第449話 ドラゴンとドレイク
「ちょっと待ってくださいちょっと待ってください! え? トカゲってあの尻尾が切れる日向ぼっこしてるのトカゲですか!?」
「ニャ」
短い語尾のみだが、アーリがそれを肯定しているのが語調で分かる。
「でも! だって! 四脚で歩いてるのに手から発達した羽があって! 空飛んで! しかも火も吐くんですよね!? 本当にトカゲなんですか?」
「元は爬虫類かもしれないでふが、ミエ様の仰る通り魔術的特性を備えてまふので、厳密に分類するなら『魔獣』になりまふね…。でふがはいでふ。竜種ではないでふ」
ミエがまくし立てた疑問にネッカが丁寧に答える。
「ふえ? えええええ? でもなんだってそんな…?」
「ある魔導師の研究によれば、元々ドレイクはドラゴンの姿を真似て自らの身を守るよう進化したトカゲだったそうでふ」
「あー、要は擬態ってやつですか」
「はいでふ。しかしよくご存じでふねミエ様」
「まあそれくらいは……うん?」
そこまで言い差してミエがぴたりと動きを止める。
頭の中で今のやり取りの何かがひっかかっている。
ぽくぽくぽくと木魚の音が響いた。
そしてしばらくして…目を大きく見開いてぽんと手を叩いた。
「あー! あー! あー! そうか! 『世界記憶』!」
「あーびっくりした。なんだよ突然」
ミエが突然出した大声にゲルダが片耳を抑えながらぼやく
「ほらあれですよあれ! 武器が魔法の武器になるやつ!」
「あー…人の想いが武器に宿って魔法の武器になんちゃら…って奴だっけ?」
知識系の話に関してはだいぶ怪しいゲルダだが、さすがに戦闘や武器に関しての事なら興味があるせいかうろ覚えながらも覚えているようだ。
「そうそうそれです! だから擬態…ええっと見た目をドラゴンそっくりにしたドレイクさんをみんながドラゴンだと思い込んで怖がるからその想いが世界に蓄積されてって…!」
「あ…あー! 見た目だけじゃなくて性能までドラゴンっぽくなっちまったってことか!?」
「正解でふ」
互いに指さし合い興奮するミエとゲルダが出した結論をネッカが肯定する。
「その結果彼らの鱗は硬くなり、見た目を真似た形だけの羽は空を飛べるほど強靭になり、その体内には炎を吐ける疑似竜袋が生まれたでふ」
「そうして連中は我が物顔に暴れるようになったニャ」
「「へえええええええええええええええええええええええええ!」」
「おー…」
ミエとゲルダとサフィナが目を大きく見開いて感嘆の声を上げる。
だいぶ以前に似たような事をやっていたような。
「すっごいですね世界記憶!」
「はいでふ。だから彼らの事を『真竜』に対して『偽竜』と呼ぶんでふ」
「「へえええええええええええええええええええええええええ!」」
「おー…にせもの」
「まあそこらへんの理屈はよく知らニャかったけども…」
えふん、と咳払いなのかえづいてるのかよくわからないような音を発してアーリが話を継いだ。
「大事ニャのは真竜と偽竜ではその強さに天と地ほどの差があるってことニャ」
「そんなに違ウのカ」
「違うニャ」
戦うと宣言した当のクラスクの問いかけに、アーリは呆れた声で返す。
「まず真竜には≪畏怖たるその身≫があるニャ。上空を飛ばれたりその咆哮を聞いただけで皆恐怖で凝り固まって指先一つさえ動かせなくなっていいように殺されるニャ」
「前も言ってましたけど…とんでもないですね」
「そして鋼の鎧すら軽く噛み砕き人型生物をひと飲みにする牙と口、地面を引っ掻くだけで軌道上にいた相手を鋼鉄の鎧ごとなます切りにする強靭な爪、鞭のようにしなり丸太より太い巨大な尻尾…あとは単に倒れこむだけでもその巨体と硬度と重量で巨人族すら押しつぶす武器になるニャ」
「ヒエ…ッ」
アーリの臨場感ある説明にリーパグが思わず小さく悲鳴を上げる。
「さらにはその尻尾は振り回すだけで軍隊規模の連中をまとめて薙ぎ払うことも可能ニャし、その翼をひと打ちするだけで周囲に群がる相手をまとめて突風で吹き飛ばすことも可能ニャ。翼についてる鉤爪で相手を掻き殺し、或いは握り潰す事もできるニャ」
「握りつぶされるのはあまりいい死に方とは言えないですね…」
「いい死に方ってなんだよエモニモ。傭兵は泥を啜ってでも生き残れってのが鉄則だぞ」
