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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク 第八章 平穏、そして激震
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第419話 広がるスイーツ

さて一気に市民権を得た『ケーキ屋さん(ヴェサットラオ)・トニア』とそのスイーツたちだったけれど、その出現と隆盛によって他の料理店も少なからぬ影響を受けた。


まず改装によってレストラン街と生まれ変わった通りは、ケーキ屋さん(ヴェサットラオ)・トニアのあおりを受けて一時的にその客足を減らしてしまった。

だが彼らはむしろケーキ屋に集まる行列を好機とみなし様々な工夫を凝らすようになっていった。


行列の長さは時間帯によって変わる。

列が長すぎる時は己の店先まで伸びてくる彼らに対し、こちらの店で一服していっては? と休憩所代わりに自分達の店を提供し始めたのだ。


次に客足が落ちて大変だと訴えられた市長夫人ミエが一計を案じ、彼らの店とケーキ屋さん(ヴェサットラオ)・トニアの間に契約を交わしてもらい、喫茶店やレストランにトニアの店のケーキを卸してもらうようにして、それを彼らの店のメニューとして提供してもらうようにした。

これが実に大ヒットとなる。


なにせお土産として持って帰りたいわけではなく、ただケーキを食べたいだけならレストラン街のどの店に行ってもいいわけだ。

ミエのアイデアによりお出しするケーキは店ごとにバリエーションを持たせたため食べたいケーキによって行く店も変わる。

いろんな種類のケーキを食べたいとなれば毎回違う店に行かねばならぬ。


そしてケーキだけ頼むのもなんだから…とついでに頼んだその店の名物料理に目を丸くして、その後は普通にその店の行きつけになってくれたりする者も少なくなかったのだ。


こうして店舗を持つ食堂たちは大いに潤ったのだが、困ったのは屋台売りの店たちである。

屋台で売っている食べ物は昼食以外にも間食としての側面も強く、その需要をごっそりとケーキ屋さん(ヴェサットラオ)に奪われた格好になってしまったからだ。


まさにあちらを立てればこちらが立たず。

再び泣きつかれたミエは困惑し腕を組んで考え込んだ。


「ええっと…つまり屋台ですぐに、かつ簡単に作れるスイーツで、数量も確保できて、それでいて美味しいものがあればいいんですよね?」

「そんなものがあるならとっくにやっておるじゃろ」

「ではクレープを作りましょう」

「あるんかい」


クレープ生地ならクラスク市の地元で取れる材料だけで安く大量に確保できるし、一度に必要な生地の量も少しで済む。

これに果物とクリームを巻くだけで簡単に美味しいスイーツになるし、屋外でも蓄熱池エガナレシル(フォース)熱器(・ルーサイモル)があれば調理も簡単だ。


ミエに頼まれたアーリとシャミルは複数の手回し式(グローエン)遠心分離機(・トヴェルシル)を造り『クリーム屋』としてアーリンツ商会の一角に店舗を設置。

これによりこの街の戸籍を持っている者は使用料さえ払えば自前の牛乳から簡単にクリームを作れるようになった。


こうして屋台の店主たちは牛乳や果物をはじめとする材料を卸売市場から仕入れて、毎朝クリーム屋でクリームを造り、新たなスイーツ、クレープとして売り出す事となった。

この際適切な熱源を確保するために蓄熱池エガナレシルが必要となって、冷蔵庫が大量に売れたのもミエの思惑通りである。


…この世界にもクレープに似た料理は存在する。

共通語ギンニムの大元となった北方語ミルスフォルムが主言語の国々では気候が寒暖で、また土地が痩せていることが多く、麦の育ちが悪い地域も少なくない。

そうした地域では麦の代わりにより貧しい土地でも育つ穀物を育てることとなる。

『ナーロス』『トゼルア』『ダックキィフォース』などがそれに当たり、ミエの世界で言うならそれぞれひえあわ、そして蕎麦そばなどに類する穀物たちだ。

ミエの世界であればまとめて『雑穀』と呼ばれている事も多い。


地元の者達はこれらをそのまま食すことはせず、これらの穀物をまとめて砕いて粉にして水で溶いて焼いて食べる。

これをゼアロットと呼ぶ。

いわばクレープの原型である。

これまたミエの世界で言えばそば粉で作るガレットに当たるものだろうか。


ただこれは北方の貧しい地域の者にとってはいわば主食であり、それ以外の地域の者にとっては間に合わせの食料、あるいは飢饉の際の救荒食料としての認識が強い。

ゆえにそれをわざわざ小麦粉で作ってしかもスイーツに仕立てようという発想がなかったのだ。



この新たなスイーツ、クレープもまた驚くほどの人気を博した。



なんといってもお手軽だし、それに安い。

目の前で作るのがいい客寄せにもなる。

たちまち屋台の多くがクレープ屋に鞍替えし、一時期この街の名物だった肉串が手に入らなくなるほどであった。


このクレープと、その目の前で焼けるというパフォーマンスは、やがてレストランや酒場などにも取り入れられてゆく。


まずレストランはクレープを焼いて、クリームの代わりにこれまたこの街の名産である肉や野菜を挟んでお出しするようにした。

これがまた美味しいと評判になり、真似する店が続出する。


さらに酒場などにまでクレープが進出し、注文を受けると客のテーブルに(フォース)熱器(・ルーサイモル)と鉄板を持って行き、クレープの生地を焼くとその上に酒を振り撒き、そこに着火して燃やす、というパフォーマンスを開始した。


