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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク  第七章 天より舞い降りた聖女
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第367話 原風景

「ミエ様…今度はどちらに?」

「はい。こちらに」


その後幾つかの森と花畑の祝福してもらい、さらに舟を待たせて草原を歩く。

正確には草原に流れている小川…植林された森のほとりを流れていたものだ…の横を遡りながら歩いていた。


「ま、船の上ばっかりだとなまっちまうからなー」

「こら、油断をするな。何が起こるかわからんのだぞ」

「へいへーい……ふわああああああああああ……」

「ワイアント!」


ゲオルグの注意にワイアントが欠伸交じりで応え、叱責される。

まあ遠くを見れば地平線まで広がる畑、手前にはのどかな草原とくれば気を抜きたくなるのもわからぬではない。


「まあまあ。たぶんですけど大丈夫ですよ」

「ミエ様もそんな危機感のない…御自分のお立場がわかっておいでですか」

「えー」

「ふふ」


ミエがとりなしを入れるがゲオルグに即たしなめられ、そんな光景を眺めながらイエタが微笑む。

だがそれにしても彼女たちは一体どこに向かっているのだろうか。


「このまま歩くと多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)っすね」


ワイアントの呟きの通り、今やクラスク市が広げた耕地は多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)近くまで延びており、その先にある植林された森、さらにそこに流れている小川を辿れば自然と丘陵地帯の麓に辿り着くのは自明の理と言えた。


「む、これは…?」

「うおっ!? なんじゃこりゃ!?」

「水…? あと麦……ではないですよね」


草原が切れ、新たな景色が広がる。

それを見たゲオルグ、ワイアント、そしてイエタがそれぞれ驚きを以てその光景を迎える。


それは…沼のようだった。

澄んだ水のたたえられた、浅い沼である。


ただその周囲は方形に整然と区切られており、明らかに人工の沼のようだ。

そしてそこに一定の間隔で何か植えられている。


麦ではない。

麦はこんな風に水浸しの沼に植えたりしない。

だが育っているそれは明らかに穀類のそれに見える。


「それは水田ヴュー。植えられているのはルーゴです」

水田ヴュー? ルーゴ…?」


聞いたことのない単語にゲオルグが訝し気な声を上げる。


「はい。『訳語』があるのを知った時かいつか試してみたいなと思っていたので」


ミエが手を合わせにこやかに告げた。


かつてこの世界に麦があるのを知った時、急ぎ己が翻訳できる単語を洗い出したミエは、『米』という単語がこの世界に存在する事を知った。

周りの者は殆どその単語を知らなかったが、僅かにシャミルとアーリがそれに反応し、ここよりずっと南方で育つ穀物であることを突き止め、アーリに頼み密かに取り寄せていたのである。


「はあ…なんかよくわかりませんが」

「綺麗な光景ですねえ」


ワイアントが頭を掻き、イエタが前に広がるその風景に目を細めた。

ミエは二人の感想にやや少しだけ目を丸くする。


その風景はミエの故郷に存在していた、いわゆる田園風景と呼ばれるものにほど近く、ゆえに彼女がそこに郷愁や美的感覚を覚えるのはなんらおかしくない。

ただどうやらその景色が持つ美しさは異世界の人型生物(フェインミューブ)にも通じるようで、それがミエにはやや意外であった。


(外国の人が田んぼを見た時みたいなものかな…?)


「しかしなぜこんな場所に?」

「それはまあその、ああいった理由です」


ミエが指差した先には大きな断崖があった。

多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)の街道筋から外れた崖のように険しい場所である。


「うん…うん?」


ただ……そこにはこれまた少し意外な光景が広がっていた。


断崖が、削れている。

削れて、谷ができている。


いや谷というのは少し語弊がある。

その谷底…いわゆる底面が平らだったからだ。


いや単に平坦というわけではない。

そこに先程の水田が配置されている。

そして谷が奥に行くほど狭まり、徐々に高くなってゆくのに合わせ、水田がその幅を少しずつ、少しずつ狭めながら奥の方へ、奥の方へと階段状に設置されているのだ。


「これは、また…!」

「へー、綺麗なもんだなー」

「まあ…空から眺めても美しそうな風景ですねえ」

「ふっふー、やっぱり棚田いいですよねー。私にとってはこれが原風景…ごめんなさい少し言い過ぎました」

「「??」」


確かにそれは彼女の故国に於ける原風景ではあるのだが、残念ながら彼女自身の原風景というわけではない。

ミエは確かに農地にほど近い街に住んではいたけれど立派な都会っ子であり、田んぼやあぜ道はたまに訪れて感嘆する場所であって生活の基盤ではなかったからだ。


棚田ソレゴウ・ヴュー。へー、なるほど、段々《ソレゴウ》になってる水田ヴューだから棚田ソレゴウ・ヴューか。なんか見た感じ階段田ツェウル・ヴューって感じっすけどねー」

