第294話 埋伏の毒
ミエはネッカやシャミルから魔導師たちの行動原理や行動指針を熱心に聞いていた。
そして『魔導師とはこの世界の全てを式として解き明かすことを目指す研究者集団である』…彼女なりにこう認識した。
「つまり各国に雇われたりするのも冒険者? として色んな冒険に出るのも全部魔術の研究資金を得たり魔導師を保護させて研究を進めるためのものなんですねえ」
ネッカもアーリも気づくことはできなかったが…それこそが、あの日彼女がネッカに村への占術を妨害する魔具を造ってもらった本当の理由だったのだ。
(すごい…すごい、すごい…!)
別の占術でその城を調査しようとして阻害され、ネザグエンはローブを一層深く引きかぶった。
己の興奮した面持ちを己の軍の司令である秘書官トゥーヴに見せないようにしたのだ。
各国の王都ならいざ知らず、各地の貴族領主の邸宅すら、全てが魔術による防護が施されているわけではない。
それ以外の商業都市ならその頻度はさらに下がるし、規模の小さな街や村ならまずそんな余裕はないはずだ。
そんな魔術に対する護りをこの辺境で、しかも勃興間もない村が備えている。
それは実に驚くべきことだった。
それは単にそうした魔術を扱う者がいるかどうかというだけの話ではない。
村の為政者の《《魔術に対する意識が高い》》、《《魔術への理解が高い》》と言う事である。
魔導師は究極的にはこの世界の全てを解き明かし公式として表すことを目的にしている。
そのために日々研究とその成果を確かめるための実践の場を求めている。
そんな彼らにとって研究資金はとても大切だ。
国に仕えるのも旅をするのも全て研究費用の助けとするため、という事が殆どである。
ゆえに資金を援助していくれるパトロンは彼らにとって非常に有難いし、いつでも求めている。
…が、より彼らの本音を引き出すなら、きっとこういう答えが返ってくるはずだ。
自分達が求めているのは《《魔導への理解》》が高いパトロンだ、と。
金は出してくれるけれど魔術の原理の仕組みも何も知らず、あれをやれこれをやれと喧しく喚くパトロン。
魔法なんだからなんでもできるんだろう? と理解度が低く無理難題を押し付けてくるパトロン。
援助を受けている側としては無碍に断ることもできず、結果余分な手間や時間をかけて研究にかけられる時間が減ってしまう。
それでは援助を受ける意味がない。
金は出してくれるが魔導術にも理解がある。
そういう相手こそ彼らは望んでいるのである。
さてそんな視点でクラスク村を見てみるとどう見えるだろう。
まだ生まれたばかりの小さな村だというのに魔具を巧みに使いこなし、この世界に於いて重要な《《魔術情報戦》》への理解が高い。
さらに言えば魔具を造るには少なからぬ時間と金が必要である
だがこの村にはそれを戦争までにきっちり余裕をもって間に合わせている優れた計画性がある。
それは魔具およびその製作期間に対するしっかりした認識があると言う事で、同時に少なからぬ予算を捻出する資金力と決断力があるということだ。
魔導師にとって、それはほぼ理想的なパトロンと言えるのではないだろうか。
さらに言えばもう一つ、魔導師にとって大きな誘因力がこの村にはあった。
魔導師は世界の全てを解き明かすのが目的である。
そのため彼らには皆多かれ少なかれ共通した傾向がある。
それは…好奇心。
知らないものを知ろうとする。
そして見えないものを見たいと思う。
そうした拭い難い癖を、彼らは皆有している。
そんな彼らに、できたばかりの小さな村が突然城に生まれ変わり、かつその村の何者かがしっかりと占術防御を固め、城内を占術で覗き見ることができぬ、などという状況に放り込んだらどうなるだろう。
知りたい。
それは知りたい。
どうやって魔術的に村を守っているのか。
どんな魔具を造ったのか。
村の中はどうなっているのか。
魔術に理解ある為政者は誰で何者なのか。
これだけの魔具を製造せしめる彼らの豊富な資金源はどうなっているのか。
止め処ない興味と好奇心がネザグエンを襲い、一度でいいからその村を訪れてみたい。その中を歩いてみたいという想いに襲われた。
そう、あろうことか今から攻め滅ぼさんとする村を前にして…彼女はその村の無事を願ってしまっていたのである。
× × ×
「わはははははは! 報告しまーす! あいつら城の東1ニューロ(約1.5km)あたりをうろうろしてるだけでこっちに攻めてきません! わはははははは!」
