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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第三部 村長クラスク 第六章 決戦!城塞防衛線
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第289話 深淵の会合

闇の帳が深く降りる。

月の女神イラシグの麗しき威光が降り注ぐ。


ここは多島(エルグファヴォ)丘陵(レジファート)の丘の一角、ダーディニエム公国。

ノームたちの暮らす小国である。


その東端の村、ルゥムヴィス・エドグブ村。

その村では夜もま深いというのにノームたちが仕事に精を出していた。


皆明るく、笑って挨拶をかわしながら、何かを運び家の中に消えてゆく。

ただ一体何を運び、何の仕事をしているのかは、薄明かりの中でよく見えず判然としない。


そんな村にふわり、と何かが舞い降りる。

何かが空から舞い降りる。


ノーム族は丘をくりぬき半地下の家を造る。

ゆえにノームの村の多くは丘陵部に面した、或いは丘陵部に挟まれた地形に形成されることが多い。

そんな彼らの住まう丘の上方に…何かが天より降りて来た。


「ほう、ほうほう」


それはその()()()の口から発せられた言葉だった。

月光に照らされるその()()()の姿は一見すると人型のそれだ。


その人型の何者か…仮にそれが人間族だと仮定するならば、顎髭を生やした掘りの深い中年男性に見える。

だが先程の言葉は…いや声色は、その姿から発せられたにしてはやや違和感があった。


声が()()()()のだ。

中年ではなくまるで少年のような声音なのである。



その不自然さが……彼にどことなく不気味で不可思議な印象を纏わりつかせていた。



「何をしに来たグライフ。邪魔をする気か」


空から降り立ったその中年男性に話しかける声がある。

いつの間にやら彼の背後に何者かが佇んでいた。


その肌は黒く、黒く。

宵闇に紛れるほどに黒く。

その瞳は紅蓮に燃え憎悪に歪み、そしてその耳は先端が鋭利に尖っている。


端的な黒エルフ(ブレイ)の特徴である。


「随分な物言いじゃないかクリューカ。せっかく陣中見舞いに来てやったというのに」

「魔族風情に見舞いなどされたら計画にケチが付くわ。貴様に僅かでも他人をおもんばかる心持があるのならすぐさまこの場から立ち去れ。我らのことなど放っておくがよい」

「なら気にしなくていいね。他人の気持ちなどどうでもよいのだし」

「フン」


笑顔で返すグライフと呼ばれた中年男性らしき存在。

魔族風情と言われていたが見た目は人間族となんら変わらぬように見える。


「だいたい貴様、いつもの『人皮』はどうした」

「いやーそれがちょっとうっかり破いちゃって…お気に入りだったんだけど」


肩をすくめながらグライフがうそぶく。


「ふん。それで別の『皮』を慌てて着込んだか。道理で言葉遣いがおかしいわけだ」

「え? 変かな?」

「その姿でガキのような口の利き方をするな。不気味で身の毛がよだつわ」

「そう? …そうか。成程。気を付けんとな」


喋りながら途中、唐突に声のトーンが変わり、その見た目通りの言葉遣いと声の高さに変じた。


「だいたい貴様が()()をあの女から取り戻せなかったからこんな手間をかけることになる」

「そう言われてもな。女があの石を掠め取ったのに気づかなかったのはお前の落ち度ではないか」

「………………………………ッ!!」


ぐうの音も出せずに殺意に満ちた瞳でその魔族を睨むクリューカ。

だが睨まれた当の相手はどこ吹く風とばかりに平気な顔だ。


「一応アフターケアはしてやっただろう? 結界が張ってあって手が出せん王都からはちゃんと追い出してやったのだし、いつあの村に運び込まれるのかも教えてやったではないか」

