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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク 第八章 平穏、そして激震
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第445話 空の王者

足場たる飛竜ワイヴァーンがバランスを崩し落下を始めたことでその身をぐらつかせるクラスク。

その隙を突いて背後から襲い掛かり必殺の毒針を打ち込まんとする二匹の飛竜ワイヴァーン


だが襲撃される側に予期された攻撃は必殺とはなり得ない。


得意の空中戦、二体以上による同時攻撃。

互いに相手に邪魔にならぬ、それでいてクラスクからの反撃を食らいにくい、遠くからのリーチある一撃。

となればその初撃は彼らの最も得意とする尾棘の毒針であるべきだ。


クラスクは大きく上体を逸らしつつ首をぐりんと返し己に迫る毒針を凝視した。

一本の毒針を首の動きだけで避けるが、残りの一本が右のこめかみを掠らんとする。


突然、クラスクの目の前でその毒針が進路を変えた。

イエタが唱えた呪文〈領域(ゥミュツォルト)信心の楯(フシューヒラウフト)〉の効果である。


クラスクは先ほどの尾撃をかわした際、己の身の回りに彼女が唱えたなんらかの守りの力があること、そして自分の肌からどれくらいの距離、どれほどの力でその『押し返す力』が働いているのかを肌で感じ、学習していた。

自分に体の端に当たるくらいの攻撃ならギリギリ脇に逸れる、と。


だがたとえ頭でわかってはいても致死性の猛毒を有した毒針である。

さらに今は足場たる飛竜ワイヴァーンが意識を失い地表に落下しかねない緊急事態の真っただ中で、その呪文効果も説明を受けたものではなく、つい先刻肌で体感しただけだ。


逸れるだろうと当たりがついたとして、果たしてどれだけの人間がそのままでは己に命中するであろう角度でその毒針を待ち受けようとするだろうか。



戦場に於いては瞬時の判断の誤りが死を招く。

仮にその判断が正しかったとて、決断に迷っていれば命を危険に晒す。

そしてもしその決断が核心をついていたとしても、それを信じ切り身を任せる胆力がなくば、やはり対手に後れを取ってしまう。



クラスクの戦士としての強さは、その的確な判断力と即座の決断力、そしてその決断に己の全てを委ねることのできる豪胆さにあると言っていい。



クラスクの右側頭部ギリギリを突き抜けた飛竜ワイヴァーンの尾棘。

ギリギリまで引き付けたそれを、クラスクは今度こそがっしと左手で掴む。

驚き慌てた飛竜ワイヴァーンはすぐに離脱しようとするが、もう遅い。


新たな足がかり…今は手がかりか…を得たクラスクは、意識を失った飛竜ワイヴァーンの背を蹴って新たな飛竜ワイヴァーンの尾にぶら下がりながら、もう一匹の尻尾…己の横を通り過ぎて行った…をその中ほどから右手の斧で切って落とした。


あまりの早業に仰天し、直後に続く激痛に呻く飛竜ワイヴァーン

だが当然ながらクラスクの攻撃はそれで終わらない。

いや、正確には彼の斧に宿った呪詛が終わらせてくれない。


飛竜ワイヴァーンの尾の切断部からたちまち血が迸り、宙で弧を描きながらクラスクの斧へと呑み込まれてゆく。

明らかに自然の出血より多い。


先ほどと同じである。

まるで離れた場所からその斧が傷口から血を啜り取っているかのように、みるみるその飛竜ワイヴァーンの体内から血を奪ってゆく。


もちろんクラスクの暴威を彼が掴まりぶら下がっている飛竜ワイヴァーンが放っておくわけがない。

尾のすぐ上には彼の前脚があるし、尾を持ち上げればそのまま噛みつくことだってできるはずだ。

ならなぜ彼はその人型生物フェインミューブを攻撃しないのだろうか。



答えは単純、彼が重いのだ。



元々オーク族は人型生物フェインミューブの中では大柄な方で。平均的な人型生物フェインミューブと小型の巨人族ズームスの間くらいの背丈がある。

そのうえクラスクはミエの≪応援≫の彼専用の固有効果によりステータス還元の恩恵を受けており、並のオーク達より遥かに増し増した耐久度がその体躯をさらに肥大化させている。


いわばその飛竜ワイヴァーンは尻尾の先に巨大な重りをぶら下げているようなものなのだ。

必死に彼を振り払おうと暴れるが、せいぜいその尾がぶらぶらと大きく揺れる程度で、むしろ自らが落下せぬように羽ばたくので精一杯なのである。


まあ飛行生物として考えればクラスクほどの重量をぶら下げたまま未だ空を飛んでいられるだけで十分驚きなのだけれど。


ともあれそんなわけでクラスクは飛竜ワイヴァーンに邪魔されることなく悠々とその斧に鮮血を啜らせる。

先ほどの尾の先端とは違い、より大きな切り口からはより大量の血が漏れ出て、そのせいで急激に失血したその飛竜ワイヴァーンは、みるみる意識が遠のいてゆく。


それを見計らったように、左手一本で己の全体重を支えていたクラスクは空中でゴム毬のようにぐぐ、とその身を大きく丸めた。

そして己をぶら下げた飛竜ワイヴァーンがその尾を大きく揺らした瞬間を見計らい、手足を一気に伸ばして己の斧に血を吸わせたその飛竜ワイヴァーンに特大の飛び蹴りをぶちかます。