城の護衛隊にして普段は農作業従事者の指導員、そして現在は城壁の見張り員兼守備隊として便利に使われている元翡翠騎士団第七騎士隊のレオナルが愉快そうに報告する。
なにせ秘書官トゥーヴは親バクラダ派。
彼の手駒たる紫焔騎士団と国王直轄の翡翠騎士団は少々どころではなく仲がよろしくない。
その相手が自分達を前に右往左往している様がおかしくてたまらないのだ。
「その笑いはいらん」
「申し訳ありません隊ちょ…元隊長殿!」
キャスにギロリと睨まれて震え上がり慌てて謝罪するレオナル。
キャスの隣に現隊長のエモニモが控えている現在確かに失礼ではある。
「構いませんレオナル。私達にとって隊長はいつまでも隊長です」
「ハ! エモニモ隊長! では今後も遠慮なく!」
「遠慮しろ!」
さも当然のように言い放つエモニモとそれを即受け入れる元隊員をたしなめるキャス。
「しかし予想以上に早く攻めてきた割にはこう…すぐに攻めてきませんねえ。私は軍事関係にはてんで詳しくないですけど」
ミエが首を傾げる横で、サフィナもこくこくと頷き同意する。
「それはアレだよ。攻める手段がねーんだよ」
二人にそう説明したのは、いつもは無知をひけらかす側のゲルダであった。
「攻める手段…?」
「戦争ってなあ状況によって《《攻め方》》が変わるのさ。例えば平地なら機動力がある方が強いし、相手が森や村に引っ込んでるなら火を放ったりできた方が有利だろ?」
「状況に応じて戦法が変わるってことですよね?」
「そーそー。騎兵が強いのはなんってったって平地だ。人間を超える速度の馬に乗って騎兵槍でどーん! てぶつかりゃあ巨人族にだって大ダメージを与えられる。連中は歩兵もいっぱい連れて来てるしな、村に籠ってたら歩兵で鎮圧、村の外に誘い出せたら騎兵で蹂躙、どっちに転んでも圧倒できるようこっちより遥かに多い人数を用意してる。ま、王道だよな」
「「おおー」」
ゲルダの言葉にミエとサフィナが素直に感心し、キャスとエモニモが同意するように頷く。
基本的に相手を包囲できる大軍を用意して正面からぶつかれば戦争には勝てる。
実も蓋もない言い方だが戦争に於いてまさに『数は力』なのだ。
なので辺境の小さな村をひとつ潰すのにこの規模の兵を用意した秘書官トゥーヴはかなり優秀で、それでいて本気であることがわかる。
「けど城攻めとなると話は別だ。うちの村にゃあ城壁だけじゃなく堀もあるし、騎兵はこっちが兵を外に出さない限り仕事ができねえ。それに向こうは攻城戦の準備もしてねえだろうしな」
「想定した相手は別でしたけど、ほんと城壁が間に合ってよかったですねえ」
そう呟きながらミエが視線を向けた先には…円卓に突っ伏しているシャミルの姿があった。
「お疲れ様ですシャミルさん。寝ちゃってますかー?」
「ムニャムニャ…大丈夫寝ておらん寝ておらん。寝て…zzz」
「寝てるじゃないですか! …とはいうものの流石にこれ起こすのは酷ですよねえ」
なにせミエとネッカが用意しクラスクが各部族のオーク達に運ばせたあの大量の石材を、ほぼ彼女の指示で城壁として積み上げ簡単な構造の塔を造りさらに居館や収容施設まで作り上げたのである。
まあ屋根など一部細かな作業は流石に村の職人たちの手によるものだが、最後の方などほぼ連日徹夜であった。
なにせオーク族には≪暗視≫がある。
深夜だとて問題なく作業をする事ができるのだ。
ゆえに現在見張りとして動いているのはほとんどがエモニモの配下たる衛兵隊であり、オーク達の半数は疲労困憊で城内のあちこちで雑魚寝している状態だ。
もしこれを占術などで覗かれていたら遮二無二攻め立てられてピンチになっていたかもしれない。
「向こうがこの城に必要以上に警戒してくれているお陰で助かったな」
「ン。間に合わせタ甲斐があっタ」
…と、その時、居館の扉を開けて何者かが飛び込んできた。
レオナルの相棒、元翡翠騎士団のライネスである。
「た、大変です大変です! し、紫焔騎士団が…!」
急報に一同が緊張し、キャスとエモニモがガタ、と椅子から立ち上がる。
「どうした! 動いたか!」
「いえ隊長…じゃない元隊長…いや動いたっつーかなんつーか…」
「要点を簡潔に」
エモニモにぴしゃりと言われたライネスは…頭を掻きながら、なんとも奇妙なことを言い出した。
「それがそのー…《《紫焔騎士団が》》、《《攻撃を受けてます》》!!」
「「「はい………?」」」