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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第四部 大オーク市長クラスク  第七章 天より舞い降りた聖女
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第357話 屋内卸売市場

「教会…ですか?」

「はい! ぜひ!」


ミエの申し出に少しだけ戸惑うイエタ。


「もちろんわたくしに否のあろうはずもありませんが…」


ちらり、と視線をクラスクの方に走らせる。

イエタの瞳に、クラスクは大きく頷いて賛意を示した。


「うちノ街マダ教会ナイ。()()()()()()()()()()。デモこの街オーク以外の住人増えタ。普通の街教会あル当たり前聞イタ。ダからお前が教会やっテくれルなら助かル」

「そういうことでしたら…」

「決まりですね! じゃあさっそく参りましょう!」

「参る? …あっ?」


ミエはイエタの言葉よりも早く彼女の腕を掴み、そのまま走り出す。


性急な彼女に連れられイエタはずるずると引っ張られて円卓の間から消えた。

体重の軽い天翼族ユームズが人間族に引っ張られて耐えられるはずがないのである。


「行ってしまったぞお主の嫁が。どうする市長殿」

「…()()()()()()()()。荷物も運び出さナイトダナ」


クラスクはガタ、と椅子を下げ立ち上がり肩を鳴らす。


「人手がイル。シャミル、リーパグを連れテ来テくれ。人足こっちデ用意すル」

「了解した。では現地で会おうぞ」

「わかっタ」


妙な言葉を交わしつつ、二人は円卓の間を出て足早にそれぞれ別の方角へと向かった。


「とーちゃーく!」

「ここは…?」

「今は屋内卸売市場として使ってますねー」


ミエがイエタを連れて辿り着いたのは中街の西門近くの北側にある屋内卸売市場であった。

背後では街の住人たちが二人を見つめながら口々に噂話をしている。

まあ明るさと美しさで有名な市長夫人と先程町中の耳目を集めた天翼族ユームズの二人が街中を走っていればこうなるのは目に見えていたけれど。


「それじゃあちょっと失礼しまして…」


ミエが建物の中につかつかと乗り込んでゆく。

イエタも素直にそれに続こうとしたが、建物の外で一回、首を傾げながら外観をじっくりと観察した。


「市場…これが…?」


卸売市場と聞いたが、それにしては建物のつくりが少々重厚である。

市場というより、これはむしろ…


「イエタさーん!」

「はい」


暫し思索に耽っていたイエタはミエの声に目をぱちくりとさせ、そのまましずしずと建物の中に入っていった。


「いつもは市場として利用してますけど、戦時には旅の方を泊める避難施設としても使ってたんですよー」

「なるほど…確かにこの広さなら色々使えそうですね」


そう返事をしながらもイエタはやはり腑に落ちない顔であった。


卸売市場といえば店などで用いる肉や野菜などの材料を売る市場である。

生鮮食品を扱うのだから〈保存ミューセプロトルヴ〉の呪文を唱えるのでもない限り雨は大敵だ。

そうした意味で屋根のある場所で開くのは確かに理に適っているとは言えるだろう。


だがそれだけが目的なら造りはもっと簡素でいいはずだ。

ここは市場と呼ぶには壁が厚すぎるし、屋根の作りも立派すぎる。

戦時に避難所として用いることを前提にしているからだろうか。


「おおミエ様!」

「ミエさま!」

「市長夫人! どうかなさったんですか?」


ミエに次々と声をかける店の者達。

一方で客の方はだいぶまばらである。


卸売市場と言う事は当然ながら他の店が開く前にだいたいの商品を売り終えているのが普通であり、昼過ぎに訪れる客は観光客か冷やかしくらいのものだ。

店の者達も売れ残りを叩き売ってとっとと片づけに入ろうとしている者が殆どである。


「ミエ様蕪買いません蕪。これ売ったら畳んじゃうつもりなんで安くしときますよー」

「いいですねー蕪! 煮つけに使いたい…のはいいんですが」


ミエは一旦言葉を切って、大仰に手を振って声を上げた。


「みなさーん! すいませーん! ちょっといいですかー!」


ミエの大声で店じまいをしていた店主たちがぞろぞろと集まって来る。


「お、なんだなんだ?」

「なんの話ですかミエ様」

「そちらの方は…ああさっきの」


全員の注目を集めきったミエは、小さく咳ばらいをすると本題を切り出した。


「すいません皆さん。この方…天翼族ユームズのイエタさんがこの街の聖職者に就いていただけることになりまして…つきましては以前からお願いしていた通り、こちらを()()()()()で使わせていただいてもよろしいでしょうか!」

