第390話 解決と周辺村
「要はあイつらに仕事やル。オーク族以外ト上手くやっテけルようにすル。ドっちも満タせばイイのか」
「はい旦那様」
醤油で焼いた肉や肉の味噌漬けなどを味見といいつつ頬張りながら蜂蜜蒸留酒をあおるクラスク。
「クラスク殿、言うのは簡単だが何か手はあるのか」
キャスに問われてクラスクは食べかけの肉をごくんと飲み込んだ。
「街他に造れバイイ」
「なに…?」
「ふぇ…?」
クラスクの真意がわからず、ミエとキャスが同時に声を上げる。
「街ハ言イ過ぎタ。村デイイ。この街の近くに村作ル。そこに他の部族のオーク住んデもらウ。アイツらの女もダ」
「お嫁さんですか」
「女もダ」
ぱちくり、と目をしばたたかせるミエ。
ぱちくり、と目をしばたたかせるクラスク。
「クラスク様。お話の続きをお願いします」
話題にすっと入り込んでクラスクに続きを促すイエタ。
「うちの村からもオークの夫婦派遣スル。しばらくはそいつらデ村を運営シテもらう。その間に色々教えれバイイ」
「なるほど…?」
キャスが腕を組んでクラスクの言葉を吟味する。
「確かに…彼らの環境を変えるのは急務ではある」
各部族のオーク達がクラスクに降ったのは彼がこれまでのオーク達のやり方とは異なる手段でオーク族の種族維持と繁栄に道筋をつけられると信頼されたからである。
すなわち暴力と略奪によらぬ他種族の女性の獲得だ。
だがそのためにはまず彼らの価値観それ自体を根底から変えてやらねばならぬ。
現状の彼らはクラスクが暴力に頼らずとも他の手段で女性を『調達』できると考えているからだ。
だがそれは違う。
クラスクが、そしてミエが行っているのはあくまで女性達の『募集』と『招聘』であって、街に居着いた娘達がオーク達を選ぶかどうかは彼女らの自由意志にかかっている。
だから旧クラスク村のオーク達は積極的に共通語で話しかけ…まあ少々口の悪い言い方をすれば彼女らを口説いて…嫁取りしているのだ。
けれど他部族のオーク達…正確には北原を除く部族のオーク達はそこがまずわからない。
女性の側に自由意志がある、ということ自体がよく理解できていないのだ。
ゆえにそこを時間をかけてじっくり教化してやる必要がある。
それを終えていない状態で迂闊に街に出せばどうしたって彼らの価値観、彼らの流儀で行動されてしまうことは以前の騒動からも明らかだろう。
だが時間をかけると言っても今のままでは駄目だ。
具体的に言えば彼らを己の集落に留め置いたままではいけない。
旧態依然の集落に住まわせたままでは生活も旧来に拠ってしまう。
それではいつまでたっても彼らの意識改革などできようはずもない。
だからこそミエはこの街の内に各部族のオーク達の街を作ろうとしたのだから。
だが…別にクラスク市の中に彼らの新たな住処を作る必要はないのでは?