「それに関してはちゃんと対価を払ってやったろう! 対等の取引だ!」

「フム。それは確かに」


見た目も声音もすっかり中年男性そのものとなったグライフは一人納得し、軽く頷く。


「で、準備の方はとうなっているのだ?」

「万端だ。決まっているだろう。次はない」


視線を丘の下に向ける。

そこには…小さな平地を挟んで対岸に丘陵が軒を連ねており、その一角にぽっかりと大きな穴が開いている。

黒く、暗く、底の見えぬ穴だ。


そして彼らの見ている前で…そこから何かが現れた。


オークである。

黒い鎧を着こんだオークどもが、数人から十数人ずつ、幾度かに分けて現れる。

よく見ると鎧の横には何やら共通の紋様か、あるいは紋章のようなものが刻まれていた。


「ほう、()()()オークどもか」

「下の連中を納得させた。あれ以上の立地はないからな。それをわざわざ向こうが村に仕立てて用意してくれたのだ。襲わぬ理由がない、とな」

「ハハ。支配と蹂躙のための兵どもか。お前の目的は殲滅と収奪だというのにな」

「声に出すな。誰が聞いているかわからん」


地の底から湧いてくる侵攻部隊…彼らは例外なく皆『悪』である。

他者を虐げ、踏みにじりし、殺戮する。

略奪し、かどわかし、隷属せしめる。

かつて生活のため地表のオーク族もやっていたことだ。


ただ…地底の連中はそれを()()()やる。


理由なく殺し、快楽で戮する。

その目的が虐殺である者も支配である者もいるけれど、そこに至る経緯が非道や凄惨で塗り潰されている事は何ら変わらない。


そんな彼らに味方同士の団結などというものはない。


逆らえば殺される。

従えば有利だ。


そうした恐怖と打算とで結ばれた関係性によって構成されていることが殆どである。


ゆえにこの地上侵攻部隊の司令官であるクリューカの命を、或いはその立場を狙っている者も少なくない。

地上の軍隊を率いる貴族達に武力が必要なのは今が未だ戦乱の治まらぬ世であり、他国と、或いは魔族や地底の軍隊と戦うための武力が必要だからだが、地底の侵攻軍を率いる統率者は、まず己の配下に寝首をかかれぬために最低限の武力が必要なのである。


「なるほどな。今度は失敗できないという事か」


オーク共が全員穴から出きったあたりで、彼らに指示を出す者がいた。

漆黒の鎧を全身に纏った壮年の男性で、その顔には深い皺が刻まれているものの年齢を感じさせぬ身のこなしで彼らに命令し、整列させ、地上での訓戒を垂れている。


オークどもは目を見開き、聞き漏らすまいと耳を傾けていた。


地底では地上と同様、あるいはより一層、他種族との軋轢が強い。

閉鎖的かつ邪悪な彼らが異種族とそうそう容易に融和などを築けるはずがないのである。


そんな彼らが真面目に…あるいは()()()話を聞いている。

それはとりもなおさず彼らの前で指導している男が只者ではないことを示していた。


「それと勘違いするな。俺は別にあの連中を殺戮し尽くしたいわけではない」

「そうなのか?」

「当たり前だ。俺の目的はあの『鍵の宝石』だけだ。下の連中と違ってあの村を滅ぼしても困らないというだけで、今後もこの地位に居座るつもりなら生き残ってくれた方が有難い」

「それもそうか」


そう言いながらも…若者から中年男性へとその『皮』を変えた魔族…『旧き死』グライフ・クィフィキは丘の上から村を睥睨するその黒エルフ(ブレイ)の横顔をしげしげと眺めた。

その口元はいびつに歪み、その瞳は愉悦ゆえつに細められている。


殺す気はない。

殺すつもりはない。

けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()


けれど彼は()()()()()()になるように兵を動かし、魔術を振るうのだろう。

グライフにはそんな確信があった。



「…まあそうだな。前回の敗戦もある。次に負けたら命に関わる責を負わされるかもしれん。せいぜい時間をかけて準備することだ」

「言われずともそうしている。それと前回は敗戦ではない。ただの様子見だ」

「ほう」

「向こうの手の内は読んだ。敗北も敗走もありえん」

「…そうあってほしいものだな」



グライフが肩をすくめふわりと宙に浮かぶ。


「あまり目立つな」

「言われなくとも。お前以外には見えておらんよ」


黒エルフ(ブレイ)と魔族…そんな邪と悪の会合はこうして終わりを告げた。

彼らの眼下ではオーク兵達が指示された場所へと隊列を組んで歩を進め、その横をノームたちが何かの荷物を運びながら家の中に消えてゆく。






…楽しげに、笑い合いながら。






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