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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第六章 決戦!城塞防衛線
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第301話 蹌踉の娘

クラスクは鼻を鳴らしながら村の中を走り回った。

彼の目から見たネッカは気弱ではあるものの責任感が強く、一度受けた仕事は絶対に投げ出さないタイプだった。


頑固に、粘り強く、泣き言は言うが決して諦めない。

それは彼女の芯の強さに根差しているのだろう。

短い付き合いではあるが、クラスクはそれをよく知っていた。


そして今は村の重大事。

彼女が、そして彼女の()()()()がなければ話にならぬことがいくらでもある。

そうした時彼女は頼まれずとも会議に飛び込んでくる女のはずである。


それが会議室…円卓の間に顔を出さぬ。

今忙しいからと連絡すら寄越さぬ。


これはおかしい。

間違いなく彼女になんらかの危難かあったのだ。

クラスクはそう確信していた。


(…こっちカ!?)


鼻をひくつかせたクラスクは市場の角を鋭角に曲がる。


…他種族のオークに対する根も葉もない噂の一つに、オークは臭いで女の隠れている場所がわかる、というのがある。

村がオークに襲撃された際、床の下や屋根の上などに隠れても見つかってしまうというのだ。

隠した麦や肉などは見つけられないのに、である。


それはある意味誤解で、そしてある意味正しい。

彼らオーク族にとって種の維持が最優先事項であり、女性を探す時には皆必死になる。

だから女たちが隠れているところを見つける、のではなく女が見つかるまで家を叩き壊してでもひたすら探すのだ。

そしてそうしたノウハウが世代を超えて受け継がれてゆくうち、女が隠れていそうな場所を種族的な知恵として持ち合わせるようになったのである。


食料ももちろん大事だが…特に酒は大事だが…そちらは最悪自分達で狩りなどをして賄うことができる。

酒も果実を壺に入れて放置しておけば(味はともかく)作ることができる。

なので彼らにとっては多少優先度が低い。


ゆえに目当ての女どもを見つければそれ以上必死に探さなくなるだけなのである。


ただ…今のクラスクは明らかに鼻を使っていた。

女には男にはない匂いがある。

香り、と言った方が通りがいいだろうか。

そしてそれは女性個々によって異なる。

クラスクはミエやキャスの体臭からそうしたことを学んでいた。


そして…彼は今ミエに≪応援≫されている。

それにより彼は≪疑似スキル/感覚鋭化≫を発現させていた。

寝所の中でなくとも、屋外でもその鋭い嗅覚を存分に発揮できるようになっていたのである。



まあそれを女性陣に告げたら嫌な顔されること請け合いだろうけれど。



「イタ……!」


ネッカの残り香を辿り、クラスクは人通りのなくなった市場の裏の一角にうずくまるネッカを発見した。


「ネッカ…ドウシタ…ネッカ!!」


だが彼が幾ら呼び掛けても身体を揺すっても、彼女は…ネッカは座り込んだまま虚ろな瞳で反応を示さなかった。




×        ×        ×




時は少し遡り、一度目の角笛が鳴り響いた頃。

つまり紫焔騎士団が村へと近づきつつある時分。


ネッカはその音を聞きながらつい先日完成したばかりの居館へと急いでいた。

己が作成した魔具の初めての本格稼働である。

正常に動いているのか、何かの手違いで誤報ではないのかが気になったのだ。


「ん…ネカタじゃねーか」

「あ、ホントだ! ネカタ! ネカタ!」

「ほう、こんなところでお会いするとは…」


びくん、とネッカの身体が跳ねた。

まるで理科の実験で電流を流された蛙のように。


ネッカに声をかけた者達はわらわら、と彼女の前にやって来る。

最初に声をかけたものは鎖鎧を着た人間族の戦士のようだ。


