼を大きく見開いて口をあんぐりと開けた。
「ふぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
その衝撃はミエだけでなく、オーク達やゲルダあたりも同様に受けたようだ。
「え? なに? あいつそんなに頭いいのか?」
「はいでふゲルダ様。卵から生まれたての真竜でも既に人間族の平均的な成人程度の知性は備えてると言われてまふ。年経た竜であればエルフの賢人並かそれ以上と言われてまふね」
「うへえ。単に力がつええだけならともかく頭がよくてつええ奴とはやり合いたくねえなあ」
ゲルダの実体験からくるらしき述懐にオーク達がぶんぶんぶんと首を縦に激しく振って同意を示す。
「頭がいいってのは単に知的に戦え賢く立ち回れるってだけの意味じゃないニャ」
「他になにがあんだよ」
「真竜は財宝が大好きニャ。財宝を集めて巣穴に貯めこんでその上で寝転ぶのが趣味ニャ」
「おー…せれぶ」
「悪趣味っつーんだよ!」
「おー…あくしゅみせれぶ」
「あーそれならまあ…」
「寝心地悪くないですかねそれ」
サフィナ、ゲルダ、それにミエの初期組が口々に感想を言い合う中、これまた初期組のシャミルが頭を掻いて説明する。
「ドワーフ族とノーム族の共同研究によれば真竜は年経るごとに財宝への欲望が強くなると言われておる。だいたい五十年くらい生きた若竜からその萌芽が始まり、己だけの財宝を集めたいと欲求に駆られるそうじゃ。竜が親の巣穴から巣立つのもその時期が多いゆえ竜の巣立ちを促す本能的な意味もあるんじゃろ」
「「「おおお~~~~~」」」
感心するミエ、ゲルダ、サフィナ、そしてアーリ。
「ってお前も感心すんのかよ!」
「年齢で変化する話は知らなったニャ! ともかく竜は財宝を集めるニャ。高価な財宝を各国や種族から奪ったりもするニャ。『赤蛇山のあるじ』レベルの古老だと奪った宝物の中には国宝なんかもあるはずニャ」
「こくほう!」
聞き覚えのある単語にミエが思わず反応してしまう。
「国宝ってことは…とてもお高かったり…?」
「金の問題じゃないニャ。国の宝ってことは当然ほぼ例外なく超強力な魔具ニャ」
「あー…!」
言われてはじめてミエは思い当たった。
彼女のイメージする国宝はその国を象徴する記念品や工芸品だったけれど、この世界なら当然魔法の品であってもおかしくない。
それも国の宝レベルとなると相当に強力な代物だろう。
「あやつが各種族から奪ったものの中には神具もあると聞くからのう」
「えるさへぐす…? なんですシャミルさんそれ」
ミエが初めて聞く単語に眉根を寄せる。
「おー…かみさまがつくったまぐまぐ。うちの森のもとられてる」
「ふぇっ!?」
珍しいサフィナからの説明にミエが飛び上がる。
それは確かに人型生物が魔法を込めてアイテムを作るのだから神様だってできるだろう。
それにしてもそんなものが現実に存在するとは…ミエは改めてこの世界に戦慄した。
「ニャ、西森の神具って奪われてたのかニャ!」
「おー…そういえば森のそとではひみつだった。みんなひみつ」
「はーい!」
「えっらいこと聞いちゃった気がするニャー…?」
冷や汗を流しながらアーリが呟く。
西森のエルフと言えば世界樹の守護者であり、エルフ族の中でも相当に高位かつ強力、そして排他的な存在として有名だ。
その秘密を聞いてしまった以上、最悪命を狙われたり命に係わる呪詛を受けても不思議ではない。
「と、とにかくニャ! たくさんの財宝に希少な魔具や神具を満載した竜の巣は一攫千金を狙う冒険者たちの格好の獲物ニャ。これまで数多の冒険者達があの竜に挑んで…そして帰って来なかったニャ」
「ええと話の流れからすると竜がとてもかしこいから冒険者さん達を出し抜けたみたいな…?」
「それもあるけどニャ。頭がいいってことは魔具の使い方も理解できるってことニャ」
「あ…ああー!?」
ミエはアーリが言わんとしていることを理解し大きな声を上げる。
「そうニャ。竜が貯めこんだ魔具や神具をただの冒険者の餌、その場に転がすコレクションで終わらせるはずがないニャ。そいつらを有効に活用して巣穴への侵入を防ごうとするニャ。魔導術には魔法の品の鑑定や使い方を調べる呪文もあるんニャから当然の話ニャ。相手の『頭がいい』ってのは、つまりそういうことニャ」




