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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第六章 決戦!城塞防衛線
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第322話 黒騎士ウィール

「さて…クラスク村を墜とさんとほぼ全軍出撃しているにしても、この拠点を守ってる奴がいるはずだ」


キャスが岩陰から僅かに身を乗り出し、目を凝らしながら眼下の村を観察する。


「どんな相手かしらね? キャス」

「そうだな…」


ギスに問われてキャスが眉根を寄せる。


「ある程度の人数で群れているか、あるいは少数精鋭で固められているか。できれば大人数の方が有難いのだが…」

「イヤ人数少ネエ方ガヨクネエ?!」


リーパグのツッコミにキャスは静かに首を振る。


「いや本来の戦略目的が別にあった上であえて数を残すと言う事は逆に言えばそこに手強い相手が残っていないということだ。それより少人数で守らせている方が…」


そこまで言い差してキャスの目がスッと細くなり、同時になんとも嫌そうに唇を曲げた。


「…一人ダナ」


キャスの背後から身を乗り出したリーパグが手をかざしながら呟く。

彼らの視線の先には村の見回りをしているらしき漆黒の鎧を全身に纏った壮年の男性がいた。


「厄介だな…」

「見テワカルノカ」


リーパグの素朴な疑問にキャスが肩をすくめ首を振る。


「いいや、隙のない身のこなしだとは思うが見ただけで実力がぽんとわかったりはしない。ただ…」

「タダ?」

「足して同じ実力になるのなら一人より三人の方が絶対有利だ。人数が少ない程取り囲まれるリスクが増え数押しに弱くなるからな」

「それでもあえて一人、ということは…相当強い相手、ということよね」


ギスがぼそりと呟いたその言葉に、キャスが溜息をつきながら頷き同意する。


「さて参ったな。シャミルは戦場には出せんし…」

「あたりまえじゃころすきか」

「となると私とギスとリーパグとイェーヴフであれを囲むしかないわけだが」

「ツッテモヤルシカネエンダロ?」

「…そうだな」

「待って。ちょっと待って」


ギスが片手でキャスを制しながら懐から紙包を取り出す。


「…なんだそれは」

「常備薬よ。師匠のところで教わった咳止めの薬。激しく動く事までは想定してないからまあ気休めかもしれないけど」

「そんなものがあったのか…」

「呪術的医療に関してはオーク族のそれは侮れないわ。ホント偏見は良くないわね。単にモーズグ師匠が飛びぬけて優秀だって可能性も否定できないのだけれど」


そう言われてキャスは思い返す。

かつてのギスは発作持ちであった。

だが言われてみれば確かにこの村に来てから彼女が咳込むところを殆ど見ていない気がする。


「デ、目当テノ場所ッテノハドコダヨ」

「どれどれ、わしにも見せてみい。確かめてみよう」


腰のポーチから片眼鏡を取り出したシャミルが、岩場からこっそり顔を覗かせてリーパグに居場所を指差させ確認する。


「そうじゃな。あやつがうろうろしておるあたりがかつてのわしの家に間違いない。あそこが『天窓』と考えていいじゃろ」

「つまり私達の目的を果たすにはどちらにしろあれを何とかしなければならないのよね?」

「まあそうなるな…」

「元カラソノ予定ダッタジャネエカ」

「まあそれはそうなのだが…」


妙に煮え切らない態度のキャス。

なんとなくあの黒鎧の男…黒騎士は危険な香りがしたのである。


だがやらざるを得ないというのであらばやるしかない。

キャスは覚悟を決めて己の愛剣を引き抜いた。


「…よし、作戦を説明するぞ」



×        ×        ×



黒騎士ウィール・クモットは地底へと通じる貴重な『天窓』の近くで足を止め、不審げに眉根を顰めた。

そして無言のまま腰を落とすと、そのまましゃらん、と腰の剣を抜き放つ。


たまに訪れる他の村からの行商人ではない。

明らかにこちらに害意のある何者かがこの村に侵入している。


「〈無敵(クェオッカム)の戦士(・イクポスヴォンヴォ)〉」


小さな呟きの後に漏らしたその言葉と共にブゥン…と彼の周囲に目に見えない何かが展開される。


そしてその後再び小声でぼそぼそと呟いた後、さらに力ある言葉を放った。


「〈(フヴォグスキック)(・デ・イクスクォス)〉」


じり、と右足を前にすり出し、周囲に目に見えぬ警戒の『輪』を広げてゆく。

そして…一瞬眉根を動かした直後、地面を蹴って一気に地を駆けた。


「むうん!」


剛剣、一閃。


はす向かいのノームの家…いや人間から見れば家屋ではなく丘の麓の岩場なのだが…その壁を真横に両断し、その向こうにいる相手ごと切り裂いた。


…はずだった。


脱兎のごとく飛び出した白き閃光が、一瞬で彼の前方から右横に回り込む。

そしてその胸下に隠していた白刃を一気に突き込んだ。

だが驚くべきことに黒騎士ウィールはその神速の刺突に反応した。

振り払った剣の切っ先を、その手首をのひねりだけで捻じ曲げて、己に襲い来る白い暴威へと軌道を変え放つ。


けれどその曲芸のような斬撃すらその疾風の如き襲撃者の動きを捕らえることは叶わなかった。

空中で気色悪い角度に折れ曲がったウィールの大剣の一撃を、まるでかき消すような動きでかわしたその襲撃者は、一瞬で逆方向へと回り込み再度鎧の継ぎ目、首元を狙い必殺の一撃を見舞う。


