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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第一部 オーク村の若夫婦 第一章 オークの花嫁
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第37話 ミエに迫る危機

ベッドのシーツを干しながらミエは小さくため息をついた。

どうすればもっと夫の役に立てるのか、どうすればこの村をもっとよくできるのか。

浮かんでくるのはそんなことばかりである。


(力が足りない…)


これはミエ個人の筋力が不足しているとかそういう話ではない。

何かを変えるためにかける労力…人的資産が圧倒的に足りていないのだ。


最近夫であるクラスクは随分と協力的になってくれたような気がする。

それはとても嬉しいことだし有難いことでもあるのだけれど、やはり大きな変化を求めるなら周囲の協力が欲しいところだ。

簡単に言えば自分達以外のオークを()()()()()()のである。


「協力か~…」


だがそれが難しいことはミエ自身がよく理解していた。

オーク達はちょくちょく森の近くを通る隊商を襲撃し酒や食料を奪い、足りない分は森の獣を狩って喰う。


そしてそれで十分生活できる。

()()()()()()のだ。


政治も政府も税金もないオーク達にとって、それで生きていけるならそれ以上は必要ない。

無理して今を変革する()()()がないのである。


勿論色々と疑問はある。

何故これだけ襲撃されているのにこの付近を通る隊商が減らないのか。

なぜこれほどに森の獣が豊富なのか。

彼女の世界の常識で考えるならこの手の狩猟採集生活はかなり不安定になるはずなのだけれど。


「う~ん…とはいっても私の世界の知識や常識が全部通じるとは限らないしなあ」


ただこの世界なりの理由があるとしても、現状ミエにはそれを知るすべがない。


「やっぱり情報が欲しい…」


この世界について色々記された書物などがあればいいのだけれど、ミエが現在把握している範囲の文化レベルから推測する限りこの世界で活版印刷が実現しているかはかなり怪しいレベルで、そうなると書物などは当然()()()()()()()()()()()()しかないことになる。

それでは高価すぎて到底手が出ないだろう。


まあそもそもそれらですら現状全てミエの想像に過ぎず、確証はまったくないのだけれど。

なにせミエは森の中で目覚めてすぐにクラスクの求婚を受け入れそのままこの村に連れてこられたため、オークの村より外を一切知らないのだ。


(求婚…求婚って…)


求婚の下りでミエは耳先まで真っ赤になってその場にへたり込む。

未だに思い出すたびにこれである。

新婚気分甚だしいにも程があろうというものだ。


もしかしたらミエが知らないだけでこの世界には素晴らしい技術やら魔術やらがあるのかもしれない。

例えば本をまるごと複写する呪文、などである。

とはいえ魔術にもファンタジーにも造詣の浅いミエではそのあたりは漠然とし過ぎていてなかなかイメージできなかった。


「…………?」


家事をしながら色々考え事をしていたミエは、ふと自分に注がれる視線に気づいた。


一瞬夫であるクラスクのものかと思ったが、彼は先刻森に狩りに出かけて不在のはずだ。

何気ない素振りで周囲を見渡すと、昼間だというのに幾人か大人のオークがいた。

この時間だといつも大人は大概()()に出かけているか、仕事が休みでも朝から家で酒を飲んでいるか、そうでないなら家で御夫人と白昼から()()()()()かで、外にいるのは大概遊んでいる子供オークばかりのはずなのだが。


昼間に、大人のオークが、それも数人で広場に居座っているのは初めて見た気がする。



(私がそんなに珍しいのかな…?)



