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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク  第七章 天より舞い降りた聖女
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第382話 祝福巡業

その日イエタは子供達への授業を終えると木札をかけて教会を後にした。

今日は学校が開かれた後彼女と共に教師役を務めてくれるという女性が数人、子供たちの後ろでイエタの授業を見学しており、その内の一人に留守番を頼んでいる。

無論彼女たちは聖職ではないため奇跡の力を有しているわけではないけれど、イエタが今日向かう予定の場所は伝えてあるため例えば怪我人などが運び込まれた時はすぐに彼女を呼びに行くことができるだろう。


「あらイエタさん」

「ミエ様!」


と、そこにちょうど通りを歩いていたミエとばったり出くわした。


「奇遇ですね!」

「はい、本当に…。ミエ様は今お仕事中ですか?」

「いえ。ゲルダさんとエモニモさんの決済が必要な書類があったので森村の方に行って今戻ってきたところです。だからええっと仕事帰り的な…? そういうイエタさんは?」

「わたくしは…今から『祝福巡業(ドロッタムズ・シアル)』に向かうところです」

「まあ! 『祝福巡業(ドロッタムズ・シアル)』って噂に聞くあの…!?」


ぱあああああ…と瞳を輝かせたミエが両手を合わせる。


「あのあのあの! もしよろしかったらですけどご一緒させていただいて宜しいでしょうかっ!」

「はい。もちろんです」

「やた! ありがとうございますー!」


イエタの手を取ってぶんぶんと振るミエ。


教会から出てきた教師志望の娘達が少しけげんそうな表情でそんな二人を見つめている。

なぜそんな()()()()()()()()()()()で市長夫人が歓喜しているのかよくわからなかったのだ。


「とりあえずどちらへ?」

「はい。学校の様子を見た後で街の北に」

「あの…お布施の方は…?」

「はい。すでに御寄贈していただいております」

「それはなによりですー」


二人で雑踏を歩きながらそんな立ち話をする。


「いやーイエタさんが来るまでこの街には聖職者さんがいらっしゃらなかったので、しばらくは色々頼まれるかもしれないですねえ。ほんと申し訳ないとは思うんですけど…」

「いえ。神の御業は人々を援けるためのもの。この身が些少でもお役に立てれば幸いですわ」

「まぶし…志が立派過ぎます……!」


思わずイエタから差した後光に目がくらんだようなポーズを取るミエ。

だがイエタにしてみれば神にその身を捧げた聖職者でもない身でオーク族のため…いやクラスク市長のために全霊を注ぐミエの方こそ崇高に映る。


まあその想い自体が元は誤解と勘違いから来ているのだけれど、現在それを知っているのはイエタだけだ。


「それにしても色々と助かりますミエ様」

「ふぇ? なにがですか?」

「寄付金の補助についてです」

「あー…そういえば作りましたねそんな条例」


イエタが言っているのはこの街が制定している教会への寄付に関する制度についてだ。


聖職者は確かに傷を治したり病気を癒したり祝福したりと様々な奇跡を行える。

ただそれには最低限必要なものがある。

『寄付』である。


これは別に教会ががめついとか聖職者が守銭奴であるとかそういう意味ではない。

…ミエの世界で宗教団体やその関係者の中にはもしやしたらそうしたことを目的とした手合いがいたかもしれないが、少なくともイエタ達天翼族(ユームズ)はそうではない。


彼らは神の御業…すなわち奇跡を起こすことこそできるが、それら教会の活動は基本奉仕であり、なまじな労働者以上に働いたとて賃金を得られるわけではないのだ。


生存するためには食べなければいけないし、各地に新しい教会を建てて布教もせねばならぬ。

そのためには寄付金がどうしたって必要なのだ。


多少言い方を悪くすれば奇跡…呪文に対して使用料を支払っているようなものだろうか。

教会や聖職者という立場上そうした表現はあまりできないだろうけれど。


ただお布施の額はて多額でこそないが庶民が気軽に支払える額でもない。

切り傷擦り傷程度なら低位の奇跡のみで事足りるため問題ないが、例えば毒や病気の治療となると用いる奇跡もより高位のものとなり、寄付金も相応に必要となる。

庶民に迂闊に納められる額ではなくなってしまうのだ。


もちろん天翼族ユームズの信仰する空の女神リィウーは善性の神であり、危急の時であればお布施がどうのと言わずすぐに治療の奇跡を行使してくれる。

ただそうした場合でも完解した者は後から本来のお布施の額を後納するのが習わしだ。


そこで…ミエとクラスクは街の住人がより健やかであるようにと、気軽に怪我の治療などが行えるよう街に補助金の制度を制定した。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、教会へ治療に赴く際に納めるお布施の一部を街が負担する、というものだ。