失血で意識が朦朧としているところに横からとんでもない衝撃を喰らったその飛竜ワイヴァーンは、悲鳴を上げながら地表へと落ちてゆく。

明滅した意識はすぐに回復し、我に返った彼は慌ててその身を立て直し揚力を得ようとしたが……一瞬遅い。


大きく一回羽ばたいたところでそのまま崖の壁面へと叩きつけられた彼は。呻くような叫びを上げたるとそのまま転げ落ちるようにして崖下へと消えた。


手傷を負った飛竜ワイヴァーンを始末したクラスクは、先刻の蹴りの勢いで逆方向へと大きく振れると尻尾を掴んだままその飛竜ワイヴァーンの上に着地する。

これ以上好きにはさせじと暴れまくる飛竜ワイヴァーン

左手には尻尾、右手には斧を掴んだままのクラスクは、その背にしっかり掴まることができず翻弄される。


己が背の緑の人型生物フェインミューブの体勢が不安定な事に気づき、好機と見てますます暴れる飛竜ワイヴァーン

だがそのせいで他の飛竜ワイヴァーンどもは彼に近寄れず遠巻きに威嚇する事しかできなかった。



…が、それこそがクラスクの狙い。

暴れる飛竜ワイヴァーンの上で素早く視線を巡らせ、他の連中の動きをしっかと見定める。


「…ここダナ」


ぼそり、と呟いたクラスクは、あろうことか己の生命線である斧を軽く宙に放った。

クラスクのすぐ脇でゆっくりと回転する彼の愛斧。


そして自由になった彼の右手は目の前にある飛竜ワイヴァーンの首へと伸ばされ、万力のような剛腕できゅっと締め上げる。

一瞬の早業とあまりの怪力に飛竜ワイヴァーンの意識が一瞬飛ばされ、その刹那だけ足場の揺れが収まった。


すぐに右手を伸ばし、宙を回転しながら少しずつ己と離れてゆく愛斧を掴まんとするクラスク。

一回取り損ねてぎょっと目を見開くが、そのまま薬指と中指でとんと斧を上に弾き、さらに一回転した斧の柄を今度こそがっしと引っ掴む。



大・(ヴェオラ)(クィポ)・放(クライカ)!」



そして…叫ぶ。

その斧に集めた血を解放する合言葉ギネムウィルを。


前回は操り人形と化したエルフを幾人も斬って貯めた血のストックだが、今回は大型の飛竜ワイヴァーンの、それも二匹から限界ギリギリまで血を啜った。

これで十分足りるはずである。


クラスクの背後、その宙空に巨大な紅蓮の斧が生成される。

彼が持つ斧から溢れ出た血潮が形を成した禍々しい斬死の斧だ。


そして遠くから彼を威嚇している飛竜ワイヴァーンども…それが今この瞬間、この角度でのみ、ただ一匹を除いて奇麗に五匹、横一直線に並んでいた。

その瞬間をこそ…クラスクは待っていたのだ。


ぶうん、とクラスクが斧を振るった。

目の前の飛竜ワイヴァーンの首を跳ね飛ばす大ぶりの一撃だ。

それは同時に彼の背後にあった巨大な血斧けつふを前方へと放ち、飛竜ワイヴァーンどもの羽を、胴を、脚を次々に切り裂いて、断末魔の連鎖を響かせた。


負った傷はそれぞれバラバラなれど、そのいずれもが飛行を維持することが困難な程には重傷で、飛竜ワイヴァーンどもは悲鳴を上げながら次々に落下してゆく。


そんな中クラスクは、その落ちる飛竜ワイヴァーンどもを一匹、二匹と空中で足場にし、最後にひときわ大きく跳躍すると、唯一被害を免れ慌てて逃げようとしていた最後の飛竜ワイヴァーンの羽へとしがみついた。


「逃がすカ、阿呆メ」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!?」


羽を掴まれ羽ばたくこともできず、その飛竜ワイヴァーンはクラスクごと錐揉み状に落下してゆく。

地表がみるみる近づいて、竜種ともあろう者がなんとも情けない悲鳴を上げた。


が、地表…崖下の岩場へと激突する寸前、ほんの30ウィールブ(約27m)手前で、クラスクが突如その羽を解放した。

大慌てて皮膜を広げ、ギリギリ地上数ウィーブルのところで急制動し墜死を免れる飛竜ワイヴァーン



だがその背中には、既にクラスクの姿はない。



ほんの少し前、飛竜ワイヴァーンが地表へと墜落せんとした寸前、その落下予測地点に凄まじい勢いで走りこむ黒い流星があった。

クラスクの愛馬うまそう(キートク・フクィル)である。


彼は先刻崖下に転げ落ち呻きながら立ち上がろうとした飛竜ワイヴァーンの頭を踏みつぶし、それに気づくこともなく猛然と速度を上げ、主人の元へと馳せ急ぐ。

そしてクラスクがその飛竜ワイヴァーンの羽を解放し、飛竜ワイヴァーンが羽を広げ急制動をかけたその瞬間…そこから飛び降りたクラスクと一瞬交差した。


宙空、一閃。


一息ついて完全に油断したその飛竜ワイヴァーンの首を跳ね飛ばしたクラスクは、己の横を爆速で駆け抜ける己の愛馬に必死に手を伸ばし、地面に叩きつけられる寸前、その中指をうまそう(キートク・フクィル)の鞍に引っ掛ける。


そのまま疾走するうまそう(キートク・フクィル)の脇にしがみついたクラスクは…やがて腹ばいのまま愛馬の背に移動して、ゆっくりと鞍に跨り直した。

主人の安全を確認し、徐々に歩調を緩めるうまそう(キートク・フクィル)



彼の頭をぽんぽんと叩き労をねぎらったクラスクは…己の斧で肩を叩きながら呟いた。




「さテ、コルキの方は終わっタかな」






愛馬に鞭打つこともなく馬首を返し、先刻サットクが襲われた場所へと駆け戻るクラスク。

彼の背後には…飛竜ワイヴァーンどもの死骸が死屍累々と積みあがっていた。






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