次に声をかけ、今も楽しそうに飛び跳ねているのは皮鎧を着た小人族の娘。

種族と装備を考えると盗賊だろうか。


そして最後に反応したのは首に聖印を下げた中年の男性。

こちらは恰好からして僧侶のように見える。


「ア、アムウォルウィズさん、ライトルさん、ヒーラトフさん……!」


ネッカは口をぱくぱくとさせながら、なんとかそれだけの声を絞り出す。

それより後の台詞は全て言葉にならず喘息のような荒い呼吸に混じって消えた。


「おうおう、元気してたかー? つかなんだこの角笛」


気軽に声をかけて来る戦士アムウォルウィズ。

ただそれに比してネッカの反応はやけに過剰だ。

顔を真っ青にして脂汗をだらだらと流し、俯いたまま彼らを見ようともしない。


「だいじょーぶ? なんか顔色悪いよ?」


ライトルが一歩近づき、同時にネッカが一歩後ずさる。

ライトルがが二歩、三歩と詰め寄るのに合わせ、四歩、五歩と足早に距離を取る。


「ちょっとー、ネカター?」


そしてライトルの声に僅かな非難の色が混じった瞬間…ネッカは耐え切れず踵を返してその場から駆け去った。


「ねえちょっと! どこいくのさ! ねえ! ねえってば!」




×        ×        ×




「オイ、ドウシタ! ネッカ!」

「わたし…」

「ネッカ! 気付いタカ! ネッカ!」


クラスクの前でやっと何かを呟いたネッカだったが、その瞳は虚ろなままだ。


「わたし…役立たずなんでふ…」

「そんなコトないゾ! お前の()()()()すっごイ便利!」

「駄目なんでふ…役立たずなんでふ…」

「オイ! しっかりシロ! ネッカ! ネッカ!」

「すいませんでふ。ごめんなさいでふ。申し訳ないでふ…」

「誰に謝ってルンダ! ネッカ! オイネッカ!」




…ネッカは元から内向的な気質の娘であった。

幼い頃の彼女は熱心に本を読み耽り、かつて繰り広げられた戦役や魔物討伐、英雄譚などに胸を躍らせ、その登場人物たちと一緒に冒険に出る己を夢想するような、そんな夢見がちな娘であった。


ただ…少々世間ずれしたところはあったけれど、今の彼女ほどに臆病で怖がりで引っ込み思案ではなかった。

やりたいことがあればそれを目指してただ黙々と努力するような、地味ながら前向きな娘だったのである。



……彼女の今の、いや村に来た当時のあの極度に後ろ向きな性質は、かつての彼女の冒険者生活に起因している。



冒険者は通常最低四人からパーティーを組む。

前線を担い、敵を討ち、同時に肉体的に脆弱な後衛の術者を敵の攻撃から守る戦士。

解錠、罠解除、索敵などをこなしパーティを安全に迷宮の奥へと案内する盗賊。

傷の治療、毒や麻痺の中和、呪いの解除、さらには不死者や怨霊などの退散を受け持つ僧侶。

そして解き明かしたる様々な神秘を操り物理的に到達、或いは達成困難な状況を解決するためのパーティーの懐刀、魔導師。


神官戦士が戦士と僧侶を兼任したり、罠の検知などに魔術を用いる魔盗が盗賊の技術と魔導術を組み合わせ駆使したリ、などといった例外こそあるが、基本的には四つの職を個々が分担しパーティを組む。

いわゆる『冒険者仲間』という奴である。


これらの職業はそれぞれ得手不得手が異なり、冒険に於いて直面する数々の困難を各々の得意分野で対処し、補い合い、突破するために仲間となる。



けれど…ネッカの加わったパーティでは、その分業が上手く働いていなかった。



冒険者において魔導師に求められているのはばまず第一に〈火炎球カップ・イクォッド〉や〈(ルケップ・フヴ)(ォヴルゴーク)〉のような広域制圧用の攻撃呪文による敵集団の掃討…いわゆる『雑魚散らし』。


次に〈武器(ヴェビューム・)魔化(ルヴァグスヴィ)〉や〈加速イルカグ〉のように戦闘系クラスを強化する『戦闘時のサポート』。


さらには〈蜘蛛糸ピム・クィフォボク〉のような敵集団の『行動阻害やデバフ』、〈怪物(カークヴー・)招来(ヴーワック)〉などによるモンスターを呼び寄せての『手数の増加』。


