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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク  第七章 天より舞い降りた聖女
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第358話 複音教会

次々と運び出される荷物。

元々卸売市場のため午後は引き払う者も少なくなく、また構えている店も全て木造で可動式のため、市場の撤去はミエの思った以上にすみやかに進んだ。


「まあ…これは」


屋台が次々に姿を消してゆくと、その建物の奥の壁が顕わになってゆく。

そこには神々を象った小さな像が並んでいた。


「普段は目立たないっすけどね、俺らいつも店開く前に御祈りしてたっすよ」

「ここがまだ教会にはなってなくても神様はここにおわす、ってね」

「地底の連中の襲撃も跳ねっ返したし、なんか加護があるような気もするしな!」


どっと笑う商売人たち。


「まあ、まあ、それはとてもよいお心がけですわ。はい、神はいつでもあなた方を見守っておりますとも」


イエタは手を合わせ祈るように呟き、その声と姿の美しさに男どもがついだらしない顔で頭を掻いた。


ミエとシャミルはどこか嬉しげなだが困ったような微妙な笑顔を浮かべて互いに視線を交わした。


かつて彼らの街…いや当時は村だったが…を襲撃しようとした連中がいた。

王国の騎士団と地底の軍団どもである。


だがこの村の村長クラスクはその優れた指導力と配下のオーク共の怪力によって短期間のうちの村の周りに城壁をめぐらせ、その堅塁で襲撃を跳ねのけた。

…と、街の者達は認識している。

まあおおむね間違ってはいない。


この時襲撃の備えとして役立ったのがこの街を覆った占術妨害の結界である。

どちらの襲撃者も術師を連れてきており、もし彼らにいいように占術を使われていたならたちまちこの村の護りもセキュリティの穴も全て洗い出されその裏をかかれて惨敗していたに違いない。


その結界のお陰で街の中を覗くことのできなかった従軍魔導師がその好奇心の強さを逆手に取られまんまとこの街におびき出されたのだから、見事な先見の明と言えるだろう。


さてその町全体を結果だが、その正体はネッカがスキル≪魔具作成/その他≫にて作成した〈対占術防護ヴェオーシリフヴェヴ〉の魔術が込められた魔具であり、見た目は石造りの神像を模している。

この魔具は単体では魔術の効果範囲が狭く、それを補うために幾つも造られて、城壁に埋め込まれたり広場に置かれたりしており、朝晩の仕事の行き帰りなどに街の者達がそれら祈りを捧げたりしている。


そしてその内の幾つかがこの教会、その建物の奥の神像の中にも潜ませてあるのだ。


ゆえに彼ら商売人たちの言葉はある意味とても正しい。

確かにこの神像(魔具)たちのお陰で襲撃の魔の手を跳ね返したともいえるし、その加護によって勝利を引き寄せたのもまた間違いではないのだから。


「そういえば…今までずっと聖職者の方がいらっしゃらなかったから意識した事なかったですけど、この世k…じゃなかったこの地方の宗教ってどうなってるんです?」


素朴な疑問を抱いたミエに小さくため息をついてシャミルが答える。


「どうなっておるもなにもあるまい。神と人の成り立ちを忘れたか」

「あー……」


言われてミエは思い出した。

確かこの世界の神々は己の似姿として人型生物フェインミューブを作ったのだとか。

となれば当然それぞれの種族は己を生み出した神を信仰するのが当たり前である。


「すっごくわかりやすいですね!」

「まあ例外もあるがの。神…種族単位で言えば『主神』じゃが…の一側面としての従属神を信仰する者もおるし、己の神を見限って異なる神と契約を結ぶ黒エルフ(ブレイ)のような連中もおれば己が生んだ神への信仰を忘却したオークのような種族もおるでな」

「ってオークってそんなことになってたんですかー?!」

「なんじゃ知らんかったのか」


シャミルに指摘されたことで今更ながらミエは違和感を覚えた。


この世界の神と人型生物フェインミューブの在り様は彼女の故郷のそれよりだいぶ密接で濃密である。

なにせ神の使徒である聖職者が実際に神の奇跡を起こせるのだから。


けれどオーク族の村で暮らしてきたミエはこれまでそうした習俗や風習…いわゆる『神に祈る』ような行為を彼らがするところを一度たりとも見た事がない。

生贄や儀式のようなものを目撃した経験も一切ない。

『オーク族のまじない師』は知っているけれど『オーク族の聖職者』など聞いたこともない。


神が信仰心を集めるために直接己の似姿を作り出したというのに、その神に対するなんらかの感謝や見返りをオーク族が為しているのを、ミエはただの一度だって見た事がなかったのだ。