「それはまあ色々と時代性の問題というか…」

「??」


ワイアントの疑問に曖昧な返答をするミエ。


そもそも彼女の故国に於いては屋内用階段の歴史自体が浅い。

平屋が多かったからだ。


また海外の階段が祭壇や神殿などの段差から派生した勾配の比較的緩やかなものなのに対し、彼女の故国における階段はむしろ上下移動する梯子などから発展したものと考えられており、階段の勾配自体が非常に急である。

そのため彼女の故国に於いては、棚田の表現として階段という呼称は不適切だったのだ。


「まあそれはそれとして、これは麦のような穀物の一種ですか?」

「はいゲオルグさん。精米しない玄米の状態であれば栄養価もそう変わらないかと」

「ふむ…麦があるのになぜこんなものを?」

「ええっと…他の街が麦の増産にかかりきりになってるうちにうちはなるべく多くの畑を商品作物に転換したいんですよねー。そのためには主食の穀物はなるべく小さな耕地面積で育てたいかなーと」

「小さな?」

「耕地?」


ミエの言葉にワイアントとゲオルグが不思議そうに首を捻る。


彼女の台詞は言葉通りの意味である。

米と麦とでは米の方が狭い耕地でより高い収穫量を得ることができる。


例えばミエがかつて住んでいた元の世界、今のこの世界と印象のほど近い中世時代に於いて、人一人が生活するに足る耕地の面積を計算してみると、米と麦とでは実に十倍もの開きがある。

米の方が圧倒的に収穫量が優れているのだ。


これには大きく二つの要素が関わっている。

一つは単純に収穫量の問題だ。


中世に於いて種籾一トンから収穫できる麦は凡そ三トン程度とされる。

三倍の収穫量だ。


一方で同じ時代の彼女の故国では、種籾一トンから収穫できた米の量は十八トンから二十トンほどとされる。

実に六倍以上の差があるのだ。


そしてもう一つの理由が用いている耕地の質…即ち『畑』と『水田』の差である。


畑は土壌が常に空気に晒されている土中の栄養素が酸化しやすい。

そのため常に施肥をして栄養を補給しなければならず、また同じ作物を作り続けることで同種の栄養素が枯渇し連作障害を起こしやすい。


それを避けるためこの世界では畑を一年使ったら翌年は家畜などの牧草地として利用し休ませて地力を回復させるという二圃制が行われているし、ミエ達の行っている混合農業でも鶏糞などを肥料として利用してそれを補ったり、牧草地に豆類を植えたり根菜を間に植えることで土中の窒素を回復させる作業…いわゆる『窒素固定』を行っている。


一方で水田はどうだろうか。

畑のように今年はこの田んぼを使ったから翌年は別の田んぼを使おうか、などといったことがあるだろうか。


そんな奇妙な田んぼはないはずである。

水田は毎年同じ場所で稲が植え続けられているはずだ。


水田は土の上に水を張っている。

畑の栄養素は空気に触れ酸化されることで失われるが、水田の場合そもそも土が空気に触れる要素がないためそれが起こり得ないのだ。


また水田は『水抜き』と『水入れ』を行う。

水抜きを行うと過剰な栄養は流されて、土中に留まり悪さをすることがなくなる。

これにより過剰施肥などによる弊害も避けることが可能だ。


さらに水抜きと水入れを上手く行うことで水がある時は空気を嫌う嫌気菌が、水を抜いたときは空気を好む好気菌がそれぞれ活発になり、酸化と還元が繰り返されることで土中に必要な養分が自然と補給される。

また水が常に流れる状態になっているため水から豊富なミネラルなどの栄養素を補給することもでき、養分が欠乏しにくいのだ。


これらのことから水田は毎年同じ場所で米を作り続けても連作障害も起きなければ過度な施肥も必要ない。

つまり限られた耕地を休ませることなくフル活用できるのだ。

そうした水田で育つ米は、麦よりも圧倒的に生産性の高い作物となり得るのである。



ただし…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






そして…それこそがミエは今最も心を悩ませている問題なのである。






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