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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク  第七章 天より舞い降りた聖女
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第373話 鉄パイプと針金

針金…これまたミエの世界では非常にポピュラーで、この世界ではなかなか見受けられないものの一つである。


とはいってもまったく存在しないわけではない。

異世界だろうとどこだろうと金属が存在し発見されている以上その硬さを武器として、或いは耕作用の農具として利用しようと加工を試みる者は必ず現れるはずで、そうすれば金属の大きな特徴は大概明らかにされているはずだ。


即ち叩いて伸ばす『展性』。

引いて延ばす『延性』。

この展延双方の性質を合わせたものが金属の加工のしやすさ…すなわち『可鍛性かたんせい』である。


従って鉄を細く切断し、その後ひたすら叩きに叩いて細く細く鍛え糸のような形状にする…そういった鍛造型の針金はこの世界にも昔から存在していた。

ただそれは非常に手間と時間がかかるため大変高価な代物であった。


一方ミエは昔読んだ本を参考に、小さな漏斗状の穴の空いた金属を用意し、そこに鉄を通して無理矢理伸ばして針金状に加工するようにした。


当然これには非常に大きな力が必要となるため牛や馬などの力を借りる。

穴の部分も鉄製なのだが、同じ硬度だと無理矢理鉄を通す時に壊れてしまうのでネッカの手を借り魔力をかけて強化してある。

言うなれば魔具の一種であり、魔法の武器や鎧などにも利用される術式である。


「ふふふ…魔法の助けがあったとはいえ鉄パイプと針金ですよ! ちょっとしたDIY気分ですねー!」

「デーアイワイ…? ナンダソレ」

「あー…オーク語で言うなら『自分でやってみろフィオー・ユィーキックド』ってところでしょうか」

「アー…ナンカイイナソレ。ワカル」


ミエの言葉にリーパグがオークらしからぬ感想を漏らす。


「なのでここをこうして…結んで、ねじって、と」


長い鉄パイプの両端に逆U字型の鉄パイプを取りつけ、さらに真ん中にももう一つ。

そしてそれらを針金で結ぶ。


そして針金を縦に伸ばし、はさみで切り、その後同じ長さに切り揃えた針金と互い違いになる様に噛み合わせ、引っ張る。

そしてそれを繰り返すことで…


「鉄ノ網ニナッタ!」

「はい! これが『金網ジーゴ』です!」

カナアミ(ジーゴ)!」

「そして作った金網をー、こうして骨組みにかぶせてですね…」


ミエが手を加えて、ちょうどテントの骨組みに前後左右から金網をかぶせたような形状となった。


「これで完成! 新移動用鶏舎です!」

「「「オオオオオオオオオオオオオー」」」


オーク達が嘆声を上げて我知らず拍手する。


「まあできたのはいいとして…あ、いたいた、ラルゥさぁーん!」

「ミエ様!」


ミエが少し離れた畑で農作業に従事していた娘に手を振りながら呼びかけ、声をかけられた娘が嬉しそうに返事をする。


そしてミエがこいこいと手招きをするとてててて、とまるで子犬のように駆けて来た。

かつてこの地に追放された棄民達の一人、そして今やこの村の古株にして農作業従事者達の教育係の一人ともなっているラルゥである。

この街で農作業に従事する者であれば一度ならず彼女の世話になったことがあるはずだ。


「はい! なんでしょうかミエ様!」

「ちょちょっと中に入って下さい」

「では失礼しまして…」


柵を越えて牧草地の中へと入って来るラルゥ。

向こうでのんびりと草を食んでいる牛たちに嬉しそうに手を振りながらミエの元までやってきたラルゥは、隣にいるオーク達に丁寧に頭を下げる。


にやけて手を振り返すオークども。

彼女はオーク相手でもとても丁寧で親切なので、多くのオーク達に人気があった。


「これこれ、これを見てください」

「まあ、これは…?」

「新しい鶏舎です」

「まあ、これが…?」


周囲を回りながら色々な方向から観察するラルゥ。


「使い方は今までと変わらない感じですね」

「はい。問題は『重さ』です。ちょっと持ってもらっていいですか?」

「え? これを…?」


明らかに鉄でできていると思われるその鶏舎を前に少し驚くラルゥ。

だが彼女にはミエに頼まれて断るという選択肢は存在していなかった。


「ええと…うんしょ!」


気合を入れて鶏舎を持ち上げようとして、そのまま意外なくらいあっさりと浮かせて目を丸くする。

横から上がるオーク達の驚きの声、続く拍手。


「軽い…軽いですミエ様!」