「え、じゃあオークの神様ってその…誰も知らない…?」

「知らんことはない。オークどもが知らぬことはあるかもしれんがな」

「え? どうやって知るんです? だって他の種族はオークの事情とかこれまで知りようがないですよね? この街ができてからはともかく」

「確かにオーク族とそれ以外の種族はこれまで長い長い断絶を経ておるし、互いの言語すらろくに知らなんだ。が…神同士であらばある程度の事情は知っておるじゃろ」

「ああ! 神様に聞けばいいんですか! そうですよね!」


確か以前ネッカが異界の神性と交信する際、聖職者の方がこうしたことは専門だと言っていた気がする。

神と交信するにしても聖職者には〈交神オーマニグ〉という呪文があり、己の信仰する神に質問を投げかけることができると言っていた。


「オークを産み出した神の名はフクィークグ。地の底に潜み、邪と殺戮を好み、何よりも強さを求め、弱きを憎み、挫き、生贄と永劫の戦いを司るとされる神じゃ」

「なんかすごくわるそうにきこえます」

「邪神じゃからな」


カタカタと震えるミエにあっさりとそう言い放ったシャミルは、小さく嘆息して肩をすくめる。


「でも、でも、その神様のことはもう忘れられちゃったんですよね…?」

「うんにゃ。()()()()()()()()はまだ信仰しとるよ。地底のオークどもの主義主張が悪に寄りその行為が残虐なのは、つまりはまあ()()()()というわけじゃ」

「きゃあ!」

「…が、地底より地上に進出しそのまま地表に棲みついたオークどもは、()()()その邪神への信仰を忘れてしもうた。それが長い長い時を経た末の忘却なのか、それとも明確な意思を持った棄教なのかはわからんが」

「はー…」


ミエは感心したように息を吐く。


「あれ、でも神様に聞いて答えてくれるって言うならこれまでだってオーク語を神様に聞けば教えてくれたのでは…?」

「神だとて嫌なものは嫌じゃろ」

「ですよねー」

「そもそも己の敬愛する神の気分を害してまでわざわざオーク語を学ぼうとする輩なんぞほとんどおらんじゃろうしな」

「確かに…あれ?」


もしミエが愛息子と愛娘を産んでいなければ、ここで一つの疑問に思い至ったかもしれぬ。


オーク族の神が敷いている教義は残虐かつ酷薄で、地上に出て己の神を忘れ果ててしまったというオークどもでさえその教えを彷彿とさせる思想や行為を繰り返していた。

クラスク村の前身たるあの集落でミエは幾度もそれを目撃している。


だが先程シャミルが述べた彼らの創り主……邪神フクィークグの教義には、ミエが認識しているオーク族の特徴がひとつだけ含まれていない。

…オーク族の女性出生率の低さ、である。


だが今のミエはその疑問については既に結論を出してしまっており、ゆえに今の話に疑問をもつこともなかった。

ただそれはそれとして、今度は新たな疑問が湧いてくる。


「例外があるのはわかりましたけど…逆に言うとほとんどの場合各種族は自分達を生み出した神様を信仰するってことですよね」

「当然じゃろ」

「それが当然だとして…じゃあ天翼族ユームズが人間の村とかに教会建てても誰も信仰してくれないのでは…?」


以前アーリに聞いた話では確か天翼族ユームズは辺境の村や町にまで教会を建てて布教の見返りに教育などを受け持っていたはずである。

だがシャミルの話が本当なら天翼族ユームズが建てるのは天翼族ユームズの神の教会のはずだ。

人間族がそれを信仰するのだろうか。


「なんじゃそんなことか。心配いらん。天翼族ユームズが他種族の街に建てるのは『複音教会ダーク・グファルグフ』ゆえな」

「複? 『福音(ディーム・)教会(グファルグフ )』ではなく?」


ミエのすっとんきょうな声にシャミルが頷く。


「うむ。複音教会ダーク・グファルグフは主だった人型生物フェインミューブの神々をまとめて祭っておる教会じゃ。教義も比較的緩い。人間族が人間族の女神エミュアに祈りを捧げても問題ないわけじゃ」

「ああ、なるほどー!」


ミエの感覚的に複音ダークの発音は暗かったり闇だったりであまりいい印象がないのだけれど、この世界の住人にとってはきっと違うのだろう。


「まあ無論その分天翼族(ユームズ)の主神たるリィウーに向かう信仰は減るわけじゃが…かわりに他種族の街にも勢力を広げられるでな。戦略としては悪くなかろ? まあ元々リィウー自体が人助けや互助を好む女神ゆえ単純な損得では測れぬところもあるじゃろうが…」

「ほうほう…色々あるんですねえ」


ミエはまだまだこの世界に知らぬことばかりだと思い知らされる。

特に宗教関係はこれまでオーク族がまったく関わってこなかったため知らぬことだらけだ。



それにしても…とミエは思う。



己の生み出した種族が己に対する信心を失った…

それは愛する我が子に見捨てられた母親にも等しいのではないだろうか。






そんな神は、一体……

一体地上のオーク族の事をどう思っているのだろうか、と。






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