「傭兵ではないですが…後半に関しては同意です」
ゲルダとエモニモが軽く囁き交わし、その様子を見ながらキャスが少しだけ嬉しそうに笑う。
「そして『竜の吐息』ニャ。真竜には竜袋と呼ばれる器官が体内にあって、そこに元素を貯めこんで口から吐き出すことができるニャ。効果範囲は竜が成長するに連れて大きくなって…まああの赤竜ニャら小さな村一つ程度ひと吐きで全滅ニャ」
「ええと、要は炎を吐くってことですよね?」
「炎とは限らないニャ」
「ふぇ…?」
「例えば寒冷地に住む白竜なら吐くのは凍気ニャ。まあ今回のイクスク・ヴェクヲクスは赤竜ニャから炎で合ってるニャけど」
「へー、へー、ドラゴンにも色々いるんですねえ」
「ニャ。ちなみにその竜が司る吐息と同じ属性は竜には完全無効ニャ」
「ふぇ…? じゃあどんなに炎で焼いても平気ってことですか…」
「そうニャ。そもそもそうでもニャければ火山の火口を住処にしたりしないニャ」
「火山の火口!?」
「ニャ」
ミエの言葉に頷くアーリを見ながら、クラスクが円卓をトントンと指で叩く。
「要ハ殺せバイイ」
「そうだニャ。殺せればニャ」
腰に手を当てたアーリが、真竜のさらなる恐ろしさを告げる。
「まずある程度年経た真竜はその身が≪物理障壁≫で覆われるようになるニャ」
「ぶつり…しょうへき…?」
「ニャ。簡単に言えば精霊魔術の〈土の鎧〉とか魔導術の〈岩肌〉みたいニャ防壁を全身に張り巡らせてるニャ。攻撃しようとしても竜の身体に届く前に攻撃が弾かれちゃうニャ」
「え…魔術を使ってですか…?」
「うんニャ。生来の能力ニャ」
「「「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」」」
アーリの言葉に一堂が愕然とする。
動揺していないのはキャスやエモニモ、それにシャミルとネッカくらいだろうか。
「〈岩肌〉ッテアレダロ!? ネッカガ俺ラニカケテクレタ奴ダロ!?」
「スッゴイ硬カッタダ! 助カッタダ!」
「アレヲ…素デ纏ッテイルノカ…?!」
リーパグとワッフがわたわたと動揺し、ラオクィクが冷や汗を流し緊張する。
「それハドレダケ叩けバ消えルンダ」
「消えないニャクラスク。ずっと覆われたまんまだニャ」
「「「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」」」
〈土の鎧〉も〈岩肌〉も非常に強力な防御術で、前者はキャスとクラスクが相手に使われて大苦戦し、後者は地底軍の襲来の折ネッカによって味方の隊長格全員に付与され、その身を大いに援けた。
特にラオクィク・ゲルダ・エモニモの三人は〈岩肌〉の助けがなくば前族長との戦いに無残に敗れ、殺され、或いは犯されていたはずだ。
「ダガ〈岩肌〉ト同ジッテ事ハ思イっきり叩けば攻撃は通ルのカ?」
「ニャ。クラスクの言う通り≪物理障壁≫が提供するのはあくまでダメージの軽減ニャ。怪力のオークが全力で殴れば突破できるかもしれないニャ」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」
「ただし問題はその先ニャ。今のはあくまで竜の全身に張り巡らされた障壁の話ニャ。それを突破できても…その先に待ってるのは強靭な竜の鱗ニャ。竜の鱗は鋼よりもミスリルよりも硬いとされてるニャ。全力で斧を振るって物理障壁をなんとか抜けたとして、軽減されたヘロヘロの武器の攻撃ニャんて竜の鱗には欠片も効かニャイニャ」
「うげ…強いのはまだしも攻撃が効かねえのはちょっと勘弁だなあ」
アーリの説明にゲルダがぼやき、ラオクィクらオーク戦士一同がぶんぶんぶんと幾度も顔を縦に振って同意した。
「それってつまり…武器が効かないってことですか?」
「まあ大体の戦いに於いてそうだったらしいニャ。そのあたりはシャミルの方が詳しいんじゃないかニャ」
「うむ。幾度も幾十度も竜討伐の冒険者や軍隊がきゃつに挑んだが、そのほとんどはアレに傷一つ付けられないまま死んでおるようじゃな」
なんととんでもない相手なのだろうか。
ミエならずともその場にいた一同が戦慄した。
ただ…クラスクは、クラスクだけは、アーリの言葉を聞いても一切怯える様子も物怖じする様子も見せなかったけれど。