第383話 いい神様、悪い神様
「お二人ともこんなところで何をなさってるんですか?」
街の知恵袋でありかつ錬金術の大家であるシャミルと宮廷魔導師ネッカ。
二人はいつも何かの研究で忙しくしている身だ。
それに加えてシャミルは都市計画も担っているためさらに多忙だが、最近はネッカも魔導学院の建設でかなり時間を取られているらしい。
つまりはまあ二人とも余暇などまるで取れる余裕のない身分である。
そんな二人がこんな辺鄙な場所になんの用だろうか。
移動用鶏舎のような農耕器具作成に携わるのでもなければ農業とはかなり縁遠い二人のはずなのだが。
「ちょっと素材が必要だったのでな」
「サフィナさんに許可をもらって摘みにきてたんでふ」
シャミルが籠に摘んだ花を見せる。
それはまるで炎のように真っ赤な美しい花だった。
ミエはその花をよく見覚えている。
「これって、火輪草…?」
「うむ」
よく見れば二人の横にある畑は花畑であり、様々な花が植えられている。
化粧品や健康食品の着色のため、あるいは森村の花畑の彩りのため、サフィナがアーリに頼んで各地の花の種を集めてもらってここで栽培実験をしているのだ。
その際既存の花との相性を見るために火輪草なども植えられている。
花によっては近くにある他の花を枯らしてしまうようなものや、特定の品種と食い合わせの悪い品種もあるからだ。
「まあ、ヴェサ・ヴムゥアスですね」
その花を見ながらどこか懐かし気な風に語るイエタ。
「イエタさんも御存じなんですか?」
「はい。高原によく生えていますから」
「へー…高原に咲く花って白とか黄色のイメージでした」
「ふふ。確かにそういう花も多いですね」
ミエが抱くイメージにイエタが微笑む。
「ちなみにそのヴェサ…」
「ヴェサ・ヴムゥアスですか?」
「はい。どんな意味なんでしょうか」
「ええっと…共通語で言うなら『炎花』という意味でしょうか」
「まあ。種族が変わっても似たような印象を持つものなんですねえ」
「ふふ、本当ですね」
和気あいあいとしている二人を見ながらシャミルとネッカが呆気に取られている。
いつの間にこれほど仲良くなったのだろうか。
「ところでお主らこそこんなところで何をしておるんじゃ」
「ええっと…私はイエタさんについてきただけです。見学で」
「わたくしは『祝福巡業』をしていたところです」
その言葉を聞いてシャミルとネッカがおお…と声を上げる。
「そうか。この街にも聖職の者が来たから『巡業』ができるようになったのじゃな」
「ふっふっふ。その通りですシャミルさん。もうオークの村だから聖職者が寄り付かないなどと陰口をたたかれてたのも過去の話です!」
「なぜお主がドヤ顔になっとる」
「だって嬉しいじゃないですかー!」
「まあ気持ちはわかるがの」
花を摘み終えたシャミルは、腰に手を当てたその天翼族の娘を見上げる。
「まあこの通りのうちの市長夫人は少々お調子者じゃがよろしく頼む」
「はい!お調子者ですがよろしくお願いします!」
「お主はもうちょっと畏まらんか!」
「あうっ! なんかシャミルさんの当たりが強い!」
身構えるミエの横でイエタがにこやかに微笑む。
「頼まれて否のあるはずもありませんが、そもそもミエ様はご立派な方だと思いますわ」
「ああっ褒められたら褒められたで恥ずかしいです!」
「面倒くさい奴じゃな!」
つんつんとミエをつつきながらシャミルがジト目で告げる。
「それと『お調子者』と『ご立派な方』はちゃんと両立するわい」
「なにげにひどいこと言われてません?」
二人のやり取りを見ながらイエタがくすくすと笑った。
「お二人とも仲がよろしいのですね」
「そう…ですかね。そうかも」
「まあなんやかやでこの村…いやもう街か…の中では付き合い長いしのう」
「ですねえ」
互いに顔を見合わせながら少しだけ感慨に耽るシャミルとミエ。
そんな様を見ながら無言で隅っこの方に佇んでいるネッカ。
そんな彼女にミエはふと気になったことを尋ねてみた。
「…そう言えばネッカさん。御存じだったらでいいんですけど、祝福の呪文ってどういう効果なんです? なんか用途と言うか効果が広すぎてよくわからないんですけども」
「〈祝福〉のことでふか? 広義には[精神効果]でふね」
「精神効果…?」
ミエはうん? と首を捻る。
戦場で兵士を祝福するとやる気が湧いてくる。
いわゆる士気高揚と言う奴だ。
それはわかる。
牛にかけるとやる気? を出して乳の出が良くなる。
これもまあわかる。
だが…
「ええっと…病気にかかりにくくなったり畑の実りがよくなるのも精神効果なんです?」
そのあたりになってくるとちょっとミエ的には納得がゆかぬらしい。
「まあ厳密にはちょっと違うんでふが、精神効果補正なのは確かでふね。こう体とか麦がやる気になってると思えばいいでふ」
「なるほど…?」
よくわからないが応援された元気になるようなものだろうか、などと考えるミエ。
実はその考えはおおむね間違っていない。
〈祝福〉の呪文もミエのスキル≪応援≫もどちらも[精神効果][高揚]系統の補正である。
同系統の補正は累積しない。
同時に効果を受けてもより高い方の補正しか受けられないからだ。
その意味ではミエのスキルと〈祝福〉の奇跡は些か相性が悪い組み合わせと言えるだろう。
「やる気…やる気かあ…」
腕組みをしながらミエが考え込む。
「何を考えとる。またろくでもないことか」
「ひどいこと言われてますー?! あ、いえ。ちょっと思ったんですけど…ええっとこう…悪い神様っていますよね?」
「オークの神フクィークグや黒エルフが信仰しておる邪悪な女神ムゥムクプなどがそうじゃな。で、それがどうした」
「う~ん…なんというかその、そういう神様にもそれを信仰してる聖職者っているんですよね?」
「おるじゃろな」
「いまふね」
「そういう人たちも傷を治したり祝福したりするんですよね?」
ミエの素朴な疑問に…シャミルとネッカが微妙な表情を浮かべ、イエタが困ったように微笑む。
「あれ? 何か変ですか? もしかして神様ごとに全然違う奇跡を使うんです?」
「いえ…ミエ様の仰られる通り一般に邪神と呼ばれる神性も確かにおわしますし、そうした列柱に仕え奇跡の御業を授かった者達が傷を治したり祝福を施すこと『自体』は可能です」
「あー、やっぱりそうなんですかー」
イエタの説明はミエにとって得心のいくものであり、我が意を得たりとこくこく頷く。
「そうでふね。神様ごとに己の権能に沿った特殊な奇跡を起こすこともできまふが、それはごく一部の特殊な呪文のみで、神聖魔術でもだいたいの呪文はどの神様でも共通でふ」
「なるほどー…じゃあなんで邪神とかって言われちゃうんです?」
「傷を治さないことの方が多いからでふ」
「はい…?」
ネッカの説明がいまいち理解できず、首を捻るミエ。
「ええっとでふね…『呪文の主体』の話は覚えてまふか?」
「ん~っと…確か呪文を構築するのは魔導術の場合自分自身、精霊魔術なら精霊、神聖魔術だと神様…でしたっけ?」
「はいでふ。で以前は詳しく言わなかったでふが、この構築のしかたが魔術ごとに少し違うんでふ」
「しかた…?」
くくい、とミエが首を傾ける。
一体何がどう違うのだろうか。
興味をそそられたミエはネッカの説明に耳をそばだてた。