つまりは撃もしくは攻撃補助による戦闘の総合的なサポートが期待されている役割である。

冒険者の目的が迷宮攻略や魔物討伐による財宝や報酬の獲得なのだから、そうした戦闘方面の活躍が求められるのは当然と言えよう。



ゆえに彼らがネッカを迎えた時も、そうした貢献が期待されていた。



ただ…魔導師がどんな呪文を修得しているかは個々の目的や研究テーマによってバラバラである。

冒険者を目指していなかった魔導師の場合、呪文リストにそうした戦闘系の呪文がほとんど、或いは一切存在しないことも珍しくない。


ネッカの場合もこれであった。


彼女の呪文は元々職人稼業の補助とすべく選んだものであり、戦闘の役に立つものはあまり多くなかった。

また己の特性である土や石の呪文を多く選択しており、そうした呪文が役に立つ任務を受ける機会もまるでなかったのだ。


石関連の呪文であれば防御術などに強力なものもあるにはあって、それらは冒険者にとっても非常に有用ではあるのだけれど、そうした呪文は攻撃呪文が使えた上でおまけで覚えていれば有難がられるものであり、防御しかできないのでは話にならない。

護る一辺倒では勝てないのである。


冒険に於いて足手まといとなった彼女に、仲間たちは愚痴や小言を言い放つ。

ひとつひとつは大したことはなくとも、幾度も幾度も、恒常的に繰り返されてゆくうちに、それは彼女に擦り込まれてゆく。

ネッカの表情からやがて笑顔が消えて、だんだんと、徐々にその言動から自信が失われていった。


だがそんな彼女にも大きな長所はあった。

スキル≪魔具作成≫である。


冒険の役に立ち、なおかつ彼女の得意分野と言えるのが≪魔具作成≫であり、特に戦士の武器や防具を強化できる≪魔具作成/武器防具≫は非常に有用と言えた。


…が、魔具作成における最大の懸念である資金面の問題を、そのパーティは解決できなかった。


金貨千枚で作った魔法の鎧があれば並の鎧より多くの攻撃を防ぎ、結果回復のポーションなどの浪費が減らせたはずだ。

金貨二千枚で作った魔法の剣があればより多くの敵をより短時間で倒し、多く歩合(ぶあい)の報酬を得ることもできただろう。

そしてそれらを合わせればパーティーの総合力が向上し、より報酬の高い難度の高いクエストだって受けられたはずだ。



はずなのだが……それだけの金貨を、彼らは捻出することができなかった。



さらに魔具作成には時間もかかる。

目先の資金欲しさに次々に依頼を受ける彼らは、ネッカにその時間を用意することもできなかった。


これをパーティの責任だと、ネッカは被害者だと言うこともできる。

ただ…彼女には彼女の問題があった。



自己主張を、しなかったのだ。



例えば金貨千枚の報酬があったとして、このパーティはそれを山分けしてしまう。

四人のパーティだったから分け前は一人当たり金貨二百五十枚。

これでは酒場で豪遊はできても大きな買い物はできない。

結果…彼らはその報酬をその日暮らしに消費してしまっていた。


ネッカはこう言うべきだったのだ。

「その金貨千枚を私に投資してください」と。

「必ずその倍以上の価値のあるものを造って見せます」と。


だが…その頃の彼女はすっかり自信を喪失していた。

パーティの足を引っ張っている自分がより多くの金銭を要求し、それで魔具作成に失敗でもしたら今以上の迷惑をかけてしまう。

そんなことはできない、してはならないと思い込んでいたのだ。



ドワーフ族特有の生真面目さと思い込みと頑迷さが、この場合悪い方向に作用した。



ドワーフとして、魔導師としての短所ばかりが目立ち、それでいて己の長所を活かせない。

それでも懸命に結果を出そうともがいていた彼女は……焦りによりミスを犯し、仲間を怪我させてしまう。



「お前…やめっちまえ!」



その時の戦士アムウォルウィズの一言が…彼女の自信を完全に打ち砕いた。

ネッカは必死に最後の任務をこなし、なんとかやり遂げて…






そして、彼らのパーティから逃げ出したのである。






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