というのがクラスクの意見である。
それならば確かにオーク達を新しい環境…それもこちらが用意した環境に置くことで心機一転して彼らの常識や価値観を変えてゆくことができるし、街の住人から遠ざけ特定の人物のみがその集落にコンタクトを取るようにすれば不要なトラブルを避けることができる。
さらにこの街の近くに置いてなんらかの仕事に従事すれば当然給金や報酬が発生する。
そうなれば壮年のオーク達も自然貨幣経済に慣れてくれるはずだ。
各部族のオーク達の中でも、若手のオーク達にはそのあたりの教育がしっかり施されている。
この街でしっかり貨幣経済を学ばせたからだ。
だから商品のやりとりなども問題なく行えるはず。
そして若者たちが自らの能を発揮すれば、熟年のオーク達も彼らに感心し耳を傾けるようになるはずだ。
種族特性というかオーク族は全般的に他者の活躍に対し対抗心を燃やすことはあってもあまり嫉妬はしないからである。
「確かに。その案はいけそうだ」
「そうダロウ」
キャスの言葉にクラスクは大きく頷く。
「…つまりオーク達の集落をこの街の周辺に配置して自然発生的でない人工的な衛星都市とするわけか。なるほどな。確かに悪くないアイデアに聞こえる」
「で、連中の仕事はどうするニャ」
「それは今から考えル」
う~ん…と腕組みをして考え込む一同。
「オークに仕事つったってなあ…普通に考えたら荒事だろぉ?」
「ですがその相手がいません。このあたりで物騒だったのはひとえにそのオーク族だったのですから」
「だよなあ」
ゲルダの意見にエモニモが返し、何も言い返せずゲルダが再び黙る。
いつもならもう少し口数が多いのだが、やはりつわりのせいで調子が悪いのだろうか。
皆で考え込んでいる間、小人族のトニアが今日のもう一つの本題である発酵食品の試作を乗せた皿を次々に運んでくる。
それをつまみながら話を続ける一堂。
そんな中…サフィナがとてとてとミエの元に歩いてきて、彼女の袖をくいくいと引っ張った。
「どうかしたの、サフィナちゃん」
「おー…イエタが言祝いでくれたおかげで森よく育ってる。ちょっと早いけどもう蜂蜜とれる」
「あ……っ!」
サフィナに言われてミエはハッとする。
「そっか…蜂蜜! 蜂蜜ですよ! 街の北の蜂蜜!」
「なんの話だよ」
ゲルダがけげんそうな口調で聞き返す横で、シャミルとアーリが何かに気づきガタと近くのテーブルを揺らした。
「植林ですよ植林! ゲルダさん! 蜂蜜を増産するために街の北に植林したじゃないですか!」
「おう、そういやしたな。今度オーク達で蜂蜜集めに行くって話だったろ?」
「ですけど! そうですけど! そもそもあそこに! 森の隣に村を作ればいいんですよ!」
「あん…?」
眉根をひそめたゲルダはしばらくぽくぽくぽく…と腕を組んで考え込んだ末に目を大きく見開いた。
「よそのオーク達の村か!」
「はい!」
元々は蜂蜜とその関連商品が需要に対して圧倒的に供給が不足していることに端を発したこの問題は、ミエがこの世界の宗教観的にかなり珍しい植林という行為によって解決を見た。
森を新たに作り、そこに巣箱を設置して女王蜂を入れた巨大な巣箱を移築、さらに近くに花畑を広げ、その新たな森に蜜蜂を定住させる。
森を作る関係上近くに水路があるため採取した蜂蜜の運搬には舟を使い、街のオーク達が定期的任巡回してその蜂蜜を回収する…という手はずであった。
「でもでも女王蜂がどこかに行っちゃうかもですし、森の成長もチェックしなきゃですし、お花畑の手入れだって必要です。自然任せでもいいんですけど誰かが管理してくれた方がずっといいんです!」
「なるほど…それを連中の仕事にしようというのじゃな」
「はい! 空いた時間は訓練とかしてもらっても構わないですし」
ゲルダの横でアーリがなにやら指折り皮算用をしている。
「村を作るニャら、ニャんだったらそこで簡単な蜂蜜関連商品を作ってもらってもいいニャ。酒とか化粧品とか」
「いいですねそれ! お酒を造るならオーク達に女性の価値を認めさせるきっかけにもできますし!」
「俺もそれガイイト思ウ。街で働かせテ金払うより、なにか作らせテ交換で金渡す方がオーク向きダ。『従う』より見かけダケデも『対等』の方がイイ」
「なるほどー」
アーリの意見にクラスクが賛同し、ミエが納得顔で頷く。
「各地の植林した森の近くにまで畑は延びてますから村を作るならその周囲の畑をその村の管轄にしてー、畑づくりと蜂蜜関連商品のノウハウのためにうちも村から旦那様の仰ったとおりに夫婦一組を最低付けることにしてー、そこで女性サイドからよそのオークの部族の女性達のケアをしてもらって……なんとかなりそうですね!」
おお、と小さなどよめきが起こる。
この会議は…この街の今後の重要な分岐点となった。
この決議を境に、他部族のオーク達の入植が一気に進むこととなるからだ。
この判断を、この決断を…
クラスクとミエの夫婦は、その後生涯悔やむこととなる。