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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク  第七章 天より舞い降りた聖女
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第389話 知の力

「なにかまずかったですかね…」


おそるおそる尋ねるミエに、アーリがなんとも困ったように眉根を寄せて告げる。


「ミエが提唱する『義務(ギンヴァーティル)教育(・オワジェサイム)』とやらそれ自体が、この街の人口増に拍車をかける要因になるかもしれないニャ」

「えー…そんなにですか?」

「ミエは学問の影響を軽視し過ぎてニャイかニャ?」

「いえ重視してるから学校建てるんですけども…?」


ミエの言葉に少し首を傾げるアーリ。


「ひとつ確認ニャ。単純に読み書きと簡単な算術だけ教えるなら別に複音教会ダーク・グファルグフの青空教室でも事足りるはずニャ。それの規模をちょっと大きくしてやればいいだけニャ。あえて学校を開いてミエは()()()()()()()()教える予定なのニャ?」

「ええ…?」


アーリの問いにミエは逡巡する。


何を教えるか?

当然彼女が学校で教わったことと同じようなものでいいのではなかろうか。


まあ実際には病弱だった彼女が学校そのもので学べた期間はほとんどなかったのだけれど。


「えーっと…国語算数理科社会が基本だからまず読み書きと…文学? あとは四則演算とー、理科だから簡単な物理法則とか実験とかできたらいいですよねー」


滔々と述べるミエの言葉に皆が目を丸くする。


「それに社会…ってなんでしょう。この国の歴史とか…? あとは簡単な経済学っていうか世の中の仕組みみたいな…? それと体育だから体を動かしてもらってー、いろんな仕事を知ってもらうって意味で実技? 体験学習みたいなのもしてもらってー、で道徳だから…このせk…ええっと神学とか宗教学とかになるんでしょうか」