言ってみればこの世界版の医療保険のようなものだろうか。


また個人的な商売などではなく街の発展や維持に必要なものであれば治療以外でもこの補助金の制度を活用することができる。


たとえば家畜の病気治療、麦の育成支援などだ。

今日イエタが向かっているのもまさにそうした依頼である。


ミエとイエタの二人は魔導学院の建設現場の横を抜け街の北門を抜ける。

そして商店街を過ぎ建造中の学校を軽く見学した後さらに北へと向かった。


このあたりになると店や宅地がぐっと減り、下町の城壁の内側だというのにところどころに耕地が点在し、家畜小屋が並んでいる。

狼や狐などの対策のため城門の内側に畜舎があるのだ。


ただ耕地の方は生産ためというよりは新たな作物の育成実験のための側面が強い。

一部谷戸(やと)を作る前の実験的な水田なども残されていた。


「イエタ様!」

「おやミエ様も…」

「こんにちは」

「こんにちは皆さん! おしごとお疲れ様です!」


仕事中の農民…もといこの街の場合は農作業従事者だろうか…達が顔を上げ、次々とイエタとミエが挨拶をする。

独特の臭いがするその場所は、畜舎のうち牛小屋が並んでいるあたりだろうか。


「それではイエタ様お願いいたします」

「はい」


イエタはしずしずと牛舎の方へ向かい、餌を食べている牛たちの前に立つ。


天の神より(アイウリー)賜りしことほぎを(・ツマットード)ここに(・ウィズ)……〈祝福ットード〉」


イエタが呪文を唱えると淡い光と爽やかな風が牛舎を吹き抜け、牛たちがどこか心地よさそうに鳴いた。


「では次に向かいましょう」

「はい、こちらです」


そしてイエタは案内されるまま次の牛舎へと向かう。


「おおおおおお~~~」


以前ミエが森の育成の際に彼女に頼んだ〈祝福ットード〉の奇跡。

それは他にも様々な場面で役に立つ。


たとえば牛の乳の出をよくしたり、羊の毛のつやが少しよくなったり、あるいは彼ら家畜の食欲を増したり、病気にかかりにくくしたりする。


もちろんそれは家畜だけに留まらぬ。

人型生物フェインミューブの赤ちゃんが病気になりにくくなったり、母親の乳の出を良くしたり、あるいは作物の実りを良くしたり。

そうした様々なものに実に()()()()な…けれど大切な恩恵をもたらす…それが〈祝福ットード〉という奇跡なのだ。


そして…その小さな奇跡を求め、教会に救いを求めに来る者達が寄付金を出し合って、聖職者に各地を巡って〈祝福ットード〉の呪文をかけてもらう…それを『祝福巡業(ドロッタムズ・シアル)』と呼ぶのである。


「イエタさん流石です!」

「いえ。わたくしは何も。全て神様のなさる事ですから」

「ええっと…じゃあ神様流石です!」

「はい。それはもう」


噛み合っているのだかいないのだかよくわからぬ会話を交わしながら『祝福巡業(ドロッタムズ・シアル)』を続ける二人。


「この後はどうなさるんですか?」

「そうですねえ…」

「さすがにうちの畑を全部祝福していただくのは難しいですよね?」


下町の北門付近で衛兵達に挨拶しながら門の外を眺める二人。

北へと向かう街道と、その左右にチェック柄の畑が延々と地平線まで広がっていた。


「そうですね。一つの〈祝福ットード〉で言祝ことほげる畑はそこまで広くないですし、一日に唱えられる数も限られてますから…」

「そのあたりは魔導術とかと同じなんですね」

「そうなのですか?」


イエタは神聖魔術についてはともかく他の系統の魔術については詳しくなく、くくいと首を傾ける。


「…む?」

「あら?」

「でふ?」


その時、北門の脇に珍しい人物を見かけた。


「シャミルさん? …とネッカさん!」

「おやミエではないか、どうしたこんなところで」

「それはこっちのセリフですよう!」

「珍しいでふね。。今日は畑の方に行く日じゃなかったような…」






それは…畑の横でなぜかお花摘みにいそしんでいるシャミルとネッカであった。







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