彼女の推察は的中とまではゆかないまでもおおむね正しい。

そう、彼らにとってミエは非常に珍しい存在である。



首輪もされていない。鎖で繋がれてもいない。

()()であるオークが見張ってもいないのにも関わらず逃げ出さず()()()()にされている。


自分たちオークを警戒はしていても過度に怖れてもいない。

そんな女はこれまで唯一人としていなかった。


ただ…それだけなら大した問題ではない。

単に飼主が変わり者というだけの話であって、それで逃げ出しでもしたら間抜けな飼主をせせら笑えば済む話だ。



問題は…彼女の飼主、クラスクの()()ぶりにあった。



オーク達は子供と大人を明確に区別する。

そしてそれは年齢ではなく、常に成果によってのみ決められる。


だいたいどのオークの部族でも似たようなものではあるが、この村では一人で狩りに出かけ獲物を狩って来たオークのみ襲撃班への参加が認められる。

そして襲撃に出て誰の手も借りずに敵を打ち倒すことができたオークは、たとえどんなに若くとも、幼くとも、そのまま一人前として『大人』の仲間入りができるのだ。


『大人』になれば女を()()ことが許される。

襲撃の報酬として女性を要求し、自らの家に()()ことが認められる。

それはオークにとっては大いなる憧れであり、オークの子供誰もが大人になりたいと強く強く希求する原動力でもあるのだ。


実は年齢による区別もあるにはある。

あるにはあるのだが、これはどちらかというと彼らにとっては()()()に近い。

即ち20歳になるまで上記の条件を満たせなかったオークを、大人になれぬ半端物、役立たずと見做して村から放逐するのである。


20歳と聞くとだいぶ早く聞こえるが、オーク族の寿命は人間よりやや短く、したがって肉体的に成熟するのも人間より早い。

オーク族の20歳なら人間なら24,5歳あたりだろうか。

その年齢に至ってなお村に一切貢献できぬ無駄飯喰らいなどいらぬ、との理屈である。


一見厳しいようだが男系社会であるオーク族は基本的に女性に養ってもらうことができない。

なにより多くの種族との軋轢を抱えた彼らは、足手まといまで養っておける余裕などないのだ。


そんな掟の中、クラスクは14歳で『大人』になった。

人間の感覚で考えると少し妙に聞こえるが、『大人』としては()()()()()()である。

現在彼は16歳。人間なら18~20歳程度の年齢だ。

成長を経た今でもまだ相当若い。



だというのに…最近の彼の戦果はその年齢からは凡そあり得ないほどに高いのだ。



参加した襲撃では常に最高の戦績を挙げ、彼と一緒に襲撃すれば参加者には多くの()()()が与えられる。


手強そうな兵士も、傭兵も、彼が自ら引き受け、打ち倒す。

さらに馬車がよく通る日時なども把握しており、彼と襲撃に出かけたときは空振りも少ない。

結果クラスクはさらに高い成果を上げ、他のオークとの差が一層に際立つ結果となる。


オーク族は皆屈強な戦士ではあるけれど、クラスクはその中にあってその若さからは考えられないほどに強く、さらに知恵も回る。

年上のオーク達も瞠目するほどだ。


一体彼の強さの、調子のよさの原因はなんなのだろう。

それがわかれば、自分たちも同じように活躍できるのではないか。

できるに違いない。

そして…ない知恵を絞って考えた結果、オーク達はクラスクと自分たちとの一番の違いにようやく思い至った。




…ミエの、存在である。




この娘が来てから明らかにクラスクの様子が変わった。

積極的に襲撃に参加し、目覚ましい戦果を挙げるようになった。


オーク達はあまり嫉妬をしない。

活躍した相手は素直に称賛する。


けれど彼らは同時に強い競争心を内に秘めている。

他の誰かが自分より高い戦果を上げたなら、一体どうすればそこに至れるか、一体どうやればそれを真似できるか、そうした模索を怠らぬ。



ならば…どうする?

その人間族の娘が若者クラスクの活躍の()()であるならば、どうしたらいい?


どうすれば…自分たちも同じ活躍ができるようになる?

同じ戦果を上げられるようになる?




例えば…今視線の先にいるその娘を手に入れたなら、自分たちもきっと同じくらい…いやそれ以上に強くなれるのでは?




そんな残忍で危険な思考が迷信のように一部のオーク達を支配して…その日、彼らを村に留め置いたのだ。








クラスクのいぬ間に、彼女を己の所有物(モノ)にするために。






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