「「「おお……!」」」


ミエの言葉に一堂がどよめく。


「ついにうちの街にも教会ができるのかー!」

「ありがたい…他のことにゃ文句はねえけど子供の病気の時だけはこの街は困りもんだったからなあ」

「ギス様がいらっしゃるんだけどもねえ。あの方はあの方で多忙だし、やっぱり本職の聖職者に来ていただけるのなら有難い…」

「しかもこんな絶世の美女と来たもんだ…ヘヘ」

「ちょっとアンタ!」

「ごめんよかーちゃん!」


口々に声を上げながら、だが全体として大いに賛意を示しているようだ。


「お約束通り新卸売市場は街の北門の外に大急ぎで作りますので。ちょっとの間露店になっちゃうかもですけど…」

「なあにこの季節はそうそう雨は降らんよ。大丈夫だろ」

「はあ…私の知ってる今自分は梅雨時なんですけどねー」

「ツユ?」

「あ、いえ、こっちの話で…」


ミエが故郷について想いを巡らせたところで、屋内にもう一人入ってきた者がいた。


「シャミルさん!」

「まったく…段取りもつけずに走り出しおって。店主どもをここから急ぎ追い出したとてその移転先もまだろくに出来ておらぬじゃろ」

「それはそうなんですけど…やっと本来の目的で使えるのかと思ったら嬉しくなっちゃいまして…」

「ま、わしも元々そのつもりでデザインしたわけじゃしな。気持ちがわからんでもないが」


そう呟きながら建物の中をぐるりと見渡すシャミル。


「あら、旦那様は?」

「リーパグと下町の石材運びに来とった東山ミクルゴックの連中を連れて北門の外に出たわい。突貫工事で移転先を作るつもりのようじゃ。一応図面は渡してあるでな。市長殿なら問題なく読めるじゃろ」

「おおー、流石旦那様!」


感心するミエの周りで商売人たちが思った以上に速い進捗に目を丸くする。


「流石うちの市長様っていうか行動はえーな!?」

「みくるごっくってあれだろ? 最近増えた他部族のオークの…」

「あいつらちょっと荒くれっぽいよなー」

「ハハハ確かに。うちのオーク達に比べるとだいぶなー」


彼らの話を聞きながらミエとシャミルは軽く目配せをする。


クラスクは周囲のオークの部族の殆どを傘下に収め、強大な軍事力と発言力を手に入れた。

一方で彼らは未だ教育の途上にある。

この村で最初からクラスクとミエによって色々教えて来たオーク達に比べるとどうしたって粗野な部分は否めない。


まだまだ発展途上のこの街で、今クラスクが最も気を使っている部分である。


「あの…ミエ様」

「はい、なんでしょうイエタさん!」


くるりんと振り向くミエの身体はエネルギッシュで躍動感に満ちていた。

シャミルと共有している悩みはあるがそれはそれ、と切り替えられるのがミエの特性であり強味でもある。


「この建物は…もしかして、教会、ですか?」


イエタの問いにミエはぱああ、と顔を輝かせて大きく肯首した。


「はい! いつかうちの街にも聖職者に来ていただけると信じて、()()()()()()()()()()()()()!」

「やっぱり……!」

「ま、当時の余った石材の使い道としてはちょうどよかったでな」


そう、今やこの街の宮廷魔導師となったネッカにより当時大量の石材が調達され、城壁を組む以上に余りある数になった時、シャミルは城内に居館を造ろうとした。

その時ミエに言われてついでに設計したのがこの教会である。


もし無事に地底軍の侵攻を切り抜け、この街がその後も発展する事があるのなら、オークの街にもいつか天翼族ユームズならずとも聖職者が来てくれるかもしれない…そんな望みで建てられたものだったのである。


まあその間空き家として放置しておくのももったいない、ということでしばらく卸売市場として用いられ、さらには地底軍に攻められた時など有事の際には観光客や行商人たちを一時的に収容しておく避難所としても活用されていたわけだ。


まあ卸売市場や避難所として利用されてきたことからもわかる通り教会と言っても結構な大きさで、どちらかというとやや小ぶりな大聖堂、と言った方がニュアンス的には近いかもしれないが。


「今後も有事の際は臨時の収容施設として使わせていただくことがあるかもしれませんが…それ以外の時はイエタさんのいいようにお使いください。必要な調度などありましたらうちの木工職人のホロルさんと石工…石工? のネッカさんに用意させますので!」


両手を合わせたミエが笑顔で告げる。






かくして…クラスク村に教会が誕生した。

イエタが街にやって来た、当日の出来事である。






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