その動きにすら体を替え向き直り対応せんとした黒騎士ウィールの身のこなしは驚嘆すべきものであった。

しかし…そこで彼は衆寡の差を思い知らされることとなる。


謎の襲撃者の攻撃に備えんと軸足をずらし応身したその刹那、つい先刻その相手が最初の刺突を放った方向…即ち今の彼の背後から猛然と飛び出し斬りかかる褐色の影があった。

それと同時に彼が最初に斬撃を放った方角…元々襲撃者が隠れていた方角から、身を隠していたオークが長剣で斬りかかる。

そして…そのオークの逆方向より、闇を切り裂いて彼の首筋に矢が飛来する。


乾いた金属音がほぼ同時に、四方から連続で響いた。


最初の襲撃者…精霊魔術〈風歩(クミユ・ギュー)〉により神速を得たキャスの愛剣の一撃。

丘の上より密かに身を隠したまま村へと降り立ち、キャスと呼吸を合わせ斬りかかったギスの曲刀による斬撃。

最初キャスが隠れていた場所にあえて身を屈め潜めて隙を伺っていたイェーヴフの長剣の猛撃。

そして彼らが作った隙に物陰に隠れ潜んでいたリーパグから放たれた急所狙いの弓矢の一矢。


その全てが、まるで目に見えぬ硬い壁にでも叩きつけられたかのように黒騎士に届かず弾かれたのだ。


「ナンダコイツ!」

「気を付けろ! 硬いだけじゃない! 魔術で剣を強化している!」

「参ったわね…!」


イェーヴフが毒づき、キャスが素早く警告を放って右へと周り込もうとする。

だがその脚に先程の速度はない。


風歩(クミユ・ギュー)〉はごく短い詠唱のみで発動するため隙がほとんどなく、呪文発動と同時に移動と攻撃を繰り出すことができる非常に強力な移動力・機動力強化の呪文である。

…が、圧倒的な速度を得ることができる一方で持続時間が極端に短い。


以前から修得していた呪文ではあったけれど、キャスはこの呪文の使用を躊躇しがちであった。

効果が大きい反面魔力消費に比して呪文の持続時間が短すぎて、多用すれば瞬く間に魔力切れを起こしてしまうからだ。

専門の術師でなく魔力総量の乏しいキャスにとってそれは看過できないデメリットである。


「ふんっ!」


空中で急角度に折れ曲がり、キャスの胴を薙がんと放たれる黒騎士ウィールの斬撃。

だがキャスはその一撃を刺突用の細身の剣で受け、そのまま斜めにいなし流した。


「!?」


魔力で強化された己の魔剣で、相手の細剣ごとそのエルフを叩き斬るつもりだったウィールは驚きに眉を顰め、素早く後ろへステップして距離を開ける。

その隙を逃さんと放ったキャスの突きは、けれど彼の鎧にすら届くことなくその手前で再び不可視の壁に阻まれ乾いた音を放った。


彼女の剣は現在魔剣に生まれ変わっており、常時〈風巻(ギュー・サイプティア)〉の呪文が付与されている状態である。

かつての彼女が多用していたその呪文が常時剣に付与されたことにより、キャスは余剰の魔力でより多様な呪文を使えるようになったのだ。

先程の〈風歩(クミユ・ギュー)〉もその一つである。


さらに本来大剣と細剣がかち合えば簡単に細剣の方が折れてしまうものだが、魔剣となり強度が上がって、かつ常に風の幕を纏っているキャスの剣は細剣でありながら『受け』に特化した力を発揮し、飛び道具や重い攻撃をも弾きいなすことが可能となった。

その特性に一撃で気づいたウィールは、警戒して距離を離したのである。


「オイオイコッチニハ俺ガ……ア痛ァ!?」


黒騎士が退避した方向にはオークの若手イェーヴフが控えていた。

彼は斜め後方から黒騎士に切りかかったが、オーク族の怪力と共に放たれた彼の渾身の一撃もまたウィールの肩口の遥か手前で弾かれた。

同時に黒騎士から放たれた斬撃を首を引っ込めてギリギリかわし、慌てて四つん這いで距離を取るイェーヴフ。


(どういうことだ…?)


丘に挟まれた夜明け前の小さなノームの村。

対峙するはクラスク村の精鋭達と謎の黒騎士ウィール。


キャスは冷や汗を総身に滲ませながら…相手の圧倒的な、そして奇妙な守りの秘密を探る。






その謎を解かない限り…自分達に勝ち目はないのだから。






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