「はい! 以前よりだいぶ筋力が付いたとはいえ、女性のラルゥさんに持ち上げられるなら合格ですね!」


よっこらしょと鶏舎を降ろしたラルゥは、その後ミエやオーク達と協力し牧草地の柵の中に放されていた鶏を捕まえて新鶏舎の中に入れる。


「これなら私達でも持ち運びが簡単ですね!」

「はい! 本当は元からこうしたかったんですけどねー」

「元から…?」


元々この移動用鶏舎はミエのオリジナルのアイデアではない。

彼女の暮らしていた元の世界で無農薬農法などに使われていたチキントラクターと呼ばれるものが原型である。

チキントラクターは施肥・耕作・除草・防虫を全て賄いつつ卵と鶏肉が手に入る便利なものだが、特に大事なのは携行性だ。

重いとその利便性が一気に損なわれてしまうからである。


そのためにネットや鉄パイプ、針金といった軽量化のための材料が欲しかったのだが、流石に廃村に技術力皆無のオーク達と一からそれらを用意するのは色々と無理があったためこれまで断念していたのだ。


だがクラスク市は予想以上に評判が上がり、望んで街に住みたいという者が激増した。

結果として優秀な職人が集まり、また色々な機材も用意できて、結果ようやく今になって必要な資材を調達できるようになったわけだ。


「ですがパイプが造れるようになると色々と夢が広がりますねえ」

「夢?」


ラルゥの素朴な問いにミエは瞳を輝かせる。


「だってパイプですよパイプ! パイプって言ったら配管! 配管と言ったら下水! もしかしたら水道と水洗トイレが造れるかも…!」

「スイドウ?」

「水洗トイレ?」


リーパグとラルゥが聞いたこともない単語に互いに顔を見合わせ首を捻る。


「あー、これはまだ先の話ですねーあははははは…」


ミエは頭を掻いて誤魔化すことにした。

アイデアだけはあっても実現のハードルは相当高いはずである。



×        ×        ×




「水道じゃと?」

「はい。難しいですかね」


繁華街のカフェテラスに座り、ミエとシャミルとサフィナがお茶を啜っている。

ゲルダは残念ながらつわりのため自宅でリタイアだ。


さてこの世界においてコーヒーの存在は不明。

紅茶はない。

けれど似たような『葉っぱから抽出したお茶』は存在していた。


「配管はこう…端っこを片方だだけ少し大きくしてですね、こうスポッと連結すれば伸ばせるんですよ。分岐するところは穴開けて溶接でどうにかできると思います。問題は場所なんですよねー」

「…まあ地中じゃろうな。地上に置いたら蹴っ飛ばして全部台無しになりかねん」

「ですよね」


うんうんとミエが頷き、その隣でサフィナがこくこくと同意する。


「あの、街の中に川引いて、そこから水もらうのはダメ、なの…?」

「その場合途中でいくらでも汚せるからのうサフィナ。オーク共が立ちションしそうではないか」

「おー…」

「う…割とありそうですね…」


シャミルの皮肉が皮肉に聞こえずミエはなんとも言えない表情で呟く。


「それと鉄管なら錆はどうするつもりじゃ。まあメッキするなりで対策はあるが」

「あー、すいません。そうですよね、錆びちゃいますよね普通は」

「あとはあれじゃな。技術と予算的にどうにかなったとして、井戸から外の川に水源を移した場合、籠城時の水の確保が問題じゃな」

「籠城時…ですか?」

「うむ。外の取水口あたりに毒を撒かれたらどうとする」

「あー…」


水源の汚染はミエが元暮らしていた世界でも問題になったことがあった。

原因は工業汚水などではあったが、危険という意味では同質だろう。


「それは考えてませんでしたね…」


戦争や襲撃を経験しているというのに、ミエの認識や価値観はどうにも生前の平和な時代のものから抜けきっていないようだ。

戦時の悪意や敵意を以て為される行為についてミエはだいぶ無頓着である。

まあこれに関しては戦時や平時がどうのというよりミエ自身の気質によるところも多いのだろうが。


「ともあれ排水管やら下水やらの導入はもう少し慎重になった方が良いの」

「おー…おもしろそうだったのにざんねん…」

「そうですねえ。ちょっと早計だったかもしれないです」


そこまで話したところでシャミルがカップを置いて立ち上がる。


「シャミルさん?」

「わしは少し所用があるでの。ネッカのところに行ってくる」

「ネッカさんの…?」


代金を置いて立ち去るシャミルの背中を見ながらミエとサフィナは互いに向き合って首を捻る。






シャミルとネッカはノームとドワーフと言う事で比較的仲は良好のはずだが、あの二人だけで何かをするというのはかなり珍しい。

一体二人で、なにをしているのだろうか。






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