酒が鉄板に熱せられアルコールが気化し、そこに火をつけて燃やすわけだ。

この街では今や蒸留酒が盛んに作られ、アルコール度数の高い酒も多い。

それら使えばこうした派手な演出も可能になるわけである。


酒によって異なる炎の色を楽しみながら、それが消えれば酒気が飛んで酒の味と香りだけが残ったクレープができる。

それを皿に取り分け、溶けたチーズなどを乗せて食べるのだ。



それらからさらに一歩進んで、遂に何の具も乗っていないクレープまで登場した。



クレープ生地を複数焼いて重ね、そこに蜂蜜と砂糖だけをまぶして四つに折り畳み、フォークとナイフで食べるのだ。

いわゆるプレーンと呼ばれる食べ方である。


ミエは少し目を離した隙に瞬く間に進化するそれらクレープの流行に目を丸くした。



…が、これはミエの認識が少し間違っている。



そもそも()()()()なのだ。

そば粉で作られたガレットから素のクレープが生まれ、

そこから酒のクレープ(クレープ・シュゼット)塩味のクレープ(クレープ・サレ)砂糖味のクレープ(クレープ・シュクレ)などに派生していった。


そこからさらにアイスや生クリーム、チョコソースなどをふんだんに用い完全なスイーツとして成立するのはむしろ彼女の故国に於いてであり、進化の過程としてはだいぶ最後の方なのである。



ミエがその最終形を真っ先に提示してしまったため、むしろ逆進化してしまったわけだ。




×         ×         ×




「…まあなんにせよ街が活気づくのはいいことだ」

「キャスさんにそう言っていただけると心強いですね」

「肉料理の屋台が急減したのでそこがちょっとだけ困りものだったでふ。最近また戻ってきたでふが」

「そこのところはほんっとーに申し訳ありません! まさかあんな受けるだなんて思わなくって…」


横で服を脱いでいるネッカにミエが謝罪する。

そして万歳した状態のままおぶおぶと苦戦しているネッカの脱衣を慌てて手伝った。


「確かに甘いものはいい。私自身そうした嗜好があるとは思わなかった」

「女の子はみんな甘いものが好きですからねー」

「ネッカも嫌いではないでふ。全部が全部甘いものばかりでふと困りまふが」


いそいそと下着姿になった三人は胸を隠しながらベッドに上がる。

そこには彼女たちの夫が今か今かと待ち構えていた。


「甘イ酒、甘イ菓子。悪くナイ取り合わせダ」

「そうですね。私も好きですよ」

「知っテル」


かつてのミエは酒を全く飲まなかった。

まあ病弱以前に当時の彼女は未成年だったのだから当たり前だが。


けれどこの世界では未成年が酒を飲んではいけないという法律もなく、ミエも付き合いから多少は酒を嗜むようになったのだ。


「さて…と」

「ム?」


ミエと話している内にいつの間にやらキャスとネッカがクラスクの左右に回り込み、クラスクの両腕に抱き着いてその身を拘束する。


「旦那様の力なら簡単に振りほどけちゃうでしょうけど、ネッカさんとキャスさんを強引に振り払うことはできないでしょう?」

「申し訳ありませんクラ様!(ぎゅむー」

「く…二人ほど胸がないのが申し訳ないが…!(ぎゅうう」

「ぐ、ぐヌー」


いかにも苦戦しているような声を上げるクラスク。

ただ若干棒読みだ。

どう考えても御褒美でしかないからである。


「では旦那様御覚悟! 今日こそ目にもの見せて上げます!」

「ミエ姉様! 今のうちに!」

「ミエ様頑張ってくださいでふ!」

「ハイ! ()()()()()()()()()()()!」



ミエのすっかり強力になった≪応援≫が、発動した。



「わかっタ。俺、ガンバル…(ゴゴゴゴゴゴゴゴ」

「「「あ……」」」



そして当然のことながら、それはクラスクにも存分に適用されたのだった。



「ミエに励まされるとやる気になるのはいいのだがっ!」

「クラ様まですっごいやる気になってまふー!?」

「ななななんか前にも似たようなことがあった気がー!?」






やる気に満ち満ちた夫婦が夜の閨ですることと言ったら決まっている。

……翌日、四人が仕事に出向くのはだいぶ遅れたそうだ。






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