「「そん

  なに」」


ミエの構想に改めて驚く一同。


「ミエ…本気で言ってるのかニャ」

「ええっと…変だったですか?」


自分にとってはごく普通の、当たり前の教育内容だったつもりだったのだけれど、この世界の住人にとっては違うのだろうか。


とはいえ己自身ももはやこの世界の住人である。

そうした常識があるならしっかり学ばねば。

ミエは居住まいを正してアーリの言葉に耳を傾けた。


「ミエ。それは()()()()()()()ニャ。貴族が高い金を払って学ぶものニャ」

「えー…? 普通ですよね…?」

「それが普通の認識ニャら()()()()()()()()()()ニャ」

「まじですか」

「マジにゃ」


アーリが真顔で突っ込み、背後でシャミルがうんうんと頷く。



…知識というのは為政者にとっての武器である。



単純に誰かが個人で他人を牛耳るだけなら武力でも事足りる。

だが子孫にも同じ地位を残したいと思うなら知力がなければ話にならぬ。

強者の子や孫が本人のように強くあるとは限らないからだ。

その知が個人の知識などではなく『体制』として成立し子孫の地位を安堵し保証してくれるようになれば言う事はない。


そうした知識を、王族や貴族達は半ば独占してきた。

家庭教師を雇い、軍師に講義させ、様々な知識を学んできた。


何をすれば支配できるのか。

人の上に立つにはどうしたらいいのか。

そこに立ち続けるために何をしてはいけないのかを、過去の知識や教訓から学んできたのだ。


知とは他者を従え、己を高い地位に据えるためのいわば『技術』なのである。


これらの叡智に加え、家を存続させるための心構えと、他者の上に君臨するための訓戒とを合わせて教え込んだ場合、それは特にこう呼ばれる。




…『帝王学』と。




まあ魔導師達もこの世界の知を全て得ることを目的としているが、彼らの知識は王侯貴族たちの求めるそれとはだいぶ異なるため、競合はしてこなかった。


ミエの求めている知は、いわばその帝王学から権力者の心構えの部分を抜いたものといっていいだろう。

足りないものは軍略や戦術論くらいだろうか。


「ミエはそんな知識をこの街の子供たちに教え込んで何をするつもりなのかニャ。新たな王国でも勃興させるつもりなのかニャ」

「今でもやってること大して変わらねえ気がするぞそれ」


アーリの詰問にゲルダがツッコミを入れる。


「ええー…そんな大げさな…」


単なる一般教育をそんな大々的に警戒されても…とミエは少々困惑する。


「だいたい知識なんてみんなのものなんですからぱーっと広めちゃいましょうよ。別に特別なものじゃないんですし」

「……………!」


ぎぬろ、目を見開いたアーリがミエを凝視する。

彼女の言っていることはつまりこう言う事だ。


上に立つ者が知識を独占するのは間違っている。

知はもっと多くの人達に享受されるべきものだ。



そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。



「…怖いこと考えるニャー」

「ふぇ? なにがです?」

「いいニャ。別にそれ自体はアーリにとっても悪い話じゃないニャし」

「?」


アーリも同族たる獣人族ドゥーツネムの扱いについては常々忸怩(じくじ)たる思いを抱いてきた。

その主たる要因こそ彼らの知の欠如…いや正確には()()()()()()()()()()()()であった。


肉体的に優れた獣人族ドゥーツネムは荷物の運搬などの重労働が適している。

だから優先的にそうした仕事が回される。

それ自体は問題ない。

適材適所という奴だ。


だがそうした仕事()()回されないのはおかしい。

己の長所を生かすべく肉体労働に従事するのはいいが、それは判断の末の選択であるべきだ。


知識を、そして知恵を与えられないと、そもそもそうした選択の機会自体が得られない。

知識なく広い見識なくば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


そうした意味でミエの標榜する学校の『義務教育』というお題目はアーリにとって非常に評価の高いものであった。

誰にも学習機会が与えられる、というのはそうした現状を変える契機となり得る。


ただし…それは多くの為政者にとっては都合が悪いはずだ。

庶民が知恵をつけても彼らにとっていいことは何ひとつない。

これまで疑問も持たず唯々諾々としたがっていたことに異を唱えられるリスクを抱えるという事だからだ。


だから為政者は庶民が知恵を得る機会を可能な限り奪う。

知恵という武器を彼らに持たせないように画策するのだ。



そうした意味で…ミエのやろうとしていることはかなり特異と言える。

なにせ為政者自らが己に苦情を言う層を増やそうと画策しているのだから。



「わたくしはとてもよろしいことだと思いますけど…」


イエタがミエのフォローをし、アーリとシャミルが示し合わせたように頷く。


「その通り。悪いことではないニャ」

「そうじゃな。税を納めるだけでミエの言うような高度な知識を得られる機会が与えられるというのは非常によいことだと思うぞ」

「そうニャ。そう思うからこそ…『家族連れ』がこの街に移住してくる理由になるニャ」

「ああ…成程。確かにそうですね」


アーリの言葉にイエタがようやく彼女の言わんとすることに思い至る。


「おー…サフィナしってる。魅力的なまちづくりってやつ」

「そうじゃな。サフィナの言う通り。学校が建てられその意義が喧伝されればますますこの街に人が集まって来るじゃろう。それも子供連れがじゃ」

「あ、そっか、そういうことか…!」


そしてミエがぽんと手を打った。

今更ながらにアーリの言わんとする事が理解できたからだ。


「これまで下町に集まってきた人は一旗揚げようって独身男性が多かったですけど…」

「そうじゃ。今後は定住と安住を望む家族がやってくる可能性が高い」


家族連れが増えれば人口増加は一気に進む。

単純に人数自体が多いのもあるが、この街が安全で暮らしやすく、かつ学校まで開いて子供の教育にも向いているとなれば、さらなる子供を産み育てる可能性が高いからだ。


街には希少な託児所があるし、女性に対する優遇措置が多いのもそうした流れを後押しするだろう。


「立地の変化の問題もあるしニャ」

「立地…?」

「ニャ。これまでは隊商目当てに街の東・西・南を中心に発展してきたニャ。でも卸売市場が街の北に回って、さらに学校まで北部に建てられたことで、この街の北部の価値が上がったニャ」

「あ……!」

「街が発展したことで、これまで街を通過する隊商目当てだった街の中の土地の価値が、街そのものにおいての利便性に比重を移してきた、ということじゃな」

「ニャ」

「それ自体は喜ばしいことじゃが…」

「当然人は増えるニャ。人口増加に歯止めがかからなくなると思うニャ」


となれば街の北側にも人々はこぞって移り住むようになる。

そうすると…ますますオーク達を呼び寄せるスペースがなくなってしまう、というわけだ。


「難しいですねえ」

「難シイナ」

「これでも素人の街づくりとしては奇跡的に上手く回っておる方じゃと思うぞ」






ミエとシャミルとアーリが三人同時にため息をつく。

そんな彼女たちを眺めながら…クラスクはもぐもぐと焼き肉